六話:台所 VS スキル実験
「なんだ? ツレか?」
「ああ。今日からこいつも泊まる……お前なに入口に突っ立ってんだよ、早く来い」
……デジャヴ。
航平はアレクが宿泊している宿の入口に突っ立っていた。できればそのまま見なかったことにして回れ右したい。
「……お世話に、なります……」
びくびくした様子で挨拶をしてしまったが、動物は本能的に自分よりも大きい生き物に対して恐怖を感じるので許してもらいたい。
ギルドの冒険者たちも大概だったが、この宿屋の主人も「冒険者じゃないの?」と聞きたい程に身長が高かった。おそらく2mは超えている。
そしてその体格も凄まじいもので、二の腕なんかは航平の太ももよりも太いのでは、と思えるほどだ。
そして低く響く声はまるで地鳴りみたいで、反射的に背筋が伸びた。
これはもう……人間というより……山、いや、山の神かなにかでは?
なるべく目を合わせないようにしよう……と思いながらアレクの横に移動する。普通に怖い。アレクは訝しげな顔をしながら宿屋の主人に宿泊料金を支払っていた。
なんでそんな平然としてられるんだ……と航平はアレクのことを別の意味で尊敬した。おそらく本人が知ったら「そんなところで尊敬するな」と言われそうだ。
「なに? 坊主も冒険者なのか? ……こりゃまた、らしくねぇなぁ」
「ははは……」
でしょうね、と心の中で全力同意したが、それを口にできるほどの度胸は、残念ながら航平にはなかった。
◆
アレクが宿泊していたのは二階の角部屋で、元々二人部屋を一人で使っていたらしく、航平は同室の空いているベッドを使うことになる。
宿屋の主人、ガルドから航平用の鍵を受け取り、二人はベッドの上で各々寛いでいた。
(そういや、分析はわかったけど……整理整頓とアイテムボックスってどう使うんだろう。特に整理整頓)
アレク曰く「職業や性格に引っ張られることが多い」らしいので、きっとエンジニアからだろうなと航平は当たりをつける。
ちなみにアイテムボックスは歴代渡り人がもれなく全員保有していたらしいので、きっとこれは渡り人固有のスキルなのだろう。
(アイテムボックスってインベントリみたいなもんだよな? ゲームとかでよく見るし……整理整頓は……最適化のことか……?)
とりあえず何か使ってみるか、と思い、航平は壁際に向かって「アイテムボックス……アイテムボックス……」と念じるように意識した。これで何も起きなかったら普通に恥ずかしい。
すると。
「うわ!」
壁の時空が歪んだ。
「あん? どうした?」
「か、か、壁……今……壁が……時空が……ワームホールみたいなのが……」
「わーむ……? またわけわかんねぇことを……」
アレクは相変わらずビビり散らかしている航平と、その向こう側の空間をのぞき込み「アイテムボックスじゃねぇのかそれ」と本日数回目の呆れたような顔でそう言った。
……なんで俺より順応してるの。
航平は納得いかないという顔でアレクを見た。
そして改めて、渦のように歪んだ空間を見る。
(……ええい、ままよ!)
航平は目をつむり、思い切ってその渦の中に右手とエコバッグを突っ込んだ。
ナイロン製のエコバッグに、中にはゴミと今は使えないスマートフォンしか入ってないので万が一紛失しても問題はない、という考えだが、腕だけは返してほしいと切実に願う。
「……アイテムボックスに腕突っ込んでるの見ると、腕千切れたように見えんな」
「怖いこと言わないで……」
しみじみと恐ろしいことを言われた。
アレクからすれば航平の腕が突然空中ですっぱりと無くなっている状態だ。
こちらでは一般的にはアイテムボックスというスキルは渡り人しか保有していないという情報しかなく、確かにアレクの知る限りではアイテムボックスというスキルを使用している人物は見たことが無かった。
誰がどんなスキルを持っているのかは本人も知らない場合もあるし、人間の数以上にそのスキルの種類は存在しているのだ。アレクが知らないだけで普通に保有している可能性はあるが、わざわざ言わなくてもいいかと胸の内に秘めておくことして、航平のことをジッと見つめた。
「…………………………………………」
航平は突っ込んだエコバッグを本当に離して良いものかと百面相をしていた。
随分変わったやつが来たな、とアレクは思う。航平からしたら普通なんだけど……と不満そうな顔をしそうではあるが。
そもそも戦うどころか喧嘩もしたことがなく、更には動物の死体を見たこともないと言っていた。どれだけ平和な国にいたんだ、と思う。自分よりも身長の高い人間(最も航平よりも小さかったり華奢だったりする人間はあまり見ない)に対しては必要以上にビビり散らかしていたのも納得だ。が、変なところで警戒心もないので、アレクは良くも悪くも目が離せねぇなこいつ……と思っていた。
「……アイテムボックスってなんか不思議だな……こう、アレ取り出したいなーと思ったらちゃんと出てくる……」
「当たり前だろーが」
神妙な顔して何を言うのかと思えば、酷く当たり前な感想だった。
最初はおっかなびっくり、と言った様子でアイテムボックスを使っていた航平だったが、その便利さと不思議さに惹かれ、何度も荷物を取り出したりしまったり、を繰り返し、ひとしきり満足してからベッドの上でそう呟いていた。
「あとは整理整頓か? 愉快なスキルで楽しそうだなお前」
「好きで愉快になったんじゃないやい……」
アレクにそう揶揄われるも、さてどうしたものかと周囲を見渡す。
(……最適化、分類……自動仕分けとか……?)
