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第一章 序  夕暮れのパソコン室で

「紹介しよう、我が部活の新メンバー、林君だ!」

 夕暮れ時のパソコン室で、眼鏡をかけた長身の男がかっこいいポーズを決めながら高らかに宣言した。まるで、新作の巨大ロボットを披露する博士のようである。


「いや、まだ入部すると決めたわけじゃ……」

 背の低い少年がおずおずと反論する。


 それぞれパソコンの前に座った生徒二人がその様子を見ている。

「で、部長。彼はゲームのことは知ってんの?」

 一番後の席に座っていた上級生らしき男が尋ねた。


「いや、まだだ」

 部長であるらしい長身の眼鏡男が答えると、前の方の席に座った女子生徒が、「やれやれ」といった風に言った。

「相変わらず、部長の勧誘は強引だねー。その子も大方、『楽しくゲームをする部活だ』とでも言って連れてきたんでしょう?」


「え? 違うんですか?」

 少年が訊くと、その女子生徒が立ち上がり説明を始めた。


「正確に言うと、この部活は部活じゃない。正式に学校から認められてはないのよ。それとあと二つ。まず一つ目に、私たちの目的は色々なゲームをプレイすることではなく、とある一つのゲームだけを徹底的にプレイすることなの。そして二つ目に、楽しくゲームができる保証はないわ。」


「ひどいな、上島さん……。少なくとも、僕は楽しくやってるつもりだ……」

 彼女の言葉に、部長は苦笑いしながら抗議した。


「まあ、楽しいかはともかく、退屈しないのは確かね。ああ、それともう一つだけ。私たちは学校ではあまり評判良くないから、ホントに入部するつもりなら、あんまり青春とか期待してはダメ」

 彼女は少し厳しく言い放つ。


 最後部の席の男が付け加える。

「まあ、上島さんの言うことも間違っちゃいないけどね。ああ、でもこのメンバーで合宿行ったりはするし、それなりに面白い高校生活だと思うよ、俺は。合宿って言っても、パソコン室でもできることを旅行先でやるだけなんだけど。いや、そうじゃないこともあったか……」

「そうじゃないこと?」

「まあ、それは後で説明するよ。とりあえず、みんなが好きでここにいることは事実さ」

その男は意味深に笑いながら言った。


「ほら見ろ、この部活は面白い。――どうだ、林君。やっぱり入部するだろ?」

 部長が詰め寄るが、少年は困っていた。


「あの、せめてそのゲームの内容を教えてほしいんですけど……」

「ああ、それもそうだな。――よし、斎藤、お前が説明してやれ」


 どうやら斎藤とは最後部の席に座っていた男のことのようである。

「えー、何で俺?」

 文句を言いながらも、素直に前の方にやってくる。さっきまで女子生徒が座っていた席のところに少年を呼んで、パソコンの画面を見るように促す。


 画面にはオーソドックスなブラウザが開かれ、そこにウェブページが表示されていた。

「これが俺たちのやってるゲーム。タイトルは『ネット・ファンタジー』。略してネトファンって呼ぶことが多いかな」


 それは、今流行っているような綺麗な画面でリアルな人物が動き回るような、手間のかかったゲームではない。

「へー、これがゲームなんですか? なんか普通のホームページっぽいですね」

「うん。ダウンロードとかするやつじゃなくて、ホームページ上でやるタイプのゲームだからね。ブラウザゲームって言うのかな」


「で、これが今いる場所を表すイラストで、こっちが今持ってるアイテムのリストで――」




 簡単な説明が終わる。少年は初め、そんなにクオリティーの高いゲームではないと思っていたが、その認識はもう変わっていた。

 ステージにしても、アイテムや敵キャラクターにしても、内容が膨大なのだ。それが画面には実に簡単な形で映し出されているが、これがそんな単純なものでないということは、少年には何となく分り始めていた。


