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一話:上下迷彩服 VS イケメン

「………………………………」


 よく言えば青々とした、悪くいえば青臭い森の中で、男は片手にエコバッグ、もう片手にスマートフォンを持ったまま立ち尽くしていた。

 なんの変哲もない……いや、上下迷彩服を部屋着として着用しているのでおかしいといえばおかしいのだが。

 呆然と目の前の光景を見ているその男……森本航平は、たっぷりと間をあけてから「え?」と一言だけ呟いた。


「…………えっと」


 あ、夢かも。そう思って航平は頬を全力で抓った。猛烈に痛かった。当然だが夢ではなかった。

 右手に持ったスマートフォンを確認する。圏外だ。なぜだ。ついさっきまで友人とチャットでゲームの攻略について熱い談議を交わしていたというのに。

 その時時間を確認した際ついでに見えたアンテナは5Gを示していた。ばっちりアンテナもフルマックスで立っていたはずだ。この一瞬で何があった。

 とりあえずエコバッグに突っ込んでいたアイスを無造作に取り出して食べた。後から考えれば「なんでだよ」と言われそうだが、脳みそが情報処理の許容量を超えると人間は思いもよらない行動に出るという同僚の言葉を思い出していた。

 上下迷彩服、靴はスニーカーという出で立ちでアイスを食べ終わった航平は、そのゴミを丁寧にビニール袋にしまって袋を閉じた。アイスは道中で食べようと思っていたのでエコバッグを持っているにも関わらずビニール袋をもらって正解だったなと思った。


「いや、違う……アイス食べてる場合じゃない……でも溶けるしな……」


 ちなみにエコバッグの中には他にミネラルウォーター、おにぎり、から揚げとポテトのセット、おかしなどが入っている。場所が場所なだけにラインナップだけ見れば完全にピクニックだ。


「ていうか俺普通に歩いてた……よな……?」


 航平はどうしてこうなったんだっけ、と必死に頭をひねらせた。

 珍しく残業もない金曜日、20時過ぎに自宅へと到着した航平は、帰宅してから食料が底を尽きているのを思い出し、適当な部屋着を引っ張り出して近場のコンビニまで足を運んだのを思い出す。

 そうして、買い物を終えた帰り道。車やトラックに跳ねられる……という劇的な展開もなく、普通に自宅のドアを開けて足を踏み入れた瞬間。なんかいつもと玄関違くね? 草っぽくね? と思ったら森の中にいた。

 思わず後ろを振り返ったものの、ドアは既に消えていて、そして、冒頭に戻る。


「…………………………………………………………」


 短すぎる記憶を振り返ってみたものの、何も実りはなかった。

 なんならこの数分の間に3回くらい振り返った気がする。当然、打開できる方法は見つからなかった。


「………………とりあえず、飯食うか」


 航平はまだ夕飯前だった。


 ◆


 おにぎり、から揚げとポテトのセットを食べて水も飲み、ついでにおやつも食べ終えた満腹の腹を摩りながら、きっとこれは今流行りの異世界転生というやつだろうという結論に達した。転生はしてないので転移だが。

 もっと慌てふためくべきかとも思ったが、慌てたところで事態が好転するわけでも元の世界に戻れるわけでもない。一周回って逆に冷静になる。


「とりあえずどうしようかな……人がいるところまで出るか……?」


 腹ごなしも兼ねて散策を開始しようと、航平は獣道を歩き出した。

 あっちの時間だと大体20時30分~21時くらいだったが、こちらはおおよそ昼くらいだ。夜の森とか放り投げられただけで泣く、と思いながら、昼間で助かったと安堵する。

 それよりも、だ。


(…………俺、全然体力ないけどそもそも森を抜けられるのか……)


