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第007話 エミル VS 黒根団

「ああ、なんだ、客人か?」


 振り返ると、そこには見るからに山賊の風体をした男がいた。


 二メートル近い巨体、褐色の肌、顔中に広がる無精髭。上半身は裸、無駄に盛り上がった筋肉をこれ見よがしに晒している。


「――なんだお前は?」

「口の聞き方がなっちゃいねェな小僧! 俺様はこの周辺を取り仕切っている黒根団の頭領・デュバル様だ、覚えておけ!!」


 ドスの効いた声が辺りに響く。デュバルと名乗るその男は、ボロボロの民家を踏み荒らしながらこちらに向かってきた。


 その後ろには、デュバルに比べれば小柄だが、それでも十分屈強な二人の男が並んでいる。


「俺は副頭領のデリンジャー。いや、もう直に副村長になるかなァ…」

「ん〜〜? デリンジャーの兄貴、何かこいつ見たことありやせんか…?」

「何言ってやがるクロード。見たことあるやつがこの辺にいるわけ……」


 デリンジャーにクロード。なんだか聞き覚えのある名前だ。


「こ、この人たち、もしかして…!!」


 アヤメが思い出したように声を上げる。


「ああ、思い出したぜクロード…こいつ、俺達にボコられた奴じゃねェか……それにそっちの女もその時のやつだ」


 ――思い出した。アヤメを襲おうとしていた野盗の連中だ。こいつら、とうとう村を襲いやがった。


 無様に打ちのめされた記憶が蘇る…ほんの数日前の出来事。

 だいぶトラウマになっているが、あのときのおれとはもう違う。

 力は魔物相手に十分試した。人にぶつけるのは初めてだが、あの時のようにはいかないはずだ…。


「なんだ…お前達知り合いか…?」


 デュバルが怪訝な顔で、子分二人を睨みつけた。いかにも、自分の知らない話をするなと言わんばかりだ。


「え、ええ…先日その女を襲おうとしたらコイツが邪魔してきやがったんで、ちょっと可愛がってやりました」


 デリンジャーが気まずそうに答える。


「ほう? 当然、その女は俺様に差し出すために襲ったんだろうなあ…?」

「も、もちろんですよお頭…へへ……」

「だったらよお…そこのガキ、殺しておかないといけねェだろうが。だからこうして邪魔しに来る……これはいけねえ、お前達も後でたっぷり”教育”しないとなあ、ガハハハハ!!!」