「どうだい、ネトファンの魅力がわかったかな、林君?」

「はい。シンプルだけど、なかなか深いですね、これ」


 林少年の感心したような口調に、部長は満足そうにうなずく。

「そうだろう。僕はもう一年以上やってるんだが、興味が尽きないな。このゲームに関しては」


 そこで先程の女子生徒が口をはさんだ。

「部長の場合、単なるゲームの魅力ってだけじゃないでしょ?」

「ははは、まあそれもあるんだけどね、確かに」


「え、どういうことですか?」

 少年の問いに、部長は気まずそうに返した。

「いろいろ、いわく付きなんだよ、このゲームは」


「いわく付き?」

「そう、怪しい噂が流れてるのさ。このゲームのトッププレイヤーが失踪したとか、あるダンジョンをクリアしたプレイヤーが発狂して精神病院に入れられた、とかね。まあ、いずれも噂話の域を出ない、都市伝説のようなものさ」


 女子生徒がそれに続けて言う。

「このゲームが公開されたのは二年ちょっと前だった。私たち達はもともとオカルト好きで集まってたんだけど、このゲームの噂聞いて、部長がのめり込んじゃってね。それで活動の一環として、みんなでこのゲームやってたんだけど、いつの間にかこっちが主流になっちゃって。でも、このゲームの裏には、本当に何かありそうな気がする。怪しい部分はもともといっぱいあるし。」


「怪しい部分っていうのは?」

「ええ、製作者の素性は一切わからない。企業がやってるわけじゃないみたいなの。それなのに、例えば『どこどこのホテルからログインしろ』ってメッセージが送られてきて、数日後本当にそのホテルの宿泊料と交通費が送られてきたり、個人運営ではちょっと考えられないことをやってるのよ」


「え?お金を送ってきたんですか?」

 少年は驚いて訊き返す。

「そう、まあ一万円とか二万円とかそんなものなんだけど――それでも、このゲームは世界規模でプレイされてるから、相当なお金が動いてるはずなの」


「じゃあ、さっき言ってた合宿っていうのも……」

「そうね。そういった指令を受けて、何人かで旅行に行ったこともあったわね」


「それは確かに、何かありそうですね」

 少年が神妙な顔で感想を述べた。


 一方部長は、女子生徒の説明にさっきからしきりに頷いている。どうやらこの手の話が好きなようである。

「それだけじゃないぞ。そもそも、ネトファンの特徴はデータ量があまりにも膨大なところだ。数々の攻略サイトが開設されてはいるが、それでもネトファンの全容を明らかにするには至らない。もし個人や少人数のグループで運営しているのだとすれば、その能力は人智を超えてると言っていい程だ。とにかくこれは、普通のゲームじゃあない」


「へえ。僕、オカルトとか興味あるんですよ。なんか、ますます興味わいてきたなあ」

 少年がそう言うと、部長はこの上なく喜んだ。

「そうかそうか。いやー、君こそ我が部活にふさわしい。な、そうおもうだろう?」

「ええ。人材としては、悪くないわ」

「俺からみても、林君は十分やっていけるんじゃないかと思うよ」


 場の雰囲気はもう、少年を部員にする方向で決まりかけている。

「よしよし。それじゃあ、林君。僕たちの活動について、少し見ていかないかい?」

「あ、あの――やっぱり、もう少し考えさせてください。この部活に入るかどうか……」


 部長は少し意外に思ったようだが、穏やかに返事をした。

「そうか。まあ、無理に頼むのも悪いな。じゃあ、気が向いたらこれを読んどいてくれないか」


 そう言いながら部長は、プリントアウトして作ったであろう『ネット・ファンタジー入門』と銘打たれた冊子をカバンから取り出した。そこそこの厚さがある。

「僕が作った、初心者向けの解説書だ」


「部長は、こうやって自分でネトファンのデータ集とか作るのが趣味なのよ。メンバー共有用に、もう何冊も冊子を作ってるの」

 女子生徒は、少し茶化したようにそう言う。


「もし面倒な時は読まなくてもいい。今週中に返してくれ。だいたい毎日、放課後は誰かがここにいる」

 冊子を手渡される。少年は軽く頭を下げ、そのまま部屋を出た。


 彼の去った部屋で、部長はひとり言のようにつぶやいた。

「あ、まだ部活の名前、彼に教えてなかったな」




 その後、少年は帰路に就いた。歩きながら、まだ迷っていた。

 彼はもともと部活などするつもりはなかった。今日パソコン室に行ったのも、強引に誘われたからであった。

 彼には、部活に入りたくない理由があった。なにより部活が、そして学校生活が怖かった。


 しかしそれでも、このゲームには何か、底知れない魅力があった。少年は早くもその虜になりつつあったのだ。

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