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第11章:ここから始まる

彼女は目を開けた。

目の前に広がるのは見知らぬバス停。人々が行き交い、車輪が石畳をきしませ、呼び声や笑い声が混ざり合う――どれも耳慣れない音だった。

彼女はそこに立っていた。二十歳前後の少女の身体で――黒髪、黒い瞳、長年鍛えられてきたような引き締まった体つき。

ここがどんな世界なのか、自分が誰なのか、記憶は一つもない。

名さえも。

ただ一つだけ、確かなことがあった。

――今度こそ、生きる。

「……アウレリア・ソレンヌ。」

彼女はそっとつぶやいた。まるで自分自身に誓いを立てるように。

“アウレリア”――希望の光。

“ソレンヌ”――厳かさ、経験の重み。

新しい名前。新しい始まり。

________________________________________

この世界は奇妙だった。

馬車や油ランプ、掲示板など前世にもあった物がある一方で、光る魔法板、空を漂う人影、理屈を超えた生物まで存在していた。

彼女は石畳の通りを歩き、店々を眺めながら進む。

広場の一角にある、ひときわ大きく賑わう建物に目を奪われた。

――冒険者ギルド。

彼女は中へ入った。

中は騒がしく、汗と獣皮と金属のにおいが混ざり合っている。

中央には巨大な依頼掲示板。受付には長い列ができていた。

彼女は受付へと向かった。

茶髪の女性が明るい笑みを向ける。

「ようこそ、ワリン冒険者ギルドへ。私はマナエです。ご用件は?」

「冒険者登録をしたいの。でも……お金がない。」

マナエは驚く様子もなく頷いた。

「大丈夫ですよ。新人の方は皆そうですから。まずは簡単な採取依頼を――森の外れにある薬草を摘む依頼です。こなせば信用点と報酬がもらえます。」

アウレリアは静かに頷いた。

「ありがとう。それと……この国について少し聞いてもいい?」

「ここはワリン。近隣では最も平和な国と言われています。ただ、北方の国境には多少の不穏がありますね。」

「魔法は? 私……何も感じなくて。」

「魔法は生まれつきのものです。幼いころから感じる人もいれば、大人になってやっと芽生える人もいます。もちろん、一生持てない人も。」

「もし私に魔力がなかったら?」

「それでも生きられますし、戦えますし、強くなれます。魔法がすべてじゃありません。望むなら努力すればいい。時に、意志は運命さえ凌ぎます。」

アウレリアはかすかに笑った。

「ありがとう。」

________________________________________

最初の依頼は、森の西端に咲くシリンの花を二十輪摘むこと。

秋風による風邪に効く薬草らしい。

短剣と布袋を準備し、彼女は森へ向かった。

森は美しかった。

高くそびえる無数の松、差し込む陽光が金色の筋になり、冷たい空気に樹脂と湿った土の香りが混じる。

一時間ほどで花は集まった。

空は夕暮れ色に変わり始めていた。

そのとき――叫び声。

「たすけて! お願い!」

アウレリアは反射的に駆けだした。

金髪の少女が怯えながら走ってくる。

その後ろには、巨大なゴブリン――青緑の皮膚に、松の半分ほどの背丈――が追っていた。

理解できないほど、恐怖が胸に走った。

手が震え、心臓が跳ねる。

それでも、足は前へと動いていた。

短剣を抜き、叫びながら飛び込む。

爪が風を裂き、彼女の頬を掠める。

アウレリアは身をひねり、腹部に斜めの一撃を入れた。青い血が弧を描く。

反撃を避け、脚に二撃目。ゴブリンが膝をつく。

だが、その隙に爪が彼女の顔を横切った。

左目に焼けるような痛み。

視界が赤く染まり、片側が真っ暗になる。

叫び声とともに、最後の力で跳びかかり、喉元へ短剣を突き立てた。

ゴブリンは痙攣し、崩れ落ちた。

息が荒い。

血が頬をつたう。

それでも彼女は立ち上がり、金髪の少女に手を差し出した。

「大丈夫……?」

少女は何も言わなかった。

ただ彼女を見つめ、一度だけ頭を下げた。

沈黙のまま、アウレリアは少女を町へと連れて帰った。

歩く間、声をかけても返事はない。

大きな屋敷の前に着いたとき、少女は振り返った。

「私は、セリア・ヴァルネス。」

そう名乗ると、彼女の手に銀貨を一枚置いた。

「……ありがとう。」

それだけ。

気遣いも、問いかけも、優しさもない。

扉はすぐ閉ざされた。

片目を失い、血に濡れた手でアウレリアは立ち尽くす。

胸の奥に、冷たい虚無だけが残った。

この世界の冷たさを、はっきりと知った瞬間だった。

……いや。

もしかすると、これが初めてではなかったのかもしれない。

________________________________________



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