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三話:転移魔法 VS 乗り物酔い

「ところでこれって森の出口に向かってるってことであってる……?」


 ふと不安になった航平は疑問に思ってたことを口にした。

 既に日は沈みかけており、長い影が伸びている。このままだと30分もすれば真っ暗だ。


「いや?」

「いや!?」


 てっきり肯定されると思ったら否定の言葉が返ってきて航平は思わず復唱した。

 じゃあ一体どこに向かって歩いているのか、慌てる航平を横目にアレクは平常心だ。


「まさか……森の奥に連れてって……俺を食べる気じゃ……そういう童話ありそうだし……」

「お前の中の俺って人食うようなやつに見えてんの?」


 呆れたような表情を浮かべてアレクが返答する。それから「んなわけねーだろ」と言って。


「こっちに俺が来る時に使った転移魔法陣があんだよ」

「てんいまほうじん」


 航平は聞き慣れない単語をオウム返しに呟いた。

 しかし理解できなかったのは一瞬で、転移魔法陣ってよく漫画とかゲームとかで出てくるアレだよな? と思う。


「すげー……異世界って感じだ……」

「バカみてぇな感想いうんじゃねぇよ。っと……確かここらへん……お、あったあった」


 ふいに横道にそれて茂みの中をずかずかと歩いていったアレクだったが、転移魔法陣を見つけて航平を手招きする。

 恐る恐るといった様子でそっと茂みの中に入りアレクの足元を見ると、そこには確かにサークル状の文様が描かれた魔法陣が存在していた。


「うわ、ほんとにある……すげー……」

「こいつを使ってラントア付近まで移動する」

「あれ? そのラントアってとこまで直接移動しないの?」


 航平は最もな疑問を口にした。

 アレクはそれを聞かれることを想定している口ぶりで。


「バカスカ勝手に入られたら困るだろーが。基本的に転移魔法は街中じゃ使えねぇようになってんだよ」


 それもそうか、と航平はすんなり納得した。

 確かになんの制限もなく勝手に外から入ることが出来るとなると、色々不都合が生じるのだろう。


「だから基本的にこいつを使う時は街の外に出てから使うことになる。ちょい手間だけどな」

「なるほどー……」

「おら、早くこっちこい」


 アレクに腕を引かれ、つんのめるようにして航平は魔法陣へと足を乗せる。

 それと同時に魔法陣が青く光りだした。


「う、わ……」


 魔法陣に描かれた文様が、外側の円から内側の模様にかけて順々に輝いていく。

 如何にも異世界と言わんばかりの仕掛けに航平が目を輝かせていると。


「あ、転移魔法は慣れてねぇと酔うから気をつけろよ」


 ……どうやって……? そう思ってる間に、2人は転移していた。


 ◆


「軟弱だなぁ、お前」

「…………それ、これと関係ある……? うええ……」


 転移魔法は勿論成功した。が、案の定航平は地面に四つん這いになり顔を真っ青にさせていた。

 まるで世界がひっくり返ったかのような感覚だった。あれに慣れる日が今後来るのだろうか。

 アレクは意外にも優しく、航平の背中を擦っていた。


「気持ち悪……」

「こればっかりはどうしようもねぇな。感覚覚えて慣れるしかねぇ」

「皆こんなしんどい思いしてこれ使ってんの……? うえ……」

「つっても普通ガキの頃に慣れちまうからな。潰れてんの見ると、微笑ましい気持ちになるぜ」

「嘘じゃん……」


 とんでもねぇ大人だ、と航平は思った。その潰れた子どもたちは是非こんな大人にならないでほしい。

 転移の揺れをどうにかやり過ごし、立ち上がった航平の目に飛び込んできたのは、どこか懐かしさすら感じる穏やかな景色だった。

 なだらかな丘が続き、その斜面には植物の刈り跡が広がっている。木造の干し場には束ねられた麦のようなものが立てかけられ、遠くでは水車がゆっくりと回っていた。

 赤土の街道の先には、夕陽を背にした街のシルエットがぼんやりと浮かんでいる。

 どこか日本の田舎の風景と通じる素朴な田園の広がりといった様子で、目の前の風景に航平は言葉を失い、ただ立ち尽くしていた。


「行くぜ」

「あ、うん」


 アレクはそれだけいうと颯爽と街道を歩き出す。

 空は既にオレンジから紫色のグラデーションを描いていて、森の中で夜を迎えなくてよかったと航平は安堵した。

 ただでさえあんな大自然を歩いたことはなく、視界が悪くなれば移動するのも大変だろうと思ったからだ。


「んで、どこまで説明したか……? ああ、まだ地理だけか。くそっ、説明がめんどくせぇな……」


 アレクはそう言いながら、側頭部をバリバリとかいた。多少髪の毛は乱れはしたものの、その程度でアレクの美しさは損なわれないどころか、少しヤンチャっぽいところも素敵と評されそうで、航平は「イケメンって得だ……」と、思わずその横顔をジッと眺めてしまった。

 そこまで考えて、航平は「あれ?」と気づいたことを口にする。


「王様って、こんな一人でふらふらしてていいもん……? 護衛とかこう……いらなさそうだけど……」


 王様って厳重に守られてるもんじゃん、と言いかけたが、アレクの戦闘能力を思い出し航平は遠い目をした。

 要らないとは思うが体面も大事だ。


「ああ、それに関しちゃまぁ複雑なんだよ。この間即位したっつったろ」

「うん」

「そっからわかりやすくきな臭くなりやがってよ、暗殺未遂がクソ程増えまくってな」

「うん……?」

「暗殺者共を締め上げんのは簡単だが、それじゃキリがねぇ。この際だからウジ虫どもを一掃してやろうと思ってな。王族の伝統として「即位後の巡国しゅんこくの旅」っつーのがあんだわ。本来ならフェルミナ王国内だけでやるモンだが……他所の国の状況も見ときてぇっつって、強引に出てきた。その間に、国内を綺麗に掃除しといてやる予定っつーわけ」