 航平は元の世界だとIT会社でエンジニアとして働いていた、生粋の座り仕事だしインドア中のインドア派だ。

 中高も部活は文化部か帰宅部だったし、専門学校生になってから始めたアルバイトもプログラム系の在宅ワークで、ほぼ立ち仕事や体力が必要な作業とは無縁だった。

 その自分が突然森に放り出されてハイキング……しかも舗装されてない道……と、途方に暮れた。

 コンクリートジャングルで育った現代っ子に突然獣道を歩けだなんて無茶では……と思ったものの、ここでじっとしていてもどうにもならないと仕方なしに足を進める。

 が、案の定2時間ほど歩いて航平は息を切らしながら湖のほとりに座り込んでいた。


「つ、疲れた……舗装されてない道ってこんなに体力使うのか……」


 ペットボトルの水はとっくに飲みほしてしまったので、湖の水を新たに汲んでそれを飲む。

 底が透き通るほどきれいな湖の中央付近には、魚もたくさん泳いでいるようだ。


「俺がもっとサバイバルなことが出来たら魚釣って火をおこしてキャンプとかできたかもしれないけどね……」


 ふっ……と半目になって湖の魚を睨みつける。もちろん何の意味も無かった。

 しかし、と航平は改めて考え直す。

 既に太陽は斜めへと下り、そろそろ夕方になってもおかしくない。

 街頭も全くないこの森の中、流石に一人で過ごすのは憚られた。

 まだ獣類には一切出会っていないがたまたまかもしれないし、そもそも航平は湖の魚以外でまだ生物に出会っていないからだ。


「どんな生態系かもわかんないし……そもそも人がいない異世界だったらどうしよう……」


 今日中に街に辿り着ける保障がない。そもそも森を抜けられるかもわからない。

 そして万が一街や村に辿り着いたとして、人が一切いない……もしくは人じゃない生物しかいなかったらどうしようと今更ながら焦る。


「人がいない世界だったら……いや、獣人っていう可能性も……でも獣8:人2くらいの割合だったら困るな……意思の疎通ができる相手……贅沢は言わないからせめて人っぽければ……!」


