シネマ・インフェルノ ~評論家の真実~
今回は、週末の朝の情報番組で「フランスの難解な芸術映画」を褒めちぎり、「ハリウッドの娯楽大作」や「アイドル主演の邦画」を小馬鹿にする、典型的なインテリ気取りの映画評論家がターゲットです。彼の長年の「メッキ」が、全国放送で盛大に剥がれ落ちるシミュレーションをお届けします。
土曜の朝の生放送情報番組『サタデー・ブランチ』。スタジオの隅では、音響スタッフのケンゾウが淡々とケーブルを捌いていた。
本日のゲストは、映画評論家の冴島響。室内なのにシルクのスカーフを巻き、丸メガネの奥から知的な眼差しを向ける男だ。彼の口癖は「メタファー」「アンチテーゼ」「カタルシス」。大衆向けの娯楽映画を徹底的に見下し、誰も理解できないような難解な単語を並べて映画を語ることで、文化人としての地位を築いていた。
「冴島先生、ピンマイク失礼します」
ケンゾウは冴島の胸元にマイクを付けるふりをして、スッと指を伸ばし、こめかみの秘孔をミリ単位の狂いもなく突いた。
「……ん? 今、チクッとしたが」
「乾燥で静電気が起きたのかもしれません。本番5秒前です」
ケンゾウが下がると同時に、カメラの赤いランプが点灯した。
■ 難解な芸術映画への本音
女性アナウンサーがにこやかにコーナーを進める。
「まずは今週公開、カンヌで絶賛されたフランス映画『静寂の果てに』です。冴島さん、いかがでしたか?」
冴島は深く頷き、インテリジェンスに溢れた声で語り出した。
「ええ。主人公の孤独な内面を、セリフを極限まで削ぎ落とした空間表現で描いた、まさに現代社会の閉塞感に対する痛烈なアンチテーゼであり……って、んなわけあるかクソボケが! 3時間ただオッサンが壁見てるだけの映像の何がオモロイんじゃ!」
スタジオが静まり返った。女子アナの笑顔が引き攣る。
「開始10分で爆睡したわ! 起きてもまだ壁見てたぞアイツ! 意識高い系ぶって絶賛してる奴ら、全員脳みそにカビ生えてんのか! あんなもん拷問だろ、チケット代と俺の3時間返せ!」
■ ハリウッドの脳筋アクション映画への本音
「さ、冴島さん……!? ええと、つ、続いては、大ヒット中のハリウッドのアクション大作『メガ・ギャラクシー・ウォー』ですが……」
ディレクターからのカンペ(「話をそらせ!」)を見た女子アナが、震える声で次の映画を振る。
「あ、ああ、あれですね。巨額の製作費を投じただけの、いかにも資本主義的な大衆娯楽であり、哲学的な深みは一切……じゃなくて、最高だろがァァ!! ドカンと爆発して、マッチョが宇宙人を機関銃でぶっ飛ばしてハッピーエンド! これだよ映画は! これこそが至高のエンタメだ!」
冴島は立ち上がり、カメラに向かって熱弁を振るい始めた。
「俺は試写室で3回泣いたぞ! ポップコーンとコーラが世界で一番合う大傑作だ! 小難しい理屈こねてる評論家どもは、全員これ見て脳みそ洗濯してこい! 巨大ロボット最高ォォォ!!」
■ スポンサー激怒必至の「アイドル邦画」への本音
サブ(副調整室)では「放送事故だ! CMに行け!」と怒号が飛んでいたが、案の定、ケンゾウがシステムをロックしており切り替わらない。
女子アナは泣きそうになりながら、最後の原稿を読んだ。
「さ、最後に……当番組のスポンサーでもあるテレビ局主導で製作された、大人気アイドル主演の映画『胸キュン・スクールデイズ』です……」
冴島は丸メガネをかなぐり捨て、鬼の形相になった。
「あー、あれね。若手俳優たちの瑞々しい演技が光る、甘酸っぱい青春の……るわけねえだろ大根役者どもが!! セリフ棒読みすぎてAI音声かと思ったわ! 泣くシーンで目薬さすな!」
カメラマンが笑いを堪えきれず、映像が小刻みに揺れ始める。
「だいたいなんだあのペラペラのCGは! プレステ1か! 監督も才能ねえくせに、スポンサーの金でゴミ量産してんじゃねえぞクソ製作委員会! お前らの映画はな、特典のクリアファイルが本体なんだよ! 映画館を舐めるな!!」
「……い、以上、冴島響さんのシネマ・ナビゲーションでしたぁぁ!」
女子アナが半狂乱で叫び、コーナーは強制終了した。
■ 予想外の結末
冴島は我に返り、「あ、あわわ……私は何を……?」と顔面蒼白になって床に崩れ落ちた。業界から干されるのは確実。スポンサーの映画を酷評し、高尚なキャラも完全に崩壊したのだから。
しかし――。
放送直後から、X(旧Twitter)の映画界隈は前代未聞の大お祭り騒ぎになっていた。
『冴島先生、アンタ最高だよwww』
『「オッサンが壁見てるだけ」クソワロタ、完全に同意』
『巨大ロボット最高ォォォ! 先生、俺たち側の人種だったのか!』
『「特典のクリアファイルが本体」は邦画界の真理を突いている』
『これぞ真の映画評論! 忖度ゼロのレビューチャンネル開設してくれ!』
気取った「意識高い系評論家」から一転、本音を爆発させたことで、冴島は「権力に媚びない、真に映画を愛する漢」として、ネット上の映画オタクたちから神のように崇められることになった。後日、彼が開設したYouTubeチャンネル『冴島響の爆音シネマ塾』は、瞬く間に登録者100万人を突破したという。
「……ま、結果オーライってやつだな」
ケンゾウはスマホでそのニュースを見ながら、カチンコを鳴らす真似をして、静かにスタジオを後にした。




