【世界記録更新】婚約破棄RTA(Any%) 「王子が口を開く前に罪状を叩きつけろ」
婚約破棄とはタイムアタックである。
王立学園の卒業パーティ会場。
シャンデリアの光が煌めき、着飾った貴族たちが談笑する優雅な空間。
その中心にある壇上に、第二王子カイルが上がった。
彼の隣には、小動物のように震える(演技の)男爵令嬢マリアが寄り添っている。
音楽が止み、注目が集まる。
婚約者である私、侯爵令嬢アレクサンドラを見下ろし、王子が息を大きく吸い込んだ。
――来た。
私の脳内で、無機質なデジタルタイマーが【00:00:00】を表示し、カウントを始める。
人生7周目。
今回のプレイ目的は「婚約破棄イベントの最速クリア」。
レギュレーションは「慰謝料放棄・国外追放受諾・バグ技(壁抜け等)使用禁止」のAny%だ。
王子が口を開く。その予備動作はコンマ5秒。
私はドレスの裾を僅かに持ち上げ、前傾姿勢をとった。
「アレクサンドラ! 貴様との婚約をは――」
「はい破棄で! 承知いたしました!」
「えっ」
会場が静まり返るよりも早く、私は懐から用意していた書類の束を素早く取り出した。
「理由はそちらのマリア様との『真実の愛』! 私は二人を引き裂く悪役令嬢! よって国外追放! 異議なし! 全て認めます!」
「ちょ、待て! 貴様、何を……」
王子がたじろぐ。タイムロスだ。
ここで会話イベントを発生させてはいけない。私は彼が次のセリフを紡ぐ前に、書類の束を王子の胸板に叩きつけた。
バシィン!!
「こっ……これは何だ!?」
「貴方がこれから読み上げる予定だった『私の罪状リスト』です! 教科書への落書き12件、上履き隠し3件、お茶会での暴言54回! 全て日付と目撃者の署名入り、公証役場の確定日付も取得済みです!」
「なっ……!?」
「読み上げは時間の無駄なので省略! 私の有罪確定! 婚約破棄成立! 以上!!」
完璧なチャート運び。
本来ならここで王子がネチネチと十分間は続ける断罪演説を、物理的な証拠提出によって強制スキップすることに成功した。
私はスカートを翻し、踵を返す。
目指すはテラスへの出口だ。
「ま、待てと言っているだろう!」
背後で王子の怒声が聞こえた。
チッ、まだ追跡フラグが折れていないか。
振り返ると、王子が壇上から駆け下りてこようとしていた。
このままでは出口の前で追いつかれ、無駄な問答イベントが発生してしまう。
足止めが必要だ。
私は視線を走らせ、壇上で棒立ちになっている男爵令嬢マリアを捉えた。
――使えるアイテムは、何でも使う。
私は再加速し、マリアの元へ肉薄した。
「えっ、アレクサンドラ様? きゃっ!?」
私はマリアの腕を掴むと、柔道の背負投げの要領で、迫りくる王子に向かって彼女を「投擲」した。
「マリアさんが倒れそうですよー!(棒読み)」
「きゃあああぁぁぁ!」
「おっと、危ないマリア!」
ドサァッ!
王子は反射的にマリアを受け止め、二人はもつれ合うように床に倒れ込んだ。
ナイスキャッチ。これにより、約5秒間の硬直時間が発生する。
「お二人ともお幸せに! 二度と会うことはないでしょう、サヨナラ!」
私はその隙を見逃さず、テラスへと繋がるガラス扉の前へ到達した。
通常ルートであれば、ここで扉を開け、衛兵に呼び止められるイベントをこなさなければならない。
だが、今の私はRTA走者だ。
私はドレスの裾をまくり上げ、装備していたランニングシューズの底で、ガラス扉を思い切り蹴り破った。
パァァァリンッ!!
盛大な破砕音と共に、夜会会場と外の世界が繋がる。
「なっ……!?」
「あ、アレクサンドラ嬢が……!?」
会場の貴族たちが悲鳴を上げる中、私はためらうことなく割れた窓枠から夜の闇へと跳躍した。
ここは王城の2階。
普通に飛び降りればタダでは済まない高さだが、問題ない。
「セバスチャァァン!!」
眼下には、山盛りの綿花を積んだ、実家の荷馬車が待機していた。
私は受け身を取りながら、フカフカの綿の中へとダイブする。
ボフンッ!
完璧な着地。
手綱を握る老執事セバスチャンが、懐中時計を見ながら涼しい顔で振り返った。
「お嬢様、ただいまのラップタイム、1分12秒でございます」
「自己ベスト更新よ! さあ出して、国外までノンストップでね!」
「畏まりました。少々揺れますので、綿におつかまりください」
セバスチャンが鞭を振るう。
特別な訓練を受けた駿馬たちが、いななきと共に急発進した。
キキキーッ!!
王城の石畳に、馬車とは思えない派手なドリフト音を響かせ、私たちは夜の王都を駆け抜けていく。
私は綿の山から顔を出し、遠ざかる王城を見上げた。
割れたテラスの窓から、王子とマリアが呆然とこちらを見下ろしているのが見えた。
「あ、そうそうセバスチャン。慰謝料の請求書はどうした?」
「ご安心ください。先ほどお嬢様が王子に叩きつけた罪状リストの束、その一番下に忍ばせてございます。『精神的苦痛への慰謝料、金貨一万枚』。王家の承認印も偽造……いえ、手配済みです」
「流石ね、仕事が早くて助かるわ」
私は夜風に吹かれながら、脳内のタイマーをストップさせた。
これにて、今回のRTAは完走だ。
「さて、次の人生では、どんなチャートを試そうかしら。婚約破棄のRTAは更新する度に達成感が爽快でやめられないわぁ」
私は馬車の荷台でポテトチップスの袋を開けながら、攻略サイト(自分の記憶)の更新作業に取り掛かるのだった。




