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十六話:仲間 VS 決意

 夕暮れの街を抜け、三人は宿の裏手にある小さな食堂へと足を運んだ。ギルド近くの目立つ店ではなく、目印もろくにないような場所に佇む常連向けの食事処。アレクが「うまいぞ」と自信満々に案内しただけあり、内装は質素ながらも、漂う香りは確かに食欲をそそる。

 木製のテーブルに腰を下ろし、出てきたのは素朴な野菜スープと焼きたてのパン、そしてジューシーな焼き肉のプレート。


「……美味い」


 ヴァイスがぽつりと呟いたその一言に、アレクはニヤリと口端を持ち上げた。


「だろ? ここ、味付けがいいんだよ。あとパンが柔らけぇ」


 航平も頷きながら、スープをすする。異世界の食事にもずいぶん慣れてきたが、こうして落ち着いて食事をとる時間はやっぱり嬉しい。

 戦闘やダンジョンのことを少しでも忘れられるこのひとときは、やっぱり貴重だった。


「またこうやって、三人で依頼行けるといいですね」


 不意に口から漏れた言葉に、航平自身が「あ」と気づいて箸を止めた。まったく悪気はなく、本当にただの感想のつもりだった。けれど──

 向かい側のアレクが、ふっと笑ってヴァイスに視線を向けた。


「おい、聞いたか? こいつ、お前とまた一緒に行きたいってよ」


 えっ、それってそういう意味じゃ、と航平が慌てて補足をしようとするが、アレクは止めるように手を軽く振る。


「いいだろ、別に。お前が良いって思ってて、俺も良いと思ってるんなら、十分だろうが」


 あっさりと、まるでそれが当たり前かのように告げるアレクの声は、妙に自然で、やたらと心に残る。

 ヴァイスはといえば、少しだけスプーンの動きを止めて、航平とアレクを順に見た。

 その目にはかすかな戸惑いと、拭いきれない距離感が浮かんでいた。


「……俺は、」


 低く押し殺したような声がこぼれかけるが、その続きを言葉にする前に、パンの香ばしい匂いが店内にふわりと広がる。


「…………考えておく」


 ぽつりと落としたそれは、断りではなかった。明確な承諾でもなかった。でも、それで十分だった。少なくともこの場に、重たい空気はなかったのだから。

 航平は「はい」とだけ返し、アレクは肉を頬張りながら「そのうちまた面白ぇ依頼見つけてやるから、期待しとけよ」と笑った。


 ◆


 翌日からの数日は、比較的穏やかだった。

 ヴァイスが正式にパーティーに加入したわけではないが、アレクは彼を見かけると度々三人で依頼を受けたがり、航平は勿論彼も否定はしなかったので、行動を共にするようになった。

 受けた依頼は討伐というより調査や警護系のものが中心で、戦闘も小規模なものばかりだ。航平にとっては助かったし、アレクは「お前に合わせてやってんだ」と言っていて、退屈なんじゃないかなと思ったがどう見ても楽しそうだったので気にしないことにする。

