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二話:異世界人 VS 尊厳

「……………………………………………………」

「で?」


 あれからなんとか腰も持ち直した航平は、眼の前の美丈夫を眼の前に、正座していた。

 別に正座する必要は一つも無いのだが、その男はなんとなく威圧感というか他者を圧倒するような雰囲気を持っていて、自然と航平は正座する姿勢を取っていた。

 対するその男は、胡座をかいてニヤニヤと航平のことを眺めている。


「い、いえその……助けていただいて非常に助かった、と言いますか……」

「礼はもう聞いたな」

「え、ええと……そ、その……あんなでっかいモンスターを倒せるなんてさすがだなと……」

「あ? お前俺のこと知ってんのか?」

「………………存じ上げません………………」

「適当こいてんじゃねぇぞコラ」


 ギン、と、その鋭い目つきが更に鋭くなった。構図的には完全にヤンキーと絡まれた一般市民だ。


「すすす、すみません……! 俺にもなんて説明して良いのやら……!」

「ふぅん……?」


 そう伝えたあと、男の目がスゥ……と、航平へと向く。

 その目は航平のことを探るような、悪く言えば値踏みするような視線だ。


(やましいことは何もないけど……!)


 社会人として第一印象で心証をよくするのは必須スキルと言っても過言ではない。

 唸れ、俺の社会人スキル! と思いながら、少しでも愛想を良くしようと取り合えずへらりと笑ってみた。

 ちなみに航平は社会人といえどシステムエンジニアで営業でもない上に顧客とも顔を合わせることはほとんどない立場だったため、彼がそのスキルを今まで使ったことはほとんどない。

 ついでに学生の頃、小テストの際は「唸れ、俺の基礎学力!」と同じことをしたが、その時は全く唸らなかった。


「……その間抜け面、なんとかなんねぇのか?」

「………………………………」


 今回も、失敗に終わったようだ。


 ◆


「まぁいいや。お前、どっから来たんだ? 名前は」


 暫く航平の顔をジッと見つめてた男は、ため息をつきながらそう質問した。

 敵意が無いと思われただけでもほっとする。


「ええと……その、なんと言いますか……広義で言うと迷子、ですかね……」

「あ? こんな森のど真ん中でかよ」


 世界を股にかけた迷子なんですよ、とはさすがに言えなかった。


「さっきまで普通に歩いてたつもりなんですけど……こう……気づいたらここにいてですね……」

「……へぇ?」

「いや本当に……あの、嘘っぽいんですけど本当っていうか……俺も限りなく怪しいなとは思うんですけど……」


 自分でいうのもなんだがめちゃくちゃ怪しい、と航平は思った。おまけにそれを証明する術もない。

 航平は顔をあげられずに俯いた。男がどんな顔をしているのか、予想がついたからだ。


「……ふぅん?」


 男はそう呟くと、おもむろに立ち上がって先ほどの巨大イノシシから剥ぎ取った牙を、ポイッと投げた。

 慌ててそれを受け止めたところでめちゃくちゃ重かったので、航平の上半身は敢え無く地面へと突っ伏す。


「おっっっっっっも!!」


 冗談じゃなく腕だけ重力が増した気がした。30kgの米袋に匹敵するほどの重さだ。

 航平がその尋常じゃない重さにヒィヒィ悲鳴を漏らしている間に、その男は思案するようにその様子を見守っていた。


「お前そんな非力で今までどうやって生きてきたんだ? 親は? 家はどこだ? まさかそんなナリで冒険者ってわけでもないだろ」

「う……」


 矢継ぎ早にそう質問され、航平は流石にもうごまかしようがないな、と腹をくくった。

 こうなったら怪しまれても正直に話をするしかない。


「じ、実は俺……! ここじゃない世界から多分きて……!」

「ああ、なんだ。渡り人だったのか。それを早く言え」


 あっさり受け入れられて普通に出鼻を挫かれた。


「もっと疑ったりとか……」

「なんだ? 疑われたいのか?」

「いえ、そういうわけでは……」

「じゃあいいだろ。そもそもこんな荒唐無稽な話をわざわざするメリットもないしな」

「それもそうですが……」

「あん? 何が不満なんだよ」

「不満は一切ないんですけどこう……感情のやり場というか……振り上げた拳を下ろせないといいますか……」

「我儘なやつだな」


 呆れられてしまった。

 というか荒唐無稽と言いつつもあっさりと信じてくれるんだ……と航平は思った。


「よくその荒唐無稽な話を信じたなと思いまして……」

「まぁ一般的にはな。文献には渡り人のことも載ってるし、そんなに珍しいもんでもねぇだろ」

「そ、そうなんだ……?」


 航平はその言葉を聞いてほっとした。

 ちなみに文献には数千年の歴史が記載されているのだが、その中で渡り人が訪れたのはおよそ数百年に一度の頻度なので普通にめちゃくちゃ珍しい部類である。


「ていうか渡り人は保護対象だからな。見つけた段階で即座に囲い込みが決まって……」

「か、囲い込み……」

「あー、いや違ェな。なんつーか……都合の良い存在……? それも違ェな……便利っつーか……」

「そ、尊厳を所望します……!」

「……まぁ、悪いようにはしねぇよ」


 気安く肩を叩かれたところで、全く信用できなかった。


「っし。そうと決まれば行くか」

「え? どこへ?」

「いや、お前保護してやんねーとだろ。ちっと遠いけど、うちの国で保護してやっからよ」


 それを聞いて航平はどうしようかな……と悩んだ。

 先ほどの発言が気になるが、嘘をつくような男にも見えないからだ。


(……まぁ悩んだところであんな巨大イノシシを倒せる男から逃げられもしないんだけど……)


