第1話 ようこそ、死と隣り合わせの恋リアへ
その日は、何一つとして変わらないはずの金曜日の夜だった。
深夜二時。都内のファミリーレストランのバックヤードで、大学生の佐藤アキラは、まかないの冷めたハンバーグを頬張りながらスマホを眺めていた。
「ん? なんだこの胡散臭い広告……」
SNSのタイムラインに突如差し込まれたのは、やけに派手なポップアップ広告だった。
『究極のリアルを体験せよ! 最新VR恋愛リアリティーショー――ラヴ・クエスト・アイランド。第一期テスター大募集! 賞金一億円、そして真実の愛を手に入れるのは誰だ!?』
「賞金一億円ねぇ。どうせ悪質な情報商材か何かのスパムだろ」
そうぼやきながらも、アキラは少しだけ興味を惹かれた。最近のVR技術は凄いらしいし、もし本当にゲームのテスターで小遣い稼ぎができるなら御の字だ。彼は軽い気持ちで『エントリーする』のボタンをタップした。
何も起きないはずだった。
しかし次の瞬間、スマホの画面から直視できないほどの強烈な閃光が放たれ、アキラの意識は真っ白に染まった。
同じ頃。
深夜の物流センターで仕分けのアルバイトを終えた伊藤マイは、ボロボロになったスニーカーを引きずりながら夜道を歩いていた。
「あーあ、今日もクソ疲れた……。時給は上がらないのに腰の負担だけは一丁前に上がっていくわね……」
女手一つで生きていくため、昼は引っ越し作業、夜は仕分けと、過酷な肉体労働を掛け持ちしているマイ。彼女のスマホにも、同じ広告が表示されていた。
『賞金一億円』
その文字が、疲労困憊のマイの目に焼き付く。
「一億……これだけあれば、こんな泥水すするような生活から抜け出せるじゃない」
詐欺だと分かっていても、タップせずにはいられなかった。すがるような思いで画面に触れた瞬間、彼女もまた光に飲み込まれた。
◆ ◆ ◆
「――聞こえますか? そこの君たち、起きてくださーい!」
どこまでも広がる純白の空間。
アキラが目を覚ますと、そこには自分と同じように困惑した表情を浮かべる男女が、全部で八人集まっていた。
「なんだここ……? ファミレスの裏口じゃないぞ」
「皆さん、ようこそ! 厳正なる抽選の結果、皆さんは最新鋭VR恋愛リアリティーショー『ラヴ・クエスト・アイランド』の栄えある第一期参加者に選ばれました!」
空中に響き渡る、どこか芝居がかったディレクターのような明るい声。姿は見えない。
アキラの隣にいた、いかにもエリート風のスーツを着た男が、呆れたように眼鏡を押し上げた。
「VR……? 馬鹿な。ヘッドセットも被らずに脳内へ直接フルダイブさせる技術なんて、まだ実用化されていないはずだ。この没入感、一体どんな企業が開発を……」
「やだ、夢みたい! 一億円もらってイケメンとデートできるなら、キャラ作りも気合入っちゃうよね!」
露出の多い服を着た派手な若い女性が、自分の頬をつねりながらキャッキャと笑う。
参加者たちは皆、これが「規格外に精巧なシミュレーションゲーム」だと信じて疑わなかった。あまりにも現実離れした空間に放り込まれた結果、人間の脳は都合よく『超常現象』ではなく『最新技術』だと解釈してしまったのだ。
「ルールは簡単です! 舞台は剣と魔法のファンタジー世界! そこでの生活を通じて愛を育み、最終的に魔王を倒したカップルに賞金一億円をプレゼントします! 死んだら即ゲームオーバー、現実世界に強制ログアウトとなります。それでは早速、皆さんの『アバター』を作成してください!」
空中に、半透明のキャラクタークリエイトパネルが八枚出現する。
アキラは目を輝かせた。
(なるほど、顔出しなしの恋愛番組ってわけか。だったら、思いっきりキャラを立てた方が絶対に目立つし、ヒロインの好感度も稼げる!)
アキラが選んだのは、漆黒の重鎧に身を包んだ大柄な『暗黒騎士』。名前は『アヴァロン』だ。
(ふっ……俺の右腕が疼くぜ的なノリでいこう。イケメン枠は他の奴に任せる。俺はミステリアス&ダークヒーロー枠で一億円を頂く!)
一方、マイは極めて冷静にパネルを吟味していた。
(一億円……! 絶対に勝ち取る。こういうサバイバル要素のある番組で一番生存率が高くて、なおかつ男が勝手に守りたくなる無難なキャラは……これね)
マイが選んだのは、純真無垢な白装束の『シスター』。名前は『ティア』。
か弱い回復職。前線には立たず、後方で「キャー怖い!」と震えながら祈っているだけで、勝手に男たちが庇ってくれる最高のポジションだ。泥臭く生き抜いてきた彼女にとって、純真で清楚な女を演じることなど朝飯前だった。
周囲でも次々とアバターが決定していく。
スーツの男は知的でクールな金髪の『魔道士』に。
キャピキャピしていた女性は、過激な衣装に赤面しながらも『サキュバス(リリス)』に。
他にも、屈強な『狂戦士』や、闇に潜む『暗殺者』、何もないところで盛大に転んでいる『氷の女帝』など、個性的すぎる八人のキャラクターが出揃った。
「おお、素晴らしい! 皆さん、すっかり異世界人ですね! それでは、ラヴ・クエスト・アイランドへ転送します。本当の愛と、命がけのスリルを存分に楽しんできてください!」
『神』の放送が終わると同時、八人の足元の床が消失した。
「うおっ!?」
「きゃあああっ!」
落下する浮遊感のあと、目をぱちりと開ける。
そこは、見渡す限りの青空と、鬱蒼と生い茂る巨大な森の入り口だった。
ざわわ、と風が木々を揺らす音。
鼻をくすぐる土と緑の匂い。
そして、遠くの森の奥から聞こえる、ビリビリと空気を震わせるような獣の咆哮。
「おいおい、このグラフィックと環境音、マジで凄すぎるだろ……!」
アヴァロンは漆黒のガントレットを握り込み、その金属の冷たい感触に感動すら覚えていた。
ティアはシスターの杖を両手でぎゅっと握りしめ、不安そうに上目遣いで周囲を見回している――フリをして、誰が一番利用価値が高そうか、すでに男たちの値踏みを始めていた。
誰も知らない。
これがVRなどではなく、本当に魔物が人間を喰らう『本物の異世界』であるということを。
そして、彼らの「番組を盛り上げよう」という軽いノリと勘違いが、この世界の常識を根本から破壊していくということを。
すれ違いだらけの命がけ恋愛サバイバルが、今ここに幕を開けた。




