四話:冒険者登録 VS 屈強な男達
ビビっていたのがなんだったのか、と思うほど、あっさりとラントアに入ることが出来て航平は拍子抜けしていた。
ちら、とみられただけで特に何かすることはなく、アレクがカードを提示しただけでそのまますんなり入ることが出来て思わず役人を二度見した。役人は航平のことを「なんだこいつ」という顔をして見ていた。
アレクにも変におどおどしてるより堂々としていろ、と言われたが、それが出来ていたかどうかは気持ちの問題なので航平は見ないふりだ。
何はともあれ無事に門を抜けた途端、航平は思わず足を止めた。
眼前に広がるのは、どこか懐かしさすら感じる、落ち着いた街の風景だった。
道は石畳で整えられており、人の歩みと車輪の通過を繰り返した歴史が刻まれている。足元にこぼれる夕陽の橙と紫が、平たい石の凹凸に柔らかく影を落としていた。
両脇には、赤褐色のレンガと木材で造られた建物がぎっしりと並び、どれも二階建てか、それより少し背が高いくらいだ。屋根はオレンジ色の瓦で統一されていて、陽に照らされるとほんのり火照ったように見える。
遠くには塔のような建物が見え、その傍には布を張った屋台がいくつも立ち並んでいた。あれが中央広場だろうか。軽やかに響く子どもの笑い声、野菜の名前を叫ぶ商人の声、何かの契約を読み上げるような硬い口調──街の音が、静かに、けれど確かに、航平の耳に届く。
更に干し草のような香りに混じって、焼きたてのパンと、煮込まれたスープの香りが漂ってきた。ぐぅ、と情けない音が腹から鳴って、森の中でおにぎりもから揚げも食べたのに……と苦笑する。
しかしそれからずっと歩き通しだった為、とっくに消化されてしまっているのだろう。
「……うわぁ……なんか素朴で落ち着くっつーか……いい街だなぁ」
思わず呟いた航平に、アレクが振り返る。
「だろ? 田舎っちゃ田舎だが、住みやすいっつって定住する冒険者も多いらしいぜ。あと肉がけっこうイケんだよな、ここの街は」
そう言って、ふらりと進み出すアレクの背を追いながら、航平は改めてあたりを見渡した。
軒先には布を干している家があり、足元の段差には小さな鉢植えが並んでいる。歩く人々は慌ただしいがどこか穏やかで、荷を背負った牛や、鼻を鳴らす馬の姿もちらほら見える。
異世界だという実感がまたひとつ、じわじわと胸の中に染み込んできた。
これはゲームでもアニメでもなく、まぎれもない世界の景色だ。
「んじゃま、取り合えずギルド行くか。ついでにお前の冒険者登録もしないといけねぇし」
「え」
いつの間にそんな話したっけ、と、航平はさっさと歩き出したアレクの後ろから追いかけるように声をかける。
「え? 俺も冒険者登録すんの?」
「じゃねぇと身分証ねぇだろお前。あと一緒に行動すんならパーティー組んどいたほうが都合がいいしな」
まぁそれもそうかと航平は納得するものの、日本では身分証の発行のために身分証が必要、という事態に陥ることがあるがそこらへんは大丈夫なのだろうか。
アレクが何も言わないからきっとザルいんだろうなと、先ほど入国したばかりのことを思い出して納得した。
とりあえず、登録が済んだら何か食べたい。肉がうまいらしいし……と、そんな単純な動機で、航平は小走りにアレクの背を追った。
◆
「おら、何突っ立ってんだ? 早く入って来いよ」
なんてことない様子でギルドに入ったアレクが、不思議そうに航平を呼ぶ。
航平も最初はなんの疑問もなく普通にアレクに続いてギルドに入った。が、扉を開けた瞬間、中の冒険者たちの様子を見てすぐに出た。
「……修羅の国じゃん……」
「あ? なにわけわかんねぇこと言ってやがる」
訝しげなアレクに腕をつかまれ問答無用でギルドに連れ込まれた。当然抵抗したもののまるで歯が立たず、航平は周囲の屈強な冒険者たちの視線に晒されて身体を丸めるようにしてひたすら床を見つめる。
まず何が怖いかというと、シンプルにでかい。縦に大きいのはもちろんだが幅もある。当然贅肉ではなく筋肉だ。
そして普通に武器を持ってる。日本だと銃刀法違反で即逮捕だ。数でいうと圧倒的に手に持っている冒険者のほうが少ないのだがいかんせんインパクトが大きい。
さらに体が大きいことに比例しているのかはわからないが何せ声がでかい。正直ギルドに入って一発目でデカい声が聞こえたので出たまである。
ギルド内は獣の皮を干したようなにおいが漂っていて、床に酒瓶が転がっているなどお世辞にも治安も環境も良くない……と思っていたらギルドの職員らしき人物に酒を飲んでいた屈強な冒険者たちがしばき倒されていた。
「俺は受付で依頼完了させてくっから、お前はあっちの新規受付窓口に行って、」
こいよ、という言葉は、航平が必死にアレクの腕を掴んだことにより発せられることはなかった。
「ひ……」
「ひ?」
「一人に、しないで……」
「……男に言われてもテンションあがんねぇなぁ」
そう言いつつニヤニヤとした表情を浮かべるアレクを見て、航平はこいつ絶対いじめっ子気質がある……と項垂れるしかなかった。
◆
アレクが受けていた依頼完了手続きもつつがなく終了し、二人は新規受付窓口で航平の冒険者登録を済ませていた。
