社畜生成プログラムと崩壊の秘孔
春爛漫の4月。都内の高級ホテル「グランドキャピトル」の巨大な宴会場では、急成長中のITベンチャー『ギガ・シナジー・ホールディングス』の入社式が行われようとしていた。
壇上に立つのは、メディアで「若手カリスマ経営者」として持て囃されているワンマン社長、大門剛。彼の書いたビジネス書『限界を突破する熱狂ワーク』はベストセラーとなり、今日も会場には真新しいスーツに身を包んだ300人の新入社員が、目をキラキラさせて社長の登場を待っていた。
音響業者としてホテルに潜入していたケンゾウは、演台のマイクの高さを調整するふりをして大門に近づいた。
「社長、マイクの最終チェックです。少し失礼……」
ケンゾウの手がブレたように見えた瞬間、大門のこめかみの秘孔に鋭く指が突き立てられた。
「痛ッ……君、気をつけてくれたまえ」
「失礼いたしました。本番、始まります」
ケンゾウが裏に捌けると同時に、ファンファーレが鳴り響き、ピンスポットが大門を照らした。新入社員たちから割れんばかりの拍手が巻き起こる。大門は自信に満ちた笑みを浮かべ、マイクを握った。
■ 歓迎の辞(本音)
「新入社員の皆さん、入社おめでとう。今日から皆さんは、我がギガ・シナジーの『家族』です。共に世界を変える航海に出ましょう……って、誰が家族だこの社畜予備軍どもが! お前らは俺が港区のタワマン最上階でドンペリを浴びるための、ただの養分なんだよ! 使い捨ての兵隊が家族ヅラしてんじゃねえぞ、身の程を知れ!」
会場の空気がピシッと凍りついた。新入社員たちの笑顔が引きつり、メモを取ろうとしていた手が空中でピタリと止まる。最前列の役員たちは「社長がまた奇抜なジョークを……?」と顔を見合わせたが、大門の暴走は止まらない。
■ 労働環境への本音
「我が社は圧倒的な成長環境を提供します。若い時の苦労は買ってでもしろ、限界を超えた先に自己実現があるのです。……自己実現? 洗脳の間違いだろ! タイムカードは19時で押させて、サビ残月150時間やらせるのがウチの基本戦略だ! 労働基準法? なにそれ美味しいの? 労基署のドアに犬のクソでも塗りたくってやろうか! お前らの時給換算、コンビニのバイト以下だからな! 泣き言言ってねえで死ぬ気でテレアポしろゴミカスども!」
「しゃ、社長! 一体何を……!」
慌てて人事部長が壇上に駆け上がろうとするが、大門はマイクスタンドを引き抜き、人事部長を指差した。
■ 役員たちへの本音
「すっこんでろ無能人事! お前が女子社員の顔面偏差値だけで採用決めて、裏でセクハラまがいのLINE送ってるの知ってんだぞ! その薄毛の頭頂部にバーコード刻んでコンビニでスキャンしてやろうか! あとそこの専務! 会社の経費で銀座のキャバ嬢にブランドバッグ買ってんじゃねえ! お前らの給料全部カットして俺のフェラーリの車検代にすんぞ!」
役員たちは顔面蒼白になり、その場に崩れ落ちた。新入社員たちはあまりの恐怖と混乱に、静まり返るしかない。しかし、大門はついに新入社員たちに牙を剥いた。
■ 新入社員への期待
「君たちの若い感性と、常識に囚われないアイデアに期待しています!……してるわけねえだろこの無能のひよっこどもが! お前らのスッカラカンの脳みそに期待してるのは『ハイ! 喜んで!』っていうロボット以下の反射神経だけだ! 鬱になったら自己責任! 過労で倒れるなら会社の敷地外で倒れろ、労災の手続きめんどくせえんだよ! 骨の髄までしゃぶり尽くしてやるから、せいぜい馬車馬のように働けェェェ!!!」
■ 予想外の結末
「……ハッ!?」
エコーのかかった絶叫が宴会場に響き渡った後、術が解けた大門は我に返った。
自分の目の前には、血の気を失い、震える300人の新入社員たち。そして、白目を剥いて倒れている役員たち。
「あ、いや……今のは比喩表現というか、高度なメタファーで……」
大門が言い訳をしようとしたその時。
静まり返っていた会場の最後列から、一人の新入社員がスッと立ち上がり、スーツの内ポケットから「退職届」と書かれた白い封筒を取り出した。
それを皮切りに、次々と新入社員たちが立ち上がる。なんと、彼らの半分以上がスマートフォンを掲げ、この「伝説のパワハラ入社式」の様子を動画で撮影し、すでにSNSで生配信していたのだ。
「えっ、ちょ、お前ら録画……!?」
『#ギガシナジー入社式』『#社畜生成プログラム』『#労基署にクソ』のハッシュタグは、瞬く間に日本のトレンド1位を独占。
その日の午後、300人の新入社員のうち298人が一斉に辞退届を叩きつけ、労働基準監督署には過去の退職者からのタレコミが殺到。ギガ・シナジー社の株価はストップ安となり、大門は社長辞任に追い込まれた。
ホテルの裏口から機材を運び出しながら、ケンゾウは春の風を浴びて缶コーヒーのプルタブを開けた。
「さて、ブラック企業を一つ潰したし……次はどの業界の闇を照らしてやろうかな」
ケンゾウの暗躍は、まだまだ続く。




