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第一章 一話  学食会議

 四限目が終了し、チャイムが鳴る。

 少年は弁当箱を取り出し、昼食を食べる準備に取り掛かった。


 彼は学校で、一人で弁当を食べていた。

 難しそうな顔をして、いかにも何か考え込んでいるようなフリをして食事を始める。実際は、周囲の生徒達の楽しそうな会話に聞き耳を立て、過剰に他者を気にしながらの食事である。


 普段ならこのまま素早く弁当を平らげ、今度は参考書を読むフリをしながら昼休みの残り時間をやり過ごすのだが、今日は違った。


 教室のドアが開いたかと思うと、何者かが大声で言った。

「林君! 林君は居るかー!」

 生徒達の視線が、ドアのそばに立っている長身で細身の上級生に集中する。


 男はインテリ風に眼鏡の位置を直す仕草をすると、切りそろえた前髪を振りかざしながら左右をキョロキョロと見渡す。窓際に座る少年の姿に気づいた。


 ズカズカと教室に入り込んで、少年の前までやってきた。

「おお、林君。そうだ、先日の入門書は読んでくれたかい?」

「あ、ああ、はい。もう読み終えました」

 そう言いながら少年はプリントアウトされた紙の束を取り出し、男に返す。


「ほう、仕事が早いな、林君。ところで、まだ春だというのにずいぶん暑いな。というわけで、今から一緒に学食に行こうか」

 自信に満ちた顔でそう言われても、何が「というわけで」なのかわからない。


「えっと……僕は弁当なんですけど」

「そうか、だったら弁当持って行って、一緒に学食で食べよう!」

 そこまで強引に誘われると、無理に断るのも興醒めである。

「はあ――じゃあ、分りました……」


 結局少年は大人しく、部長を務めるその男についていく。

 食堂は賑わっていた。少年にとってそこは、少し場違いな所であるように感じた。


 大きなテーブルの一角で、すでに三人の生徒が待っていた。

 そこだけ、他の生徒の集団とは少し雰囲気が違う。

 それは、良く言えばプロとかベテランとかそういった印象であり、悪く言えば若者らしからぬ、くたびれた様子だった。


「よお、部長。それと林君」

「遅かったわね。待ちくたびれたわ」

 まず口を開いたのは、一昨日パソコン室で会った二人だった。


「えっと、この二人はもう知っているね。斎藤と、上島さんだ」

「あ、はい」


「あと、こっちが檜山君だ」

 紹介されたのは小太りで優しそうな顔をした男だった。

「ああ、きみが林君ですね。檜山です。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」


 部長はさらに付け加える。

「檜山君は英語が得意なんだ。うちの部活には欠かせない存在なんだよ」

「英語、ですか?」

「ああ。もう知っているだろうが、ネトファンは世界規模で稼働しているゲームだ。もちろん日本人だけで情報交換しているコミュニティーもあるんだが、高度な情報を手に入れるとなると、外国人とのコミュニケーション力は必須でね」