ちなみにアレクはつい数週間前に冒険者登録をしたばかりだそうだが、依頼とは別で魔物を狩りまくってたらぐんぐんランクが上がったらしく、ランクアップ制度に関して殆ど知らなかった。
本来であればランクごとに依頼書が張り出されているのでその依頼を着実にこなし、ランク試験を受けてから次のランクへ上がるらしい。
アレクはそんな制度だったんだ~みたいな態度だったが、受付の人は「説明したんですけどね」と若干キレ気味だった。
「と、いうように、一部例外はありますが、基本的には規定以上の各ランクに応じた依頼を達成した場合が昇格対象となります。護衛や荷運び、その他依頼人の心象が必要な場合のものに関しては、依頼人からの評価も一定基準以上ならカウント対象です」
「なるほど」
「尚、Cランク以上になると筆記や実技の昇格試験も必要なのですが……」
そこまで言って、ちらり、とアレクを見る。
ちなみにアレクは暇そうに「早く終わんねぇかな」とぼやいていた。
「圧倒的な戦闘力があれば、試験も免除になりますので……」
「は、はぁ……」
やはり最後は暴力か。
すごく納得いかない……というような顔をしながら、受付担当者は絞り出すような声をあげていた。
「Sなどの高ランク者はあまりいないので……高ランク限定の依頼は滞りがちになります。しかも緊急を要する場合も多々あるので……」
「は、はは……」
つまりバカでも実力があれば高ランクを目指せる抜け道がある、と。そういうことだ。
航平はとりあえずやんわりと社会人スマイルで乗り切った。
「以上で説明は終了です。不明点はありますか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
お礼を言いながらギルドカードを受け取る。
これが唯一の身分証明書か……と思うと、絶対になくさないようにしようと心に強く誓った。
「なにかわからないことがあれば、ギルド職員であれば大抵のことは答えられると思うので」
「そうですね。わからないことがあれば、いったんアレクに……」
聞いてみます、と言おうとしたが担当者がアレクのことをすごい目で見ていたので、まぁあてにはならないよな……と航平はぼんやりと考えた。
それにしても、と、説明がひと段落ついた段階で、周囲を見渡す。
新規冒険者の受付窓口は少し奥まった個所にあるので、冒険者たちやギルド職員の様子が客観的に見れるのでこの場所はいいな、と思う。
ギルド入口の真横には大きなコルク製のボードがあり、ランクごとに区分分けされていた。
茶色っぽい古紙のような、少しざらついた用紙はやはり航平にとっては見慣れないもので、すべてが物珍しく映る。
そこでふと、航平は疑問に思っていたことを口にした。
「なぁ、今は依頼受ける人っていないの?」
「あ? 依頼なんざ早いもの勝ちだからな。大体朝イチに張り出されるやつを狙うから、夜は基本的に受けねぇよ。達成報告が殆どだな」
「へぇ」
まだ夜に差し掛かった時間帯とはいえ、早朝からギルドに赴き依頼を受け、夜になれば依頼達成をするというのが基本的な冒険者の流れらしい。
でも早朝から動き出して夜になれば基本的に酒飲むんだよなぁ、と航平は数少ないイメージと知識で想像する。朝早く起きて肉体労働、そしてそれが終われば酒を飲み次の日にはまた早朝から……と思ったところで、自分が想像するよりも冒険者業は体力勝負では、と、遠い目をした。
「パーティー登録はどうしますか?」
「あー、それもしとかなきゃなんねぇか。どうやんの?」
「メンバー分のギルドカードをご提示いただければ、あとはこちらで対応します」
「んじゃ、よろしく」
アレクは乱雑にポイッとギルドカードを投げ渡した。航平も受け取ったばかりのギルドカードを渡すと、職員は少し失礼しますとだけ言って奥へと引っ込んでいった。
「さっきちらっと見えたけど、ギルドカードって偽名でもいいんだ……?」
「別に推奨されてるわけじゃねぇけど、まぁギルドカード作る時の名前なんざ確認のしようもねぇからな」
それもそうか、と航平は納得しながら、先ほど提示されたアレクのギルドカードを思い出していた。
名前の部分はただ一言「アレク」のみで、もうすでに思い出せないほど長いアレクの家名部分は全く記載が無かった。
お忍びなのだから当たり前といえば当たり前なのだが。
「すみません、お待たせしました」
ものの数分で戻ってきた職員が再度ギルドカードを受け渡す。航平は礼を言いながら、それを受け取った。
先ほどまでは冒険者登録をした街、あとは自身の名前、それに冒険者ランクのみのシンプルな表記だったものに加え、その下にパーティーメンバーの名前が記載されていた。
硬質なカードだが、どのように印字してるのかはさっぱりわからず「レーザーマーキングとかシルクスクリーンとかじゃないよね……?」と、航平はギルドカードを裏表にして不思議そうに見つめていると、ギルド職員がなんとも言えないような不可思議なものを見る目でこちらを見つめていた。
「……なにか……?」
「すみません、冒険者志望の方にしては珍しく丁寧な対応をされる方だなと」
「こいつ世間知らずだからなぁ」
「あなたも大概だと思います」
……まぁさっき異世界から来たやつと王様だからね。とは、口が裂けても言えなかった。