立花飛鳥の事件簿
一応、ガールズラブのタグをつけておきましたが、どうでしょうか?
そこまで深くないですし、ガールズラブ要素を期待している方は、がっかりする仕様になっております
私は依頼人のもとに向かうため、両手を広げれば壁に手が着いてしまうほどの狭苦しい階段を上っている。依頼人から頼まれたモノに傷を付けないよう慎重に。
築何年だろうか。壁には所々ヒビが入っており、かなり頼りない建物だ。
上り終えると、安っぽいステンドグラスを埋め込んだドアが迎えてくれる。私は冷たいノブを捻って中に入った。そこには小さなテーブルと少々黒ずんだソファー、奥には木製のデスクが置かれていた。デスクの上には並べられた本の中に、孤独な電話が佇んでいる。
「お届けに上がりましたよ」私が声をかけると、キッチンの方から一人の女性がやってきた。
「早かったな」
艶のある短めの黒髪と、切れ長の瞳に添えられた泣きほくろ。彼女が今回の依頼人、氷野涼子だ。
涼子はソファーに腰を掛けると、手招きをして私を呼んだ。私はテーブルを挟んで向かい合うよにして座り、頼まれていたモノをそっと、涼子の前に置いた。すると涼子は疑いの視線を私に向け始めた。切れ味のありそうな鋭い視線だ。
「大丈夫。傷は付いてないと思います」
視線を私から、持ってきた白い箱へとずらして、それに手を伸ばした。慎重に開けていく。箱の上蓋を開けると、中を覗き込んだ。顔を上げた涼子は、再び私を見てくる。照れるじゃないか。
「うし、良くやったぞ。飛鳥」
飛鳥というのは私の名だ。姓は立花、性別は女で年齢は二十一。今年で探偵三年目になる。高校を卒業してすぐに上京したはいいが、どこに行けばいいか分からず、路頭に迷っていたところを拾われたのだ。
「ちょっと待ってろ」
突然、涼子が席を立ってキッチンへ戻っていった。
ソフト帽を膝に置いて、窓から空を眺めた。
私が進学せずに上京したのは理由がある。幼い頃に両親を亡くした私を、祖父母がずっと面倒を見てくれていたのだ。祖父母は私に進学を勧めてくれたが、断った。進学するにもお金がかかるし、それにそこまでしてやりたいことが見つからなかった。取りあえず上京したのだ。良く言えば猪突猛進。悪くは言わない。
ヤカンが口笛を吹いた。どうやら涼子がお茶を淹れているらしい。
「レモンティーで」
「あいよ」
お茶が運ばれてくるまで、私も拝見させてもらうとしよう。箱を自分の方へ寄せて、覗き込む。
甘い匂いが鼻腔をついた。
箱の中には様々な形で様々な色をしたケーキが林立している。そのなかでも一際目を引くのが、切り取られた白い山脈の頂きに君臨する赤いもう一つの小さい山。
報酬としてこれは貰っておこう。
「よぅし、食うぞ」
涼子が皿とフォーク、レモンなどの紅茶セットを盆に乗せて持ってきた。
実は氷野涼子という女、かなりの甘党で暇さえあれば甘いものを口にしている。涼子からの依頼は数えきれない。
「……おい。お前勝手に食べたろ」
私が保護した山に早速勘づいたようだ。
「いえね、今回の成功報酬として頂いたまでですよ。頂だけに……あぅ!」
薄切りレモンの果汁が目に突き刺さった。
「痛いじゃないですか、涼子さん」
「所長と呼べ」
「……お姉さまぁ」
「…………」
無視されてしまった。お姉ちゃんのほうがよかったのだろうか。
この女、氷野涼子。依頼人であり、探偵事務所の所長であり、そして私の上司でもあるのだ。付け足しておくと、恩人でもある。
「何が成功報酬だ。ただのおつかいだろ」
「ご褒美くらい、くれたっていいじゃないですか」
涼子はイチゴをなくしたショートケーキへの興味が失せたのか、栗が乗ったモンブランを皿に乗せた。
私にはイチゴを失ったショートケーキをくれた。選ぶ権利すらないのか。
私が白い山を切り崩していると、デスク上の電話からお呼びがかかった。