航平自体は整理整頓が苦手なので助かるといえば助かるのだが、いかんせん使う機会がまるで思い浮かばない。
アイテムボックスは意識すればほしいものが出てくるしなぁと思っていたところで、そういえば先ほど、業者がきたばかりで荷物が多いとガルドがアレクに零していたなということを思い出していた。
「ちょっとキッチン行ってくる」
「おー」
アレクはすでに興味をなくした様子で空返事を送っていた。
◆
キッチンにたどり着いた航平は、うずたかく積まれた食材や調味料の類にちょっと引いていた。獣道かな……と思うような細い通路が出来ていて、きっとガルドはこの細道を通ったのだろう。最も、あの体格なのでかなりギリギリなのでは、と思う。
(えーと、とりあえずスキルを対象に向かって意識すれば使えるのかな……?)
整理整頓……整理整頓……と念じながら、キッチンをにらみつけるように立つ。これ、傍から見たらどうやって荷物整理しようかなと悩んでるな……って見えるよな……と、航平はどうでもいいことを考えていた。
すると。
「うわわわ!?」
みるみるうちに積まれていた食料品たちが、きれいに規定の場所へと収納されていく。
肉や野菜、乳製品など傷みやすいものは流石に冷蔵庫へ保管されていたようだが、それ以外の粉物、調味料などがみるみるうちに片付いていくのを、航平はあっけにとられた様子で見ていることしか出来なかった。
そうして、すべての食材が収まった様子を見て、恐る恐る棚や籠を確認する。
切れかけていた砂糖の瓶には新たに補充までされていて、日常生活においてはかなり便利な使い方ができるのではないだろうか。
「べ、便利なポルターガイスト……」
思わずそんな言葉が口をついて出た。
アレクが聞けば「なんだそれ?」と疑問符を浮かべるような言葉を思わず呟いてしまう。
改めて、キッチンを眺める。そこはたった数分で、まるで新装開店したばかりのように整っていた。
航平は呆然と立ち尽くし、その成果を眺めていたが。
「……いや、すごい……けど、なんで夜中に人ん家の台所整えてんの……」
人ん家というより正確には宿泊施設だが。
真夜中に他所の台所をピカピカに整えるという行為は、どう考えても普通じゃない。
「…………………………」
とりあえず部屋に逃げ帰った。
◆
早朝、宿屋の主人ガルドは、いつものように厨房へ足を運んだ。昨夜の業者の荷が積まれたままだったはずだが──
「…………ん?」
ガルドの足が止まる。
昨晩、とりあえずとキッチンへ詰め込まれていた食材たちは、どこかへ消え失せていた。いや、消えたのではない。完璧に整理されていた。粉物は種類ごとにラベル付きの瓶へ。乾物は通気の良いかごに。使いかけだった砂糖や塩も、きっちり補充済み。調味料に至っては、五十音順で並んでいた。
「……誰だ、こりゃあ……」
慌てて帳場に戻り金庫を確認する。異常なし。食材の個数も数えてみたが、盗まれたものはひとつもない。
むしろ、整理されて見やすくなっただけだった。
「…………どろ、ぼう……?」
いや、違う。あれは整頓だ。整頓泥棒? いや、整頓妖精……? わからん。
「……まぁ、ええか」
困惑しつつもありがたく感じたガルドは、仕込みを始めることにした。
◆
翌朝。まだ寝ぼけ眼で目を擦りながら、航平は食堂へと降りていた。
アレクは既に身支度を整えており、数度揺すられて起こされた航平は普通に「あれ? 夢?」と思った。直後、アレクに引っ叩かれて強引に覚醒させられていたが。
ぼんやりとした様子で席に座ると、食欲をそそる良い香りが鼻腔を駆け巡る。
朝食も宿泊施設の醍醐味の一つだよなぁと、航平は思っていた。
「ほら、遠慮せずにたんと食えよ」
無骨な腕がぬっと視界に入る。しかしそれとは裏腹に、色鮮やかなワンプレート朝食が並べられていた。
ふっくらとした黄色のオムレツ。ローストビーフのサラダ。真っ赤なトマトはツヤツヤで新鮮、籠には焼きたてのパンがいくつも盛られていて、ひどく魅力的だ。
「うわ、おいしそう……」
航平がそう呟くと、ガルドは機嫌良さそうに「そうだろう」と頷いた。
「うちは食事も売りの一つだからな。特にお前は小さいんだから、沢山食えよ」
「はは……」
生憎と成長期はもう終わってるんで。と思ったが、折角の好意なので笑って誤魔化す。
するとガルドはふと「そういや」と話を切り出した。
「昨日業者がきたって言っただろ」
「あー……そういやそんなことも言ってたな。厨房が迷宮みてーになってたわ」
「それなんだが、もう夜も遅いし片づけは朝に回したんだが……起きたら全部整理されててな。調味料とかも補充されてて、泥棒かとも思ったんだが……盗まれたもんは何もなかった」
不思議なこともあるもんだ、とガルドが呟く。
アレクは思わず航平を見た。
航平は思いっきり首を背けた。
「へぇ……そりゃあ奇妙な話だな」
アレクが食事の手を止め、ニヤニヤと笑いながら航平に問いかける。
航平は内心冷や汗をかきながらも「ソウダネ……」と片言の返答をするのが精いっぱいだった。
ガルドは二人のその様子に首を傾げながら、食堂を後にする。後ろから小声で「今後もお願いしまーす、小人さん」というアレクの声は、届いていないようだった。