クレムリンの長い机と真実の暴言
モスクワ、クレムリン大宮殿。「聖ゲオルギーの間」。
黄金のシャンデリアが眩く輝く中、ロシア連邦大統領による国民向けの年次特別生放送「大統領との直接対話」が始まろうとしていた。
ケンゾウは、友好国から派遣された「特別通信技術顧問」という完璧な偽造パスを首から下げ、中継機材の最終チェックを行っていた。
大統領は、かつてKGBで鍛え上げた冷徹な無表情のまま、威風堂々とスタジオの中央へ歩みを進める。暗殺を極度に警戒する彼に近づくのは至難の業だが、ケンゾウはマイクのノイズキャンセリングの微調整を理由に、堂々とパーソナルスペースへ侵入した。
屈強なFSO(連邦警護庁)の護衛たちが目を光らせる中、ケンゾウは大統領の襟元のピンマイクに触れるふりをして、左のこめかみを中指で鋭く、そして正確に「トンッ」と突いた。
「……ム?」
大統領は氷のような視線をケンゾウに向けたが、すぐにカメラへと向き直った。
「本番、5秒前!」
赤いランプが点灯し、大統領は重々しく口を開いた。
■ ウクライナ侵攻(特別軍事作戦)への本音
「親愛なるロシア国民の皆さん。我が国の主権と歴史的正義を守るための『特別軍事作戦』は、計画通り順調に進んでおり……って、んなわけあるかボケェ!! 3日でキーウ落とすって言った諜報部のクソ無能ども全員シベリアの永久凍土に埋めてやる!! どんだけ泥沼化してんだよ! 西側の戦車だのミサイルだの次から次へとウゼェんだよ! こっちの戦車なんか博物館から引っ張り出してきてんだぞ! 弾薬足りねえからって、北から買わされる俺の身にもなってみろ!」
スタジオの空気がマイナス50度まで凍りついた。
司会を務める国営放送の看板キャスターが、恐怖でペンを落とす。しかし、大統領の口は機関銃のように止まらない。
■ 経済制裁とオリガルヒへの本音
「西側諸国の不当な経済制裁に対し、我々の経済はかつてないほどの強靭さを見せており……って、ルーブルの価値どうなってんだよ紙屑か!! 外資が撤退した跡地の偽物バーガー、マズくて食えたもんじゃねえぞ! 挙げ句の果てにオリガルヒの成金ども、自分のクルーザーと海外資産を没収されてピーピー泣きついてきやがって! お前らがドバイに金隠してるの知ってんだよ、全部没収して前線でドローン買ってこいクソが!!」
クレムリンの通信司令室では、報道官が「放送を遮断しろ! スワンスワン(白鳥の湖)を流せ!!」と絶叫していた。ロシアのテレビ局における非常時の伝統だ。しかし、ケンゾウが仕込んだウイルスがシステムを掌握しており、モニターには怒り狂う大統領の顔面がドアップで映し出され続けている。
■ 側近と同盟国への本音
「我が国は、真の友人である多極的な世界のパートナーたちと強固に結束し……って、隣のベラルーシのあのヒゲ親父、全然兵力出さねえで口ばっかりじゃねえか!! いい加減にしろ! あと俺の側近ども! いつも俺と会うとき、アホみたいに長ーーーい机の端っこに座らせてるの、お前らが毒とか持ってくるのが死ぬほど怖いからに決まってんだろ!! 近寄るな息がくせえ! 誰も信用できねえんだよ!!」
カメラのフレーム外で、大統領の側近数名が心肺停止になりかけていた。
■ パブリックイメージと健康への本音
「我々は偉大なる大国として、決して屈することなく勝利を……ぶっちゃけ、もう疲れたんだよ!! なにが『裸で馬に乗るマッチョ大統領』だ! こちとらもう70過ぎのジジイだぞ、腰も痛てえし夜中にトイレ3回は起きるんだよ! 影武者使ってるってネットで言われてるけど、そりゃあんなスケジュール全部俺がやってたら過労死するわ! もう歴史に名を残すとかどうでもいい! ダーチャ(別荘)の暖炉の前で、犬とウォッカ飲みながら一日中寝てたいんだよ!!」
「……以上だ!! おい、誰か俺の肩揉め! ストレスでハゲが進行してんだよ!!」
■ 予想外の結末
演説が終わった瞬間、大統領は糸が切れたマリオネットのように椅子に深く沈み込んだ。
護衛たちが慌てて大統領を囲み、ついに映像は『白鳥の湖』のバレエ映像へと切り替わったが、世界中のSNSはすでに大爆発を起こしていた。
『長机の理由、やっぱり暗殺ビビってただけじゃんwww』
『「博物館から戦車」ってトップ自ら軍事機密漏洩だろww』
『腰が痛いおじいちゃん……なんか急に親近感湧いてきた』
『影武者説、ついに公式認定キターーー!!』
翌日の西側メディアは「クレムリンのトップ、ついに限界か」と大々的に報じたが、最前線の兵士たちの間では「大統領も内心は同じこと思ってたんだな」という奇妙な連帯感が生まれ、なぜか前線の士気が一時的に落ち着くという謎の現象が起きた。一方で、名指しで無能呼ばわりされた諜報部と軍上層部は、責任のなすりつけ合いで大混乱に陥っていた。
数日後。
赤の広場を抜け、雪降るモスクワの路地裏を歩きながら、ケンゾウは分厚いコートの襟を立てた。手元のスマートフォンでは、世界中が大統領の「自白」で持ちきりになっているニュースが流れている。
「さて、東のトップ、北のトップと来たから……」
ケンゾウの吐く白い息が、モスクワの冷たい夜空に消えていく。
「次は、海の向こうの『自由の国』で、大統領選のテレビ討論会にでもお邪魔するとするか」