涼子は手を休めて受話器を取り、受け答えをしている。何やら事件の匂いだ。私の探偵としての勘が、そう言っている。
「飛鳥、仕事入ったぞ」
「風が私を呼んでいます……」
「なに言ってんだ」
金曜の夜、シュンタがいなくなったという。
電話の主は、かなり慌てていたとのことだが、事務所を訪れるのが億劫らしく、写真は郵送で送られてきた。
私は送られてきた写真を一葉取り出した。
そこにはシュンタと依頼人の成川夫人が写っている。齢は十五だそうだ。年頃なので何か悩みを抱えていたのだろう。デリケートなんだ。
ソフト帽をかぶり直して、雑居ビルとビルの谷間を這うようにして進む。まるでダクトの中のようだ。
どちらのビルだかは知らないが、最近大きな中華料理店がオープンしたらしい。そのため、油の匂いが立ち込めている。道には風がないので、湿った暑い空気が充満していた。伸びたクセのある髪の毛が首や額に張り付く。
食虫植物の忍耐力を持った私の目に涙が溜まる。
ようやく道を抜けた先に、いた。シュンタだ。もう少し遠くに行っていると思っていたが、シュンタも心配する親心というやつを理解していたのかもしれない。理解していなくとも、私には好都合だ。
シュンタは十五歳。年頃の男なんかは女の色香でイチコロのはず。迷わず私は声をかけた。
「こんにちは。うふっ」
シュンタは見向きもせずに、私から離れていく。おかしい。ボンッ、キュッ、ボンッ、ほどはないが、少なくとも涼子よりはあるはずなんだが。
私が自分の胸に手を当てていると、どんどん距離を離されてしまった。私は依頼人から受け取ったモノをポケットから取り出す。成川夫人曰く、シュンタの好きなものベストスリーのうち、第一位の代物だそうだ。
「切り札を使うときが来ましたね」
軽く距離を詰めてから私は鰹節を一摘まみ、シュンタに向けて突きだした。
気づいたのか、シュンタは私を目指して歩き出した。作戦成功だ。
私の足元で座り込んだシュンタを抱えあげると、母の温もりを思い出したのか、それとも罠につられた自分の弱さを嘆いてなのかシュンタが初めて鳴いた。
「にゃおぅん」
成川邸はシュンタを捕まえた所から三ブロックほど離れた位置にあった。十五歳という老猫だ、遠くに行く気力など元々無かったのだろう。シュンタを家に返してから、ケーキ屋に立ち寄ってショートケーキを一つ買って帰った。お詫びというわけではない。
「ごくろうさん」
早期解決をした私を、涼子が褒めてくれた。
私は涼子に以前のより小さめな箱を手渡して、ソファーに横になった。皿同士がぶつかる音が事務所に響く。
涼子はわざわざ私の足をソファーから落として、隣に腰かけた。私は功労者だぞ。
体を起こしすとテーブルには店で見たのより、痩せ細ったケーキが置いてあった。
「このサイズを半分にするのには苦労したよ。お前も食べろ」
私を拾ったときから、涼子のこういうところは変わっていない。
私は彼女に拾ってもらってよかったと思っている。最初は警戒したが、行く宛もなかった。涼子に着いていったのは我ながらいい判断だった。探偵には興味がなかったが、涼子の仕事ぶりと、デスクに置かれたホームズや金田一、マーロウといった本を読んでいくうちにどっぷりハマってしまった。影響されやすいのだ。
「あー」
「虫が入るぞ」
「あー」
「……はぁ、今回だけだからな」
私は女探偵、立花飛鳥。今日も世間は事件の匂いで満ちている。探偵の仕事は、犯人を逮捕することではなく、犯人を裁きの場に引きずり出すこと、らしい。
「あー、ん」
気のせいだろうか、先程のケーキより甘いきがした。
ガールズラブどころか探偵要素皆無です、ごめんなさい。
初投稿なので、至らないところがありました。申し訳ないです。
感想などございましたら、よろしくお願いします。