 ヴァイスは変わらず無口だった。ただ、以前よりもほんの少しだけ──いや、航平がそう思いたいだけかもしれないが──返事のトーンが柔らかくなったような気もする。

 慣れてきたのかな、とぼそりと呟いた航平の言葉に、ヴァイスは珍しく否定しなかった。

 代わりに目を伏せたまま、小さく「……まだ」とだけ告げる。

 それは自分に対して言い聞かせるような響きだった。

 そんな日々を送ること、数日。依頼帰りのある日の夕方、航平は市場の通りで偶然ヴァイスと鉢合わせた。


「あ、ヴァイスさん。おつかれさまです。買い物ですか?」


 ヴァイスは軽く頷き、手にした紙袋をわずかに持ち上げて見せる。中には保存の効く干し肉と、固めのパンがいくつか。


「簡単に済ませられるものだけ。……慣れてない」

「……ダンジョンにでも潜るんですか?」

「いや、今夜の」

「これ夕飯!?」

「? ああ、そうだが」


 衝撃的だった。食べれる状況にも関わらず、こういった保存食で食事を賄っているという状況が。

 多忙故にゼリー飲料などで手っ取り早く食事をするということは無くもないが、それを自ら選択をするという発想がそもそもなく、普通に驚いてしまった。


「ええ……栄養とかどうなって……いや、今夜また一緒に食べに行きましょう」


 思いつきで言ってしまったそれに、ヴァイスは少しだけ目を丸くした。


「……いいのか?」

「全然。王様も、多分店決めてると思いますし」

「……………………」


 しばらく考えるように目を伏せていたヴァイスは、やがて静かに頷いた。


「……じゃあ、後で」

「はい!」


 航平が笑い、軽く手を振って去ったあと──

 ヴァイスはその背を見送るようにしばらく立ち尽くしていた。

 自分が誰かに誘われたということに、少し驚いていたのかもしれない。


 ◆


 夜、三人で食卓を囲んだ帰り道。宿への道すがら、ヴァイスは後ろから歩くアレクに声をかけられた。


「馴染んできたな、お前」

「……そう見えるか?」

「見える。少なくとも、俺とアイツはそう思ってるぜ」


 アレクの声は、いつもよりも少しだけ低く、真面目だった。


「お前さ、また軍に戻るとか考えてんの?」

「戻れるわけがない」


 それは即答だった。

 アレクはふっと笑い、ふざけたように肩をすくめてみせる。


「じゃあ、いいじゃん。ここにいりゃあ」


 ヴァイスは言葉を返さなかった。沈黙が数秒流れる。その静けさの中、アレクはふと思い出したように呟いた。


「んな大げさに考えんなよ。飼い主が変わるだけ。そう思えばいいだろ?」


 言葉の響きは軽かったが、ヴァイスの足がふと止まった。

 “飼い主”──それは皮肉にも、自分の過去を言い当てる言葉だった。

 ただ、アレクの声には軽蔑も哀れみもなかった。まるで、それが「悪くないこと」だとでも言うように。


「別に変わらなくてもいいんだよ。全部背負い直すとか、無理にやり直すとかさ。めんどくせぇだろ。だったら、俺らと一緒にいりゃあいい」

「………………………………」

「そう思うなら、明日からも来ればいんじゃねぇ?」


 アレクはそれきり何も言わず、先に歩いていく。

 その後ろ姿を見つめながらヴァイスはほんの少しだけ、口元を緩めていた。


 ◆


 朝のギルドはいつも通りの賑わいだった。依頼掲示板の前で、今日の依頼を吟味する冒険者たちの声が飛び交っている。

 その中で、航平はテーブル席でアレクと二人、朝食のパンをかじりながら今日の予定を話していた。


「今日は軽く、この荷運び護衛でもいっとくか」

「ふぁい。……あれ、そういえば転移って使えないの?」


 そういえば、と依頼ボードに目をやり疑問に思ったことを呟く。

 先日からちらほらと護衛依頼が張り出されることが多く、なんで転移を使わないんだろうなと当然の疑問を口にした。アレを使えば護衛任務なんて要らないはずだ。


「重量制限があんだよ、アレ」

「あるんだ……」

「大体4人くらいが限度だな。めちゃくちゃマッチョとかすげーデブだったらまた話は変わるけど。魔力の消費量が変わんだよ」

「へぇ……」


 なるほど、だから護衛任務が依頼として成り立つのかと、航平は納得した。基本的に護衛を依頼するのは商人など荷馬車で移動することが殆どだからだ。

 それじゃあ早速受付に、と行きかけた航平を、アレクがストップをかける。

 まだ何かやらなきゃいけないことでもあったかなと、首をかしげた時。


「お、来たな」


 アレクが顎をしゃくった先には、黒衣の青年──ヴァイスが、まっすぐ歩いてくる姿があった。

 当たり前のように隣に並んで立ち、何も言わずに依頼書を見下ろすヴァイス。そこに特別な空気はなく、そこになんの違和感もなく溶け込んでいた。


「あれ? ヴァイスさん今日も一緒なんだ……?」


 不思議そうに問いかけた航平に、ヴァイスは小さく頷いた。


「一応、登録は済ませた。……正式に、入ってる」

「え!? はいってる!? パーティーに!?」


 声が裏返りそうになった航平をよそに、アレクは当然のように言う。


「おお。昨日の帰りにギルド寄ってな。俺が書類作っておいたから」

「いやそうじゃなくて! あれ!? いつの間に!?」

「だから昨日」

「そういうことじゃな……! 報連相……!!」


 衝撃を受ける航平に対して、ヴァイスは特に否定もせず、ただ「……問題はない」とだけ淡々と口にする。

 どうやらヴァイスは、昨晩のやりとりのあと、ギルドへと寄ったらしい。既に手続きはほぼ完了している状態で、あとはヴァイスのサインが揃えばそれで終了という、なんとも用意周到なことがされていた。


「その感動的な場面、俺も立ち会いたかったんですけど……」

「男が小せぇことでグダグダ言うんじゃねぇよ」

「誰のせい……まぁいいけど……改めてよろしくお願いしますぅ……」

「……ああ」


 もっとこう……加入ってなんかドラマティックな展開とか……と航平が言ったが、アレクからいちいちなんかある度にドラマが起こってたまるかとバッサリ切り捨てられていた。

 情緒がない。

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