五話:大食い VS スキル
ギルドの外に出た途端、夜の空気が心地よく肌を撫でた。
航平はさっきの受付のやり取りを思い出しながら、小さく息を吐く。
「……にしても、あの人……オルフェンさんだっけ? めっちゃ丁寧だったなぁ。ギルド職員ってもっと屈強な人のイメージがあったんだけど」
ギルド職員、オルフェン・ハルクス。
スーツめいたきっちりした制服に眼鏡、表情は硬めで口調も丁寧。少し冷たい印象があるものの、仕事ぶりは真面目で丁寧そうなので、航平は好印象を抱いていた。
「ギルド職員って言っても色々いるからな。ここの職員は数は少ないが女もいるし、全部が全部筋肉だるまってわけじゃねぇよ」
「き、筋肉だるま……」
あの屈強な男達を前にしてそんな風に思ってたの……と、航平は口角を引きつらせた。
そういえば、と、ギルド内で酒を飲んでいた冒険者をしばき倒していたギルド職員を思い出す。確かに彼女も小柄ながらにしてよくあんなことが出来るものだと航平は感心していた。
自分よりも余程度胸がある。
「依頼人と交渉したり、たまに力に物を言わせることもあるしなぁ。まぁ見た目でけぇ方が都合が良いんだよ」
歩きながらアレクがそう告げる。
確かに冒険者は屈強な男達が多かったが、街行く人々を見るととりわけこちらの世界の人種すべてが逞しい体格をしているわけではなさそうだ。
「とりあえず必要最低限のことは済んだろ。あとは飯でも食いながら今後のことを話そうぜ。何食いたい?」
「肉で」
勿論一択だった。
◆
「まず買い物だな」
酒場の喧噪をBGMに、席に着くなりアレクは酒と肉、他適当に摘まめるツマミを頼んでそう言った。航平は全くなんのメニューかわからなかったので、すべてお任せで、と伝えている。ちなみに流石にこの状況で酒を飲む気にはなれなかったので、おとなしく果実水を飲んでいた。
「買い物? 何か買うのか?」
「ああ、まずテメェの服だな」
そういわれて、航平は改めて自分の恰好を思い出す。上下迷彩服にエコバッグ、足元はスニーカー。確かにちょっとそこのコンビニまで、という恰好だもんなぁと思った。まぁあちらでは本当にちょっとそこのコンビニまで、というテイで出てきたので何も間違ってはいないのだが。
「ええ……まぁ確かにダサいっていうか部屋着だしさぁ……。でも服なんてなんでも良くない?」
「お前なんでそこらへんで服買うっつー発想になってんだよ」
アレクが呆れながら肉を頬張る。しかしその姿はどこか気品すら漂っていて、アレクの人となりや酒場の雰囲気からするとひどくミスマッチだ。
こんなに音を立てないで食べられる人が世の中にいるんだな、王族の英才教育ぱねぇ~……と、航平は他人事のように考えていた。
ちなみに航平もアレク程ではないが一般教養範囲でのマナー自体は身についているので、二人とも酒場ではちょっと浮いていた。
「え? 違うの?」
「装備整えるに決まってんだろーが。お前そんな紙みてーなぺらっぺらな服、防御力もなんもあったもんじゃねぇだろ。貧弱雑魚なんだからせめて装備でどうにかしねぇと死ぬぞ」
「なるほど、そういう……」
「つーかお前どんなとこから来たんだよ。警戒心もまるでねぇし」
アレクは心底不思議そうな様子で「どっかの貴族か? にしちゃあ、品があるって感じでもねぇしな……」と航平に問いかけた。
アレク曰く、航平は一般教養やマナーが必要以上に身についており、立ち居振る舞いも粗野でも粗暴でもないが、貴族のような洗練された立ち居振る舞いとも違い、なんとも不可思議なのだそうだ。
「ええと……うち平和な国だったので……戦うとか有り得なかったし……犯罪も無くはないけど身近ではなかったし……武器とか触ったこともない……」
「……平和ボケってレベルじゃねぇな、それ」
そもそも世界の中で見ても日本はトップレベルに平和だったし治安も良い国だったからなぁ、と、航平は思う。平和ボケしてる自覚はないがそういう認識は当然あった。
アレクは溜め息交じりに酒をあおると、ふと何かを思い出したように「お前スキルってなんかあんの?」と聞いた。
「……すきる?」
「スキル。特殊な能力や技術のこと」
「そんな急にBOTみたいな反応しないで……」
「ぼっと?」
「なんでもない、こっちの話……」
スキルってあのゲームとか漫画で見るアレだよな? と航平は思った。
知識として知ってはいたもののそれが自分と結びつく構図がまるで思い浮かばず、思わず初めて聞きましたみたいな反応をしてしまったが。
「え? それって俺にもあんの?」
「知らねぇよ。ただ今までの渡り人は何かしらのスキルを持ってた、って記載があったからな。お前もあんじゃねぇの?」
その言葉に、航平の胸がわずかに高鳴る。
正直、スキルや魔法といったものは自分からかけ離れすぎていたので、自分にそれらを使える可能性があるということは端から全く考えていなかった。
「おお……ファンタジー……」
「ふぁんた爺?」
「忘れて」
しかし使えるということならば使ってみたい。まだ使えるかどうかはわからないが、歴代渡り人にスキルがあったということならば、航平もスキルを保有している可能性が高いのだ。
どうすれば使えるのかなぁと考えながら、目の前の肉の塊を見た。ほかほかと湯気を立てて、非常においしそうな肉だ。
(……これ、なんの肉なんだろ……)
美味しいけども。なんの肉かわからないまま食べ続けるのも不安だなぁと思っていると。
急に、半透明の青白いパネルがポン、と目の前に浮かんだ。
【分析結果】
対象:焼き肉(調理済)
・肉種:不明(獣系)
・状態:表面軽度焦げ/中心部加熱済
・香辛料:スパイス(分類不能)
総評:食ってもたぶん大丈夫。うまそう。
……なにて?
