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第006話 ブラド・ジェスタッド

「――キャッ!」

「相変わらず発育がいいねぇベリンダちゃん」

「ちょ、ちょっとまた、もう…」


 受付嬢のお尻を触りながら、カウンターの奥から現れたこのセクハラ親父もギルド関係者なのだろうか。背中まで届く銀髪をひとつ結びにし、片眼に大きな斜め傷のある男が現れた。頑強な胸板を鎧で覆い、腰には長剣を下げている。


「――ああ、おいあんた、本当に冒険者登録するのか?」

「えっと、どちら様?」

「ああ、悪い、名乗るのが遅れた。俺はここのギルド長、ブラド・ジェスタッドだ。ブラドでいい」

「ギルド長が何の用だ。冒険者登録しちゃ悪いかよ」


 異世界に転移してきてまさかのE級判定に、少々苛立っていた。何より、セクハラしながら登場するなんてとんでもない奴だこの親父。


「気を悪くしたならすまない。だが、冒険者ってのは常に死と隣り合わせの仕事だ。クエストをこなせなけりゃ飯も食えねぇ。あんた達二人は平民だろう、実家が太いわけでもない。無理に冒険者なんてやることはない、他の仕事を探すことをおすすめするぜ」


 ――どうやらおれ達の身を案じてのことだったらしい。ひょっとしたら、冒険者の生存率なんかもギルド評価に関係しているのかもしれない。


 うん? 待てよ、()()()()()()()()()()()…?


 気になってアヤメの登録書に目をやると、名前の欄には”アヤメ・ランサス”と書かれてあった。偽名でも冒険者登録はできるんだな…。


「心配してくれるのか…だが、冒険者登録はするよ、ちょっと訳ありでな……すぐにでもクエストを受注したいんだ」

「なんだ、訳ありか。冒険者には訳ありの奴も多い…詳しいことは聞かないさ。どれ、E級用のクエストを見繕ってやるから、少し待ってな」


 なんだかどんどん印象が尻上がりに良くなる。忠告してくれた上に、クエストまで見繕ってくれるらしい。


「――悪いことばかりじゃないな」

「そうですね」


 おれはアヤメと目を合わせて笑った。


 ずっと気を張っていたが、ようやく現地の人間とまともなコミュニケーションが取れた気がする。あの野盗達はコミュニケーション以前の問題だったからな。


「――ちょっと待ちなよ、ギルド長」


 背後から妙に澄んだ声が割り込んできた。


 ――振り向いたおれの視界に、陽光みたいにまばゆいブロンドが飛び込んでくる。


 細く束ねた金糸の髪、蒼いビロードのロングコート。腰にはルビーがはめ込まれた細身のレイピア―― “金と身分” をこれでもかと主張する装いだ。


 ギルドの空気が一瞬がざわ…と揺れた。


「おい、あいつは……」

「ああ、最近噂になっているルーキー『ロイ・ガリクソン』だ…」

「なんでも、いきなりB級からスタートしたらしいぞ」


 野次馬のざわめきを背に、受付嬢が慌てて頭を下げる。青年はあごをわずかに上げ、おれたちを値踏みした。


「E級ごときにギルド長自ら世話? ギルドも随分ぬるくなったものだね」

「――ロイか。もうダンジョン攻略から戻ってきたのか」

「ああ、あんな魔物、僕の腕試しにもならなかったよ」


 どうやら、このロイという男にも、ブラドはクエストを融通していたようだ。それにしても、ギルド長に対してのこの態度、本当にルーキーか…?


「――さてそこの黒髪、君だ。無属性らしいが、薬草摘みしか出来ない雑用が冒険者を名乗らないでもらえるかな。君達みたいな連中が冒険者の”格”を落とすことになるんだ。平民に毛が生えた程度の素人風情のくせに…ね」