「……………………………………………………………………」


 とんでもない話を聞いてしまった。と、同時にこの話は本当に自分のような一般人が聞いて良いのかめちゃくちゃ不安になった。しかも街道歩きながらする話でもなかった。


「そういうのって……なんかさぁ……」

「なんだよ」

「こういう話ってもっとこう、それに応じた相応しい場所とか……状況とか……」

「この話にふさわしい状況ってどれだよ」

「…………………………………………」


 正論を言われてしまい、航平は思わず押し黙った。ぐうの音も出なかった。ぐうくらい言わせてほしい。


「むしろ、こういう周りに人も建物もねぇただの街道の方がやりやすいだろ。隠れる場所もねぇから盗聴の可能性も低いしな」

「…………そうですね………………」


 しかもちゃんと考えた末の発言だった。

 勝てるところがマジで一つも見当たらない……と思いながらアレクの斜め後ろを歩く。


「んで、流石に大々的に王族がふらふら出歩いてるって知られるわけにもいかねーし、比較的自由のきく冒険者になって金稼ぎしながらウロウロしてるっつーわけ」

「………………その心は」

「一度やってみたかったんだよなぁ、冒険者!」


 キラキラした顔で語るアレクは、まるで少年のようだ。

 きっとこれが本心だな……と航平は苦笑した。王族ともなれば自由もないだろうし、アレクの境遇を考えれば、冒険者に憧れる気持ちもわかる。


「あれ、そうなるとお忍びじゃね? 俺が王様って呼んだらダメくない?」


 つい数十分前に交わされたやり取りを思い出し、航平は当然の疑問を口にした。。

 しかし、アレクはなんてことない様子で。


「あだ名だとかなんとか言って誤魔化せんだろ。実際冒険者の中にも魔王様って呼ばれてるやついるしな」

「俄然興味が沸いたな、魔王様……どんな存在なんだ……」


 ちなみにアレクもまだ魔王様の姿は見たことがないらしい。

 二人はまだ見ぬ件の冒険者の話に花を咲かせながら、街道をのんびりと歩いていた。


 ◆


 街道を歩くにつれ、ラントアの輪郭が徐々に明瞭になってきた。

 街を囲むのは、灰色の石で築かれた立派な城壁。表面には風雨に晒された跡が刻まれ、ところどころ苔が張りついている。高く積まれた石の上部には警備兵らしき人影が見え、塔のひとつには旗がはためいていた。赤と白の二色で染め分けられたそれは、この国の紋章なのだろうか。

 近づくにつれ、門前の賑わいが耳にも届く。荷車を引く商人や、大声で牛を叱る農夫、長旅で埃まみれになった冒険者風の集団……さまざまな人々が門の前で列を作っていた。


「おおー、ちゃんと門がある。城壁で囲まれてるってほんとに中世ヨーロッパ感あるな……」


 航平は思わずそんな感想を漏らす。

 まさか自分がこんな光景の中を歩くことになるとは、数時間前まで思ってもいなかった。

 門は二重構造になっており、外門の先に内門がある。その間のスペースには簡易な詰所が設けられており、数人の兵士が行き交う人々の身分証を確認している様子が見えた。

 その様子にまずいと、慌ててアレクに小声で問いかける。


「俺、身分証ないんだけど……!」

「冒険者登録してるやつが連れにいりゃ通れるから安心しろ」


 そうなんだ、とホッとすると同時に、考えたら航平は住所不定無職な挙句に身分を証明する術が一切ないという事実に思いのほかショックを受けていた。


「……住所不定無職な上に一文無しか……」

「んなこと言ったら大半が住所不定だっつーの。冒険者なんざ皆決まった家持ってねぇし、そもそも冒険者っつーのも職業としちゃ怪しいしなぁ」

「…………全員個人事業主みたいなもん……?」

「命の保証はねぇがな」


 つまり冒険者とは全部が自己責任、ということなのだろう。怖すぎる。

 それにしても、と、航平は不自然じゃない程度に周囲をちらちらと見まわした。

 こうしてみると周りの冒険者たちは皆筋骨隆々で、素晴らしい肉体を持っている。なんなら多分商人だろうな、と思わしき人たちも航平よりも体格が良かった。

 今まで最低限の運動しかしてこなかった航平と比べて、比較的体力が必要そうなこちらの世界では必然なのだろう。

 というか、気のせいかなと思っていたが、そうではない。わりとみられている。


「……なんか俺ら、見られてる……?」

「俺らっつーかお前だな」

「なんで……?」

「なんで、って……まぁ恰好も見慣れねぇし、お前ちいせぇしなぁ」

「小さくないやい……」


 俺が小さいんじゃない、お前らがデカいんだ。と、航平は目の前のアレクを見た。

 航平とて決して小さい部類ではない。身長も172cmといたって平均だ。

 対するアレクは航平よりもおおよそ10cm以上高く、更に言うなれば足がものすごく長い。しかも膝下。

 周囲の冒険者に至っては2mを超えるような人物も珍しくなく、おまけに殴りかかったら逆に跳ね返りそうな程分厚い筋肉に覆われている。

 特別マッチョや鍛えている身体に憧れはないが、流石に思うところはなくもない。


「ま、街に入ってギルドに寄ったら飯食おうぜ。腹減ったし」

「だから俺無一文なんだけど……」

「今日の飯と宿代くらい出してやるよ。俺がそんなケチくせぇ男に見えんのか?」


 急にアレクに後光が射して見えた。

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