「なるほど」


「ちなみに、僕と斎藤は三年生。檜山君と上島さんは二年生だ。あともう一人二年生の女の子がいて、今は五人で活動している」

 意外にも上島さんは二年生だった。その割には、どこか場を仕切っているような感じもある。


「さて、早速だが、学食会議を始めようと思う」

「学食会議?」

 耳慣れない言葉に、少年は質問した。

「ああ、学食会議だ。週に三回、月曜、水曜、金曜に学食に集まり、会議をやってる」


「へえ。会議って言っても、何やるんですか?」

「まあ、基本はダベるだけだ。割と真面目に部活の今後の方針とかを考える時もあるし、そうでない時もある」


 そこで上島が話に割り入ってきた。

「要するに、一緒に食事をすればオーケーよ。さあ、座って。ああ、それと部長。あなた早くしないと、そろそろスパゲティー売り切れるわよ」

「なに!? クソッ、ぬかった!」

 部長はクルリと向きを変え走り出したかと思うと、すぐに見えなくなった。


 少年は部長の後ろ姿を見送ってから、上島に示された席に座る。

「林君は弁当持参ね。それじゃ、私達だけで始めちゃいましょうか」

「おう。あ、そういえばさ、檜山。殺人鬼の件はどうなった?」

「ああ、あと十一人ですよ」


 斎藤と檜山の話についていけない様子の少年に、上島が説明する。

「殺人鬼っていうのは、他のキャラクターを二百四十人暗殺したキャラに贈られる称号のことよ」

「ええと。じゃあ、アサシンと同じようなものですか?」


 少年の質問に今度は、ラーメンをすすっていた檜山が答える。

「よく知ってますね。アサシンは百二十人の暗殺に成功した段階で貰える称号です。だから僕はもうアサシンの方は持ってます」

「へえ。――称号を持ってると何か特典があるんでしたっけ?」

「うん。アサシンになると、暗殺の成功率は上がりますね。でも、僕が暗殺やってることが他のプレイヤーにばれちゃうから、良い事ばかりってわけでもないです。掲示板なんかでの批判も多いし」


「そうなんですか? でもゲームのルールとしては、暗殺はやっていいんですよね」

「そりゃそうですよ。ネトファンは基本的に自由ですから。禁止されてるのは、一人で複数のキャラを操作することぐらいじゃないですかね。それでも、アサシンは好かれることはないです。反感を買いやすいプレイスタイルですね」


 そこで上島が口をはさむ。

「ただし殺人鬼は、オカルト方面のプレイヤーにとっても興味の尽きない称号よ。殺人鬼の称号自体、簡単に手に入る物ではないのだけど、それを手に入れた一握りのプレイヤーもそのあとすぐにネトファンを止めてしまうことが多いの」

「なるほど、それは少し怪しいですね」


 そこで、部長が戻ってきた。スパゲティーの盛られた皿を持っている。

「お、部長。間にあったようだな」

「ああ。危うく失態をおかすところだった」


「ほんと、いつもスパゲティー食べててよく飽きないわね」

「ふん。飽きるはずもない。もうスパゲティーが好き過ぎて、僕がスパゲティーなのかスパゲティーが僕なのか、分らないくらいさ」

 意味不明なことを言いながら、席につき、早速スパゲティーを食べ始める。


「そういえば今、何の話をしていたんだ?」

「檜山が殺人鬼になるまで、暗殺あと十一人って話だよ」

「ほう、もうそこまでいったか。ついにうちの部からも、殺人鬼が登場するかもな」


 部長は思いっきりスパゲティーを頬張り、一気に飲み込んでから話を続ける。

「そういえば今日は、多数決を取りたかったんだ。『樹氷の妖精』と『雪女』、皆はどっちが好みだ?」


「俺は雪女かな。寒いシチュエーションで、あの割と薄めの白い着物ってのが最高にキテると思うんだ」

「ふん。私は賛成しかねるわね。寒いシチュに最もマッチするのはロリに決まってるわ。というわけで、樹氷の妖精に一票よ」

「あの、僕も樹氷の妖精で・・・・・・」

 それが何を決める多数決なのかはよく分からないが、とりあえず思い思いの回答をする。ただし少年は、樹氷の妖精も雪女も知らないので答えようがない。


「その、樹氷の妖精と雪女って、なんですか?」

 そこで部長は気付いて、自分の携帯電話を開く。

「ああ、林君は見たことが無かったね。ええっと――ん?」


「どうした、部長」

 なぜか顔をしかめた部長に、斎藤が訊く。


「おい、檜山君! 今攻撃受けてるぞ!」

「な!」

 それを聞いて、檜山もあわてて携帯をとりだす。


「おい! 大丈夫かよ、檜山」

 斎藤も少し焦っているようだった。

「大丈夫、まだやられちゃいません――ただし、攻撃は続いています。携帯でポチポチやってても、埒が明きませんね」

 檜山はラーメンの器を持ち上げると、飲むようにしてそれを一気に平らげた。


「パソコン室行ってきます! みんなも、食べ終えたら応援に来てください!」

 そう言って走り出すと、体格に似合わずぐんぐん加速ながら食堂を飛び出していった。


「僕たちも、食べたらすぐに向かうぞ。急げ! 敵の好きにさせるな!」

 部長が緊張した声音で指示する。


 あっという間にそれぞれの昼食を食べ尽くし、パソコン室に向かって一斉に駆け出した。

 少年も走った。本当に久しぶりに、本気で走った。

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