 言葉の端々に漂う優越感。鼻で笑うたび、胸の奥がチリチリと焦げた。


「……新人だがB級冒険者のこの僕の方が、よほどギルドの戦力だろう?」

「ロイ、言い過ぎだ。君にはほかにも魔物討伐のクエストを回したはずだ。それでいいじゃないか」


 ブラドが低い声で制したが、青年は肩をすくめるだけだった。


「ふふ、どうだい、E級君。僕とクエスト報酬総額の勝負でもしてみるかい?」

「――悪いが遠慮しておくよ。というか今はギルド長と話していたんだけど…」

「おやおや、わざわざこの僕が構ってあげているのに、そんな態度でいいのかな。君たちが今後、冒険者として活動できないようにすることだって、僕にはできるんだよ……?」

「ロイ、その辺にしておけ。また今度良いクエストがあったら紹介するから…な?」

「――ふん、まぁいい…ここで僕が騒げば父様の顔にも泥を塗ってしまう。じゃあブラド、またよろしく頼むね」


 そう言うとロイは踵を返し、ギルドを後にした。赤い裏地が傲慢に翻り、扉が閉まると同時に喧噪も静まった。


「なんだか、とんでもない方に絡まれましたね…」


 ようやく去ってくれた、とため息をつきながらアヤメが話す。


「悪かったなお前たち。奴はラグネシアでも名のあるガリクソン伯爵家の御曹司だ。最近、実践訓練がてら冒険者登録してな。ギルドにも多額の寄付をしていることもあって、どうにも、な…」


 ブラドは苦いため息を漏らした。いくらギルド長といえども、組織の事情には逆らうことはできないようだ。


「まあでも、お前達にちょうど良さそうなクエストがあった。これで勘弁してくれないか」


 ギルド長・ブラドはE級用のクエストを渡してくれた。


「タルマ村というところの近くに森があってな。そこに薬草の群生地があるんだが、その収集クエストだ。ラグネシアからは歩いて一日、二日といったところか。」

「タルマ村? 薬草? なあブラド、魔物討伐のクエストとかはないのか?」

「おいおい冗談言っちゃいけねェ。E級が魔物討伐なんて受けられるかよ…魔物の討伐はD級以上。E級のクエストは薬草採取、荷物運びくらいだ」


 さっきのロイとかいう男がE級は”薬草摘みしか出来ない雑用”と言っていたが、どうやら本当らしい。


 しかし、つい先日までいたタルマ村に戻らないといけないどころか、魔物討伐クエストもできないとは。その森の魔物なんて何体も倒してるんだが…。


「どうしてもD級以上のクエストは受けられないのか?」

「無理だな。自分の等級より上のクエストは受けられないルールだ。E級冒険者登録をするっていうことはそういうことだ…冒険者登録、辞めるか?」

「そうか、悪かった…ありがとう。そのクエストを受けることにするよ。アヤメ、いいよな?」

「わたしは全然問題ないですよ!」


 本当なら、その森の魔物なんて何体も倒してるぞ! と訴えて再測定してもらいたいところだが、あいにく証拠もない。無属性判定を受けている以上、ここで抗議したってまた笑われるのがオチだ。


 悔しいが、いまは贅沢を言っていられる立場ではない。お金がない以上、何でもやるしかない。


「わかった。そういうことだ、頼む」

「まあ、なんだ…そんなにやさぐれるなよ。E級から上級ランクに昇級した冒険者だって多くはないがいるんだ。やる気があるのなら上を目指せばいいさ」

「そうか、昇級もできるんだな」

「ああ、実績を残せばギルド長の推薦で昇級できる。ただ、これだけは肝に銘じておけ。自分の実力を過信するなよ。それで命を落としてきた冒険者を何人も見てきている。特にD級やE級なんか、そんなランク自体あってほしくないんだ」