航平は肉を見つめながら固まった。
「どうした?」
「いや……なんか肉の詳細が出てきて……」
「ハァ?」
「情報パネルみたいなウインドウが……待って待って、そんな目で見ないでお願いだから」
アレクがわかりやすくドン引いた顔をしていた。普通に「何言ってんだ、こいつ」という表情をしている。
「パネル? どこに?」
「? 俺の目の前」
「……見えねぇな」
「えっ」
……幻覚……? と恐る恐る呟いた航平に、アレクは平然として「いやスキルじゃねぇの」と言った。
「え? スキルってこんな風に勝手に出てくるもんなの……?」
「勝手に、っつーか、意識したら出るっつーか」
アレクは考えるようなそぶりを見せながら、グイ、とまた酒をあおった。
確かに航平は先ほど、この肉ってなんの肉だろうと考えた。意識すれば出た、といえば、その通りである。
「ギルド行った時にスキル測定端末で確認しときゃよかったんだが……渡り人だしなぁ」
「え? なんかダメ?」
「ダメっつーか……こっちにねぇ渡り人固有スキルとかだと説明つかねぇだろ。めんどくせぇ」
「そういうのもあるのかぁ」
自分では色々気づけないことをアレクが知らず知らずのうちにフォローしてくれているのは、かなり有難い。
そうなると自分のスキルは自分でどうにか発見するしかないかぁ、と思ったが、ふと、そういえばさっきのって自分にもできるのか? という疑問がよぎった。
(対象が自分でも出来るのかな)
そう思いながら、先程と同じように自分に意識を向けてみる。すると……。
【分析結果】
対象:本人(森本 航平)
・種族:ヒト(異界個体)
・状態:健康/若干の緊張
・保有スキル:【分析】/【整理整頓】/アイテムボックス
総評:貧弱で脆弱。順応性は高い。国民性からか比較的グルメ。戦闘能力は皆無。
「出たぁ!!!!」
情報パネルが出たことにより思わずでかい声が出た。目の前のアレクもびっくりしたようだが周囲の冒険者たちはもっとびっくりしていた。
すみません……と周りに謝罪しながら、小声でアレクに話しかける。
「見えた! 俺の個人スキル!」
「あ? どうやってだよ」
「なんか分析っていうスキルがあるからそれだと思うんだけど……」
「分析ィ? また妙なスキルだな……。他には?」
「えーと……あと整理整頓とアイテムボックス……ってどうやって使うんだろこれ……」
「アイテムボックスはともかく整理整頓……」
アレクが微妙そうな顔をして復唱した。整理整頓だとしまらないかなと思って折角横文字で言ったのに言い直さないでほしいと航平は思う。
「どっちにしろ戦闘系のスキルじゃねぇなぁ、どれも。まぁスキルの内容は職業とか性格に引っ張られるから平和ボケしてんならそれもしょうがねぇか……」
「合間に悪口挟まないで……」
正直航平も、かっこよく戦闘系のスキルかなとワクワクしていたことは否めない。よく言えば堅実、悪く言えば地味だな……と思っていた。
すっかり酒も飲み干し食事も終えたところで、アレクが今日のところは一旦宿に引き上げるか、と告げる。
ちなみにアレクも周囲の冒険者たちも、航平が引くほど山盛りの肉を食べていた。
「スキルに関しちゃ宿に帰ってからだな。ここは人目が多い」
「了解」
何も言わず2人分の飲食代を払うアレクを見て、どうにも申し訳無さが勝る。当面の生活は面倒見てやる、と言ってはいたが、流石にそこに全力で乗っかれるほど航平は図太くなれなかった。
「……あの、ほんとに奢られてばっかでいいの? あとで借金取りみたいに請求されても困るんだけど……」
「俺をどんなやべぇ奴だと思ってんだ」
「いやだって、面倒見てやるってやつ、大体あとで『今のは投資だった』っていうテンプレあるじゃん……」
「お前、物語に毒されすぎだろ」
呆れ顔で軽口を返してくるアレクに、航平はふっと笑う。
「……ありがと」
少しだけ目を逸らしながら、そう告げる。
並んで歩くアレクは横目でそれを聞きながら、こそばゆそうに頭をバリバリと掻いていた。
「んー……ま、異世界に突然放り込まれてビビりもせず肉喰ってんの見たら、多少はな。なにより面白ぇし」
「それ褒めてんの?」
「褒めてやってんだろうが。ありがたく思えよ」
「すんごい上からくるじゃん……」
そんなやりとりを交わしながら、宿への道を歩いていく。
さっきより、少しだけ心が軽かった。