 デュバルは野太い笑い声をあげながら、日焼けした肩に走る無数の古傷を見せつけるように腕を組んだ。


「そんなことより新しい村長ってどういうことだ? お前らこの村に何をした?」

「”そんなこと”だと…? てめえ、俺達とお頭のやり取りをそんなこと扱いかあ!?」


 デリンジャーがなんとかデュバルの機嫌を少しでも取ろうと、おれの言葉に突っかかってくる。


「デリンジャー、いいさ、もう。どの道こいつは殺すんだ…何を言ってこようが構いやしねェ」


 デュバルが片手を挙げてデリンジャーを制止する。


「あのなァ小僧…この村は昔から俺様、黒根団の縄張りなのよ。ちょっと食い物と女を納めてくれるだけで、ボディガードとしてこの村を()()()()()()()んだよ」


 ――なるほど、この村が寂れている理由がわかった。こいつらがみかじめ料だとか言って不当に村から巻き上げていたに違いない。


 憤るおれを、まるで面白がるようにデュバルは続ける。


「それがよお……外から来た異端女に食い物を分けるバカがいてよ…」


 デュバルはアヤメを指さして笑った。


「許せるかあ? そんな余り物があるなら俺様に納めなきゃいけねェ。そしてこの村に入った女も俺様のもんだ。教育の行き届いていない連中には心底がっかりしたぜェ…」


 ――あの時アヤメを助けられたのは運が良かった。もしこいつまで出てきていたら助けられたかはわからない。


「だから“罰”だ。食い物を分けた裏切り者は吊るして殺して、家も潰してやった。他の村人の家はついでだ、連帯責任…ってやつ? いい見せしめだろ…?」


 嬉しそうに笑うデュバルとその子分たち。胸の奥から、煮えたぎるものがこみ上げてくる。


「おい、他の村人はどうした。まさか全員殺したわけじゃないだろう」


 怒りを押し殺しながら尋ねると、デュバルは鼻で笑った。


「――あっはっはっはっは! いやあ、おもしれェな小僧…なんだそんなかっこつけて。俺様達を笑わかそうとしてくれてんのか?」

「ははは、傑作ですぜお頭。こいつ弱いくせに、出しゃばるのだけはS級ってか…!!!」


 クロードが腹を抱えて笑う。デリンジャーもそれに続く。


「――おい、質問に答えろよ」

「エミル様……」


 アヤメがそっと袖を引く。

 だが、おれは拳を握ったまま、前へ出た。引き下がる気なんて毛頭ない。


「おい小僧、てめえは散々痛ぶって動けないようにして、目の前で女を犯してるとこを見せてやるよ…殺すのはその後だ」

「お頭、その女…俺らにも分け前を……へへ」


 クロードは口元をニタつかせながら、黒く汚れた指で髪をかきあげた。金歯が光り、目はまるで腐った魚のように濁っている。


「欲張りだなお前ら……全くしょうがねえ奴らだ。俺様が存分に楽しんで使い物にならなくなったら、お前らに譲ってやるよ!」

「――おい。その腐った目でアヤメを見るのはやめろ」

「なんだてめえ、女の前でしかイキれねェくそ雑魚のくせによ!!!! 大体さっきから何様のつもりだてめえ…」

「まあまあ、お頭。そのチビにまず俺がわからせてやりますよ、誰に楯突いているかってことを」


 クロードはデュバルをなだめながら、おれの前に出てきた。


「なあ、今の自分の立場、わかってる? 俺達に殺されかけたの、忘れたわけじゃあるめェよ…? もうあんなの嫌だろう…嫌なら土下座してさ、デュバル様にすべて捧げます、って懇願してみろよ、ほらァ!!!」


 ――こんな話の通じない奴ら、野放しにしておくわけにはいかない。こいつらがいる限り、安心して異世界生活は送れないだろう。今はおれだけじゃなく、アヤメだっているんだ。


 それにあの村人だって……、こいつらに何をしたっていうんだ。


「……クズ共が」

「あ? なんだって?」


 クロードの顔が歪んだ、その瞬間だった。


「――『黒焔―奈落』!!!」


 黒いモヤが拳を包み、皮膚の下で血液が逆流するような熱が走る。その拳の一撃で、クロードを地面に叩きつけた。


「――!!」


 クロードの体が地面にめり込み、白目を剥いたまま動かなくなる。


「な…何しやがった……てめえ!!!」

「お、おい、デリンジャー…ほんとにこいつをお前らがボコったのか…!?」

「は、はい……確かにあの時はこいつ…クソ雑魚で…」

「クソ雑魚がクロードを一撃で倒せるかよ…!!」


 デリンジャーもデュバルも、いま目の前で起きたことを理解しようとするのに必死だった。それだけ動揺を隠せていない。


「アヤメ!」


 おれは倒れたクロードの剣を拾い、アヤメに投げ渡した。


「戦えるか?」

「――もちろんです!!」


 アヤメは剣を受け取り、ギュッと握り締める。彼女の気配が一瞬にして研ぎ澄まされた。


「デリンジャー、とおっしゃいましたね。あなたは……わたしが相手をいたします」

「だあくそが…なんなんだてめえらは…クロードに何しやがった…」


 デリンジャーは吐き捨てるように言いながら、懐から鎖鎌を取り出した。その鎖が地面を引きずり、ギィギィと不気味な音を立てる。


「おいデリンジャー…! その女殺すんじゃねェぞ…あとでちゃんと可愛がってやらないといけないからな…」


 デュバルがゲスな笑みを浮かべながら叫ぶ。


「無駄話してるとは余裕だなデュバル。お前の相手はおれだぞ」

「おいおいおいおい。お前はやってくれたよ…俺様を怒らせるに十分すぎることをしでかした。俺様の子分をなんだと思ってやがる」

「やられた分をやり返しているだけだ、覚悟しろ」

「減らず口叩いてんじゃんねェぞ、クソガキがあ!」


 デュバルの顔から笑みが消えた。


 ――再び拳に意識を集中させ、黒いモヤをまとわりつかせる。


「――『黒焔―奈落』!!」


 ズサァァァァ!!