 ブラドはクエスト用の書類を渡してくれた。その視線は厳しさの中に、どこか“親のようなまなざし”が含まれている。


「わかった、ありがとう。また戻ってくるよ」

「ああ、くれぐれも無茶だけはしてくれるなよ」


 ブラドが念を押してくる。勝手に魔物を狩ったり、暴走するのを牽制しているのだろうか。


「わかったよ、無茶はしない。じゃあ今度こそ行ってくるよ」

「ああ、そのクエストには特に期限はないが、十日くらいで戻ってきてもらえるとこちらも心配せずに助かる」


 さて、場所はさておき、冒険者としての初めてのクエストだ。とにかく地道ではあるが、一つ一つこなすしかない。


 そう決意したおれ達はギルドを後にした。




―――――




「さて、もうここから一日だって歩きたくはない。アヤメ、おれの背中に捕まれ」

「え!? は、はい…」

「いくぞ………爆脚瞬駆(ブラスト・ダッシュ)――!!」

「わわわわ、え、ええええ!? なんですかこれ!!?」


 あまりの速度に、アヤメが背中で悲鳴をあげている。


「ふふ、元々『体力自動回復』や『俊敏強化』といったスキルの組み合わせで速くなったんだが、加えて黒いモヤを足にもまとわせてみたんだ。予想以上にスピードが出るな」


 おそらく高速道路を走る車くらいのスピードは出ていると思う。もちろん空気抵抗もあるだろうが、スキルの効能なのか全く感じない。この速度なら、タルマ村まで二時間もかからないだろう。


「――優しかったですね、あのギルド長」

「そうだな…言い方は少しキツイが、冒険者に対する愛を感じたよ」

「それにしても、なぜエミル様が無属性扱いなんでしょうか…」


 大きな疑問はそこだ。魔物のスキルだって獲得できる。熊のような魔物やゴブリンだって倒した。ブラドの話では最低でもD級はないとおかしい。


 ギルドにあった水晶で魔力判定を行ったが、本来の手続きであれば魔法が使えるものは別室の測定場で、魔法が使えなくても剣や体術が得意なものは修練場で簡単な試験があるらしい。


 そのどちらにも通されなかった――、つまり魔力が一般人並ということを表している。


 ちなみに、アヤメは修練場に通されたが、あいにくギルド内にもちょうど余らせている木剣がなく、試験ができずE級判定になったらしい。


「変えられないものは仕方がないさ…頑張って昇級を目指そうぜ」

「そうですね、わたし、エミル様とならこれからたくさん頑張れる気がします」

「――!!」

「ん、どうかしましたか?」

「い、いや何も……気にするな。もうあと一時間もあれば着くぞ、舌噛むなよ」


 自分の能力について考えていたから気づかなかったが、冷静に考えると構図がおかしい。おれは女の子一人を背中におぶっているわけだ。


 それに、アヤメは着替えもなく助けた当時のままだ。つまり、薄着を一枚羽織っているだけなのである。


 おれ自身は爆速で走っている。当然背中のアヤメも揺れるわけで、振り落とされまいと細い腕でしがみついてくる。


 するとどうだろう、生の胸の感触がダイレクトに伝わってくる。それに長い生脚を腰にからみつかせているので、太ももの感触は直だ。


 冒険者カードでみたがアヤメは十五歳。おれは見た目年齢の十七歳で登録したが、実年齢は四十二。こんな年齢の娘がいたっておかしくはないんだ。


 そんな女の子に欲情するのはなんだかよくない気がする。


「ごめんアヤメ…少しスピード上げるぞ……!!」

「え、ま、待って、きゃあああああ!!!」


 速度を上げれば上げるほど密着するので、肌の温もりもダイレクトに届いてくる。煩悩が止まらない。天国の様で地獄の様な時間を過ごしながらおれはタルマ村に向かっていた。




―――――




「え? なんだ、これ…」

「――こんな…ひどい」


 タルマ村に着いたおれ達の目の前に広がっていたのは、凄惨な光景だった。もともと廃村のような雰囲気ではあったが、家屋は倒壊し破壊され、散らばった家具が目につく。


 灰混じりの風が鼻を突き、折れた井戸と瓦礫の家々が痛ましい姿を晒していた。


 誰か人はいないかと歩いていると、一人の村人が横たわっていた。


「おい、しっかりしろ、息はあるか、おい!!」

「あ、この方は……バーグマン様…」


 アヤメがその村人の正体に気づいた。


「この方です、バーグマン様…。唯一、わたしが異端者とわかってもまともにお話してくれ、それにパンまで頂いた方……」


 ――どうやらもう息もない。仰向けに倒れ、瞳は開いたまま。胸と首筋に深い傷があり、血がほとんど乾ききっている。


「誰がこんなことを……ひどい…」


 アヤメが息を呑み、声を詰まらせながら、そっと村人の手を握る。


 おれはここの村人とは接点がないが、アヤメが恩を感じているなら話は別だ。こんな状況、見過ごすわけにはいかない。


「ああ、なんだ、客人か?」


 背後から、下卑た声が響いた。

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