十八話:帰還 VS 問題児
依頼先の村で荷物を引き渡したあとは、特に引き留められることもなく、三人はそのまま村はずれの広場で軽く腰を下ろしていた。
依頼主は本日は娘さんのところで一泊して、帰路はまた別の依頼を出しているらしい。
アレクが残していた魔法陣が、足元に淡く浮かぶ。
ラントアへの転移魔法が展開されているのだが、すぐには戻らず、どことなく名残惜しさを引きずっているような時間が流れていた。
「……こういう依頼、たまにはいいですね。なんというか……日常って感じで」
航平が地面にあぐらをかいて、空を見上げながら呟く。
視線の先には高く伸びた木々と、その隙間から見える白い雲が、のんびりと浮かんでいた。
「満足したか、初護衛任務」
隣でアレクが笑う。
彼は魔法陣の調整を終え、片膝をついたままこちらを見ていた。
「うん。まぁ、スライムはちょっとビビったけど……」
「運が良かったな。あれで済んだのは」
アレクの声がわずかに真面目な響きを帯びたが、すぐにいつもの調子に戻る。
「ま、次はもうちょっと動きのある依頼でもいいんじゃねぇか?」
「ええ……どっちかっていうと、のんびり系がいいなぁ……」
航平が苦笑するのを、ヴァイスは無言のまま眺めていた。
その瞳に映る感情は読めない。でも、拒絶がない。そう感じられるだけで、航平は少し安心する。
「ヴァイスさんは、こういう依頼……どうですか? 退屈でした?」
問いかけに、ヴァイスは小さく首を振る。
「静かな仕事は、嫌いじゃない」
「お、それはなんか嬉しいかも」
航平が思わず笑うと、ヴァイスのまぶたがわずかに伏せられた。
それが肯定だったのか、単なる無言の反応だったのかは分からない。
しかし、こうやって一緒にいる時間は、元軍人とは思えない程、心地が良かった。
「──さて、そろそろ戻るか」
立ち上がったアレクの手のひらから、魔法陣がふわりと輝きを増す。
帰り道は一瞬だ。ラントアまでは、ひとっ跳び。
「戻ったら飯だな。肉がいい。焼いたやつ」
「俺は暑かったしさっぱりしたものが食べたいなぁ……」
そんな会話をしながら、三人はゆっくりと魔法陣の中心へと歩み出す。
転移魔法が発動した瞬間、航平の足元から一気に視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間には、もうラントア入り口の転移陣の上に立っていた。
「……何回やっても慣れない……」
ぐらつく足元をこらえながら呟くと、隣のアレクが軽く背中を叩いてきた。
「情けねぇな。まぁ流石に吐かなくなったから、一応慣れてはきたのか?」
「まぁ……多分……」
ぐったりとしている航平は横目でヴァイスを見る。
彼は当然のようにそこに直立不動していて、やはり転移魔法陣には慣れているようだった。
しかし心なしか航平が苦しんでいる様子を見て、少しだけではあるが、目が泳いでいる気がする。
彼には彼なりの感情表現があるのだなぁと思った。それが多少、人より控え目というだけだ。
「それにしても、今日の村、のどかだったな。なんか昔の田舎って感じ」
「お前のとこも似たような場所があるのか?」
「あるある。えーと、ずっと昔に行った山の中の村、あんな雰囲気だったかも」
言葉を選んだが、内実は小学校の時の林間学校だ。ただそれを説明するとなるとまずどこから説明すれば良いのかがわからなくて、だいぶ説明を端折ったが。
懐かしそうに語る航平の声に、アレクもほんの少しだけ表情を緩めた。
「ヴァイスさんの故郷はどんな感じですか? 今日行ったとこみたいな感じ?」
「いや、俺は身寄りがなく軍に引き取られた。引き取られる前のことは記憶にない」
「そうなんですか……」
目に見えてしょんぼりとしてしまった航平に対し、ヴァイスは気にするなと首を振る。
「よくある話だ」
さらりと話すその言葉には、思いのほか重さが含まれている気がした。
だが、それを表に出すことはなく、アレクから急かされるように「ほら、ギルド戻るぞ」と言われ、二人の後を追うように足を踏み出した。
◆
「ご苦労」
ギルドの受付カウンターで、オルフェンが淡々と報告を受け取る。
彼の目元には相変わらずの疲労と眼鏡の反射が漂っているが、その表情はどこか安堵を滲ませていた。
「道中の報告はこの通り。魔物との遭遇は軽微で、依頼は問題なく完遂」
「スライムは軽微に含まれるんだ……」
「可愛いもんだろ、あれくらい」
航平のぼやきに、アレクがケラケラ笑う。
ヴァイスは壁際で黙って待機していたが、オルフェンはちらりと視線を向けて「三人とも無事で何より」とだけ言った。
「次の依頼、何か希望はあるか? まぁ休みでもいいけど」
「休もう」
航平が即答した。肩をぐるぐると回しながら。
「今日はさすがにちょっと疲れたし……あと、正直、シャワー浴びたい」
「お前ほんとーにキレイ好きだよなぁ」
「普通だと思うけど……」
そんなやり取りの横で、オルフェンが手元の書類をまとめながら静かに言った。
「……数日以内に、少し騒がしい依頼が来るかもしれません。情報収集中ですが、魔力系の事故です。被害は軽微ですが、放置できる内容ではないので」
アレクが興味深そうに眉を上げる。
「事故、ねぇ。暴走でもしたのか?」
「現時点では不明。ですが一部では処理しきれない属性持ちの問題児という話も出てますね」
「問題児……」
航平が小さく呟くと、アレクが面白がったように笑った。
「おもしれぇな。そういう奴の方が、案外大物だったりするし?」
何気ない言葉だったが、そこに微かな含みがあったように感じて、航平はアレクの横顔をちらりと見た。
──王様、何か考えてるな。
それが確信に変わるのは、もう少し先の話である。
◆
その後、三人は簡単な食事を済ませたあと、ヴァイスは別で宿泊場所を確保しているため、一旦分かれて宿に帰った。
疲れが溜まっていたのか、航平は珍しくシャワーを浴びたあとベッドに転がるなり、うとうとと船を漕ぐ。
部屋の窓の外には、沈みかけた夕陽が橙色に街並みを照らしていた。その静かな光の中で、アレクはしばし外を眺めていたが、不意に懐から小さな通信水晶を取り出す。
「……動きは?」
低く呟かれた声に応じるように、水晶が淡く光り、抑えた声が返ってきた。
『対象は問題なし。魔力暴走の兆候はやや強め。周囲との摩擦が増えてる。依頼としての受け入れは難しそうだが、能力は本物』
「了解。引き続き、観察を」
通信が切れた後、アレクは微かに笑った。
「さて──問題児、どう料理するかね」
その呟きは誰にも聞かれることなく、夜の帳に吸い込まれていった。