 と言いながら思ったが人じゃないけど人っぽいと余計に怖すぎてできれば人がいい……と思い直した。

 航平はホラーが苦手だった。


「よし、取り合えず今日中に街……は無理にしても、せめて街道には出たいから暗くなる前に歩くかぁ……」


 本来であれば森の中で遭難したら動かないのが鉄則だが、それは救助が来る前提に限りだ。

 航平の場合、だれが来るかもわからないこの大自然の中で只管待つのは自殺行為に等しいので、体力を温存しつつ街道に抜ける道を探すしか手段がない。

 川でもあれば下流に向かえばいずれ街道に出られるのに、と思っていると、近くから地鳴りのような音が聞こえて、思わず立ち止まった。


「え……?」


 地震かとも思ったが、違う。

 大きな、木々がミシミシと破壊される音に次いで、爆発音。ドンッ、と森を揺るがすような衝撃。ビリビリと大気が震えるような圧。

 航平は思わずきょろきょろと周囲を見渡し、咄嗟に茂みの中へと身を潜める。

 すると……。


「ひえ」


 なんだアレ。と喉元まで出かかって思わず声を殺した。

 大きさは数メートルもありそうなほど巨大なイノシシ。更にめちゃくちゃ大きな牙も生えている。

 あんなバケモン生息してんのこの森。やばくね? と思って顔を真っ青にさせた。

 しかもその巨大生物が何かに追われるように走っている。

 アレが恐れるような更なるバケモンってなに……と航平が戦々恐々としていると、次の瞬間凄まじい勢いで何かが通過していった。

 何が起こったのか目を丸くしていると、そこには一人の男が立っていた。

 太陽に照らされてキラキラと光る銀髪。年齢は恐らく20代前半くらい。黒地に金の刺繍が入った、軍服のような服を着た男。そしてものすごく美形。

 さすが異世界だ……とその男を見ていると。


「オラァ!!」

「なんて?」


 絵画になってもおかしくない、と思った程美しい男の口から絶対に相応しくない言葉が飛び出た。ついでに足も出ていた。腰に刺さった剣、使わないの? とも思った。

 その男は数メートルもあるでかいイノシシのような怪獣を思いっきり助走をつけて蹴り飛ばす。それと同時にその巨体が湖の反対側まで吹き飛んで木々をなぎ倒していった。

 さっき倒されていた木はてっきりあの巨大イノシシが突進して倒していったのかと思いきや、どうやら目の前の男の仕業のようだ。

 そうしてその男は吹き飛んだ巨大イノシシまで驚くほどの速さで距離を詰め、航平が先程「使わないの?」と思った剣に手をかけ、一気に振り下ろした。


「お、おお……スプラッタ……」


 航平は当然獣が殺されるところなんて見たことがない。ついでにあんなに大量の血飛沫も見たことがない。

 的確に急所を突き刺すだか薙ぎ払うだかされた巨大イノシシは既に絶命していて、噴水のように大量の血液が宙へと吹き上げていた。

 獣相手なので慌てる必要は全く無いのだが、気分は完全に火曜サスペンス劇場だ。

 航平は改めて、元の世界だと確実に通報されそうな男を見る。

 頬に血飛沫が飛んでいようと凶悪そうな笑みを浮かべていようと、美形に変わりはない。

 美形って得だ……と航平が茂みからこっそりと眺めていると、ふいにその男がこちらを向いた。


(え……!?)


 茂みからこっそり覗いていたし距離もあるはずなのに、目があった気がする。

 航平は慌てて後ずさった。確かに誰かに助けて欲しいと願ってはいたがあんな人外はごめんだ。人っぽい人よりはちゃんとした人でと思いはしたが、人だけど人じゃないみたいなのも嫌だ。贅沢は言わないと確かに言ったけれど、自分の今後が左右されることになるので贅沢くらい言わせろとも思い直す。

 そうこう思ってる間にその恐ろしい程美しい男は、迷うことなくこちらへと歩いてきていた。


(や、やばい……! あんな人外、俺なんて一瞬で殺される……!)


 他に隠れるところ……と周囲を見渡したけれど、下手に動くと確定でバレそうなのでそれもなかなか勇気が出なかった。ちなみにこの時点で既にバレているのだが、航平はたとえ残り1%の希望でもそれに縋りつきたい気持ちでいっぱいだ。


「ん?」

「!」


 その男が一言呟いた後、美しい相貌が歪み険しい表情に変わったのを航平は見逃さなかった。

 美人は怒るとこえーよな、と言っていた同僚の言葉をこの時になってふいに思い出す。

 想像で出てくるくらいならアドバイスの一つでもよこしてくれ、と思ったが、当然何の解決法も授けてはもらえなかった。

 そうしてその男は先ほどよりも大股でずんずんと航平の隠れる茂みへと近づいていき……。


 大きく、その手を振りかぶった。


「……へ……?」


 最初、航平には何が起きているのかわからなかった。目で追えない程のスピード。新幹線のような速さで通り過ぎていった”それ”は、男が手にしていた漆黒の剣だった。


「……………………………………………………………………」


 微動だにできずいた航平の背後から、ギャッという声が聞こえる。頬のすぐそばを通り過ぎていったそれを、航平は目線だけで横目に追った。勿論、その時には全てが終わっていた。

 油の切れたブリキ人形のような動きでゆっくりと背後を振り返る。そこには、いつの間にか近寄っていた巨大な大蛇が脳天を貫かれてピクピクと痙攣していた。


「おい、怪我はねぇか」

「!」


 かけられた声に、わかりやすく肩をビクつかせて真正面を見上げる。逆光の関係で後光がさしているように見えたが、それに負けない程の圧倒的な存在感だった。

 明らかに怯えている航平に対して、その男は目線をあわせるようにしゃがむ。しゃがみ方がどう見てもヤンキー御用達のうんこ座りであることに、航平はまた別の意味で怯えていた。


「どうした? どっか怪我でもしたか?」


 先ほどの戦闘とは裏腹にその男は航平を気遣うように声をかける。きっと悪い人じゃない。そう思った航平が、震える唇を開く。


「………………こ、腰が、抜けました…………………………」


 情けないと思ったが、現状を誤魔化せるほど航平の頭は働いていなかった。

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