 航平は覚悟を決めてその男に「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 いざとなったらどうにかしてなんとか逃げようとなんの作戦にもなっていないことを思う。


「あー、そうだ。お前名前は?」

「あ、ええと……森本航平、です」

「どっちが名前だ?」

「航平、が名前で」

「リョーカイ。んじゃ、行くか!」


 男は颯爽と歩き出そうとしたものの、航平が「いやいやちょっと」と呼び止めた。


「すみません、俺まだあなたのお名前を存じ上げませんでして……」

「あ、そうだ。悪ィ悪ィ。あんまこういうこと慣れてなくってよ。俺の名前はアレクシス・オルディナート=フェルミナだ」

「……アレ……オル……フェ……?」

「1/4しか覚えてねぇじゃねーか」


 前途多難だ。


 ◆


 結局、好きなように呼べ。あと敬語じゃなくていい、と言われ、二人は森の中を歩いていた。

 航平にはまるでわからないが、アレクはどこを歩けばこの森を抜けられるのかわかっているようだ。


「そ、そういえばちょっと遠くの国、って言ってたけど、それってどこらへん……?」

「あー……そうだな……。言ってもいいが……お前わかんねぇだろ」

「ぐっ……ご尤もです……」

「まぁいい。渡り人ってんなら、全くここのことわかんねぇだろ。街に着くまでの間に説明してやるよ。ちょうど休憩にも良いタイミングだしな」


 そう言いながらアレクは手頃な石に腰掛けた。航平もそれに習って向かい側に腰掛ける。

 因みに既に時刻は夕方に差し掛かっていて、この森の中も段々とオレンジ色に彩られていき、少し物悲しい雰囲気だ。


「俺達は今、ドネリア王国っつーところにいる。その、副都のラントアだな」


 ガリガリと枝を使って地面に簡素な地図を書いた。横広に広がった王国の、少し端の区域。どうやらここが今航平達がいるラントアという場所のようだ。

 ふむ、と航平がそれを真上から覗き込むように眺めていた。


「んで、ここから南西に行ったところにあるのが首都のバリオス。まずはここを目指す予定だ」

「なるほど」

「んで、最終的に俺達が目指すのがフェルミナ王国っつーところで……………………」


 アレクは国名と主要な首都を説明しながらガリガリと地図を追加していく。

 説明される国がひとつ、ふたつ、みっつと増え、最終的に10程に達したところで、最初に描いていたものとは比べ物にならないほどの広大な地図が地面に広がっていた。


「……ちょっと遠いって……」

「あん? ちっと距離はあるだろーが」

「ちょっとの定義……」

「細かいこと抜かしてんじゃねぇ」

「いやだってこれ世界旅行……」

「ガタガタうるせぇやつだな」

「すみません……」


 もう何も言うまい。

 俺がルールだとか言いそうな不遜な態度だと思ったところで、航平はふと「あれ?」と疑問を口にした。


「俺を保護するって言ってた国、って」

「あ? フェルミナ王国だな」

「…………あなたのお名前は」

「アレクシス・オルディナート=フェルミナ」

「………………王族、とか……言ったり……?」

「つい先日即位したばっかだな」

「お、おめでとうございます……………………?」


 王族どころか即位したばかりの王様だった。

 どれだけ人生を振り返って前世まで遡っても一度も王族の知り合いがいたことが無かったため、航平はどうしていいかわからずに取り敢えず昇進した時のような言葉を吐き出すだけで精一杯だった。

 というかそもそも当然日本で皇族とかかわったこともなく、礼儀作法が一切わからずに今更ながら慌てる。


「あの……なにか無作法がありましたかね……」

「あー? いい、いい、そういうの。気にしねぇよ」

「ほんとですか……? 不敬罪って3回やったら罰則とかありません……?」

「なんで不敬罪にチャンスがあんだよ、一回で牢屋にぶち込むに決まってんだろ。3回目に至っては処刑だ」

「ひゃい」


 普通に震え上がった。


「いやー、でもやっぱり王様相手に呼び捨てとか良くないんじゃ……」

「いいんだよ、俺がいいっつってんだから」

「せめて王様って呼ぶとか」

「なにがせめてなんだよ、おもっくそ敬称じゃねーか」


 しかし航平の案に対して、アレクは待てよと呟く。その顔は面白そうに、口の端がニィ……と吊り上がっていた。


「まぁ逆に有りかもしんねぇな、それも」

「え?」

「なんでも。アレクでも王様でも、お前の好きなように呼べっつー話」

「そ、そう……? じゃあ王様で……」


 王様、と航平は少し照れながら再度呟いた。

 まさか自分の人生で敬称王様を使う日が来るとは思わなかったからだ。

 アレクは満足そうに笑ってから勢いよく立ち上がった。


「っし、休憩終わりだ。他のことについては追々、歩きながら説明してやるよ。あんまりのんびりしてっと日が暮れちまうしな」

「あ、ありがとう!」


 航平もそれに伴い立ち上がる。最初はどうなるかと思ったが順風満帆だ、と笑顔になったところで。


「いくぞ、貧弱雑魚!」

「あだ名が不名誉すぎませんかね……」


 アレクは航平の名前を覚えていなかった。

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