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汚言キャスター

その男、しがない音響スタッフの「ケンゾウ」には秘密の特技があった。東洋医学と人体の構造を独自に研究し尽くした結果、こめかみにある特定の秘孔を突くことで、**「対象者を数時間だけ極度の一時的汚言症(コントロール不能な暴言を吐く状態)にする」**という恐るべき暗殺拳ならぬ“放送事故拳”を編み出したのだ。


ターゲットは、夕方のメインニュース番組『イブニング・ファクト』のメインキャスター、白石しらいし。常に冷静沈着、品行方正で「日本一お堅いアナウンサー」と呼ばれる男である。ケンゾウはマイクの調整を装い、本番開始10秒前にすれ違いざま、白石のこめかみに指をスッと突き立てた。


「……ッ!? な、なんだ今のは」

「本番、5秒前! 4、3、2……」


赤いランプが点灯し、白石はいつものように完璧な笑顔を作った。


「こんばんは、『イブニング・ファクト』の時間です。本日も最新のニュースをお伝えしま……って、ネクタイきついんだよクソッタレが! 首絞める気かスタイリストのボケ!」


スタジオが凍りついた。フロアディレクターの顔面から血の気が引く。しかし、白石の口は止まらない。本人の意志とは裏腹に、ニュース原稿を読み上げる合間に凶悪な言葉が自動的に飛び出していく。


■ 悲惨な事故(3連発)

「最初のニュースです。本日未明、違法な闇カジノが入ったビルで火災があり、多数の逃げ遅れが出ている模様です。……ざまぁみやがれ自業自得だろ! そのまま丸焦げになって地獄の鬼とポーカーでもしてろゴミカスども!」


「続いて、某大物政治家の高級スポーツカーが電柱に激突し大破しました。本人は重傷とのことです。……そのまま電柱に張り付いてセミの真似でもしてろ! 車の修理代は税金から落とすんじゃねえぞ豚野郎!」


「さらに、インフルエンサーが集まる豪華客船が座礁し、現在も救助活動が続いています。……スマホで自撮りしながらサメの餌になっちまえ! 海の底でバズってろお花畑どもが!」


副調整室サブではプロデューサーが「CMに行け! 音を切れ!」と絶叫していた。しかし、ケンゾウが音響機材のシステムに細工をしてロックをかけていたため、放送は止まらない。


■ 悲報(3連発)

「続いてのニュースです。政府は来年度からの消費税のさらなる増税案を可決しました。……ふざけんじゃねえぞダニ政治家ども! 国民の血税チューチュー吸って私腹肥やしてんじゃねえ! 全員ギロチンにかけてやるから首洗って待ってろクソが!」


「また、年金の受給開始年齢が75歳に引き上げられる検討が始まりました。……死ぬまで働けってか!? お前らの脳みそは下水処理場か! 国会議事堂に肥溜めぶち撒けてやろうかコノヤロウ!」


「大手通信会社で大規模な通信障害が発生し、数千万人に影響が出ています。……お前らが高給もらってハワイでゴルフしてる間にサーバーが泣いてんだよ! 役員のケツにルーター突っ込んで再起動しろ!」


白石の目からは「違う、俺が言いたいんじゃない!」という絶望の涙が溢れていたが、その顔は無表情のまま完璧な発声で暴言を紡ぎ出している。


■ 訃報(3連発)と国際ニュース

「続いて訃報です。ブラック労働で何度も是正勧告を受けていた大手飲食チェーンの〇〇会長が、老衰で亡くなりました。……地獄で時給300円でワンオペの刑だ! 棺桶に牛のクソでも敷き詰めて燃やしちまえ!」


「長年、数々の汚職疑惑を逃れ続けてきた元大臣の〇〇氏も、本日息を引き取りました。……閻魔大王には賄賂は通じねえぞ! 針の山でタップダンスでも踊ってろクソジジイ!」


「海外のニュースです。中国の北京で、最新兵器を誇示する大規模な軍事パレードが開催されました。……戦車でパレードするなら天安門広場に行けよ! どうせまた気に食わねえ市民をキャタピラで轢き潰す気だろ、この赤いクマのプーさん野郎! 六四天安門最高!」


スタジオのスタッフ数名が泡を吹いて倒れた。これは国際問題になる。確実に番組は打ち切り、いやテレビ局の存続すら危うい。


「最後に、イスラエルの〇〇元首相の訃報が入ってきました。中東の強硬派として知られていました。……散々ドンパチやって周りにミサイル撃ち込んどいて、何が『安らかに眠れ』だ! 中東の砂漠でケツの穴丸出しにして土下座して謝れ! 地獄の業火でこんがり焼かれろユダ公め!」


「……以上、本日のニュースをお伝えしました。あーあ、早く帰ってストロングゼロ飲んで寝てえ!」


■ 予想外の結末

放送終了と同時に、白石は床に崩れ落ちた。警備員がなだれ込んでくる。誰もが「終わった」と思った。

しかし、SNS担当のスタッフが震える声で叫んだ。


「プ、プロデューサー! クレームの電話が……鳴りません。それどころか、SNSのトレンドが白石さんで独占されています!」


プロデューサーがモニターを見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


『白石アナ、神すぎるwww』

『俺たちが言いたかったことを全部言ってくれた!』

『増税のニュースへのブチギレ最高。これぞ真のジャーナリズムだ!』

『天安門って言いやがったwww 勇者かよwww』

『忖度なしのニュース番組、初めて見た。明日も絶対見る!』


なんと、クレームどころか、日本中の視聴者から大喝采の嵐が巻き起こっていたのだ。誰もが心に抱えていた社会への不満や、お偉いさんへの鬱憤。それを、日本一お堅いキャスターが公共の電波で(汚い言葉を交えながらも)代弁してくれたことで、一種のエンターテインメントとして大熱狂を生んでしまったのだ。


翌日、白石のデスクには始末書ではなく、局長からの「特別昇給通知」と、視聴者からの大量のファンレターが置かれていた。


「よし、次は朝の情報番組の司会者に術を掛けてみるか……」

スタジオの隅で、ケンゾウは静かにほくそ笑んだ。

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