 デュバルが腕をクロスさせて俺の攻撃に耐えた。先ほどのクロードはこの一撃で沈んだのに、さすが盗賊団の頭領といったところか。


「おいガキィ、なんだこのしょぼいパンチは。あのな、今は野盗なんかやっちゃいるが、俺様はもともとC級冒険者。中途半端な攻撃はきかねェぞ!」


 強烈な殺気を放ちながらデュバルが前進してくる。ヤツの動きは思った以上に速い。


「『黒焔―奈落』!!」


 何度か黒焔をいれるが、簡単にガードされなかなか決定打にはならない。


「――俺様は魔法属性には恵まれなかったが、この腕っぷしひとつでC級まで成り上がったんだ。そこらの魔法だけにかまけている奴とは鍛え方が違うのよ」


 ――なるほど、どうやら魔法属性なしでも活躍した冒険者はいる、というブラドの話は本当のようだ。それに、今の力ではスピードも威力も一定以上の相手には届かない。


「俺様が本物のパンチってやつを見せてやるよォ!!!」


 ドゴオォォォォン!


「――っ!!」


 デュバルの攻撃をジャンプし、かろうじてかわした。


 振り下ろされたデュバルの拳が地面をえぐり、砂煙が舞い上がっている。石畳がはじけ飛ぶほどの威力だ。


「オラ、オラァ!! てめェのしょんべんみてえなパンチよか威力あるだろうがァ!!!!」


 おれが着地した隙を見逃さず、デュバルが次々に殴りかかってくる。


 確かにC級冒険者というのは嘘じゃないのだろう。といっても、C級がどのくらい強いのかまだ基準がわからないが、少なくとも一撃一撃が重い。スキルでなんとか凌げているほどに。


「――いまのおれでは、正面からの打ち合いだと分が悪いな…」

「ようやく気づいたか、死ねええええぇぇぇえ!」


 ――スッ


「あぁ? 消えた?」


 ――ドカッ!


 おれは『瞬間移動』で背後に回り『黒焔』を食らわせた。


「――カハッ!!」

「正面からの攻撃は防御できても、死角からならダメージは入るだろ」

「ガハッ!! …ガッ」

「本物のパンチ、見せてくれるんじゃなかったのか?」

「クソ…グッ!!」


 『黒焔』と『瞬間移動」を組み合わせた、連続ヒット特化の技。


 おれはデュバルに考える間を与えることなく、瞬間移動で死角に移動しては、隙間を縫って拳を叩き込む。


「『黒焔―冥闇乱舞(めいあんらんぶ)!!』


「ッガアアアアアアア!!!!」

「――終わりだ」


 ドゴォン!


 拳がデュバルの頬骨を砕き、地面にめり込むように倒れた。


 ――砂埃が舞い上がる。デュバルは動かない。


「……ふぅ」


 この攻撃方法はおれと相性がいい。絶えず『体力自動回復』は発動状態にあるため、永遠に攻撃を当て続けられる。一撃一撃の攻撃力が弱くても瞬間移動とスピードでカバーができる。


 ――良かった。対人相手でも上手く立ち回ることができた。正直不安もあったが、これなら大丈夫だ。


 しかし、このまま冒険者として生きていくのならばもっと成長が必要だ。


 ”本物のパンチ”とは言ったが、あんな奴なら正面から一撃で倒せるほどのパワーがほしい。


「――さて、アヤメの方は大丈夫かな」


 おれはアヤメとデリンジャーの方へ目を向けた。

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