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第005話 E級冒険者

 黒いモヤの絡む拳を思いきり振り抜く。熊のような大柄の魔獣が吹き飛び、木々をなぎ倒しながら倒れ込んだ。気がつけば、数え切れないほどの森の魔物を相手にしていた。


 ステータス画面を開くと、


『免疫向上』

『体力自動回復』

『身体能力向上』

『魔力探知』


 など、新たに複数のスキルを獲得していた。


 スキル獲得の過程で確実にわかったことが二つある。


 まず一つ目は、スキルは”アクティブスキル”と”パッシブスキル”に別れるということ。


 自らの意思でスキルを発動しないと効力をなさないものが”アクティブスキル”で、逆に常に発動しているようなものが”パッシブスキル”になるわけだ。


 違いはわかりやすく、『筋力強化』や『免疫向上』のように、身体に直接作用するようなものは”パッシブスキル”となる。つまり、『筋力強化』を使用した後に筋力が元に戻る、なんてことはない。


 ”パッシブスキル”がないと、耐性系のスキルが意味をなさなくなってしまうし。


 二つ目は、”攻撃系のスキルは獲得できない”ということ。


 たとえば、蜘蛛型の魔物が口から吐いていた風の刃のスキルを獲得しようと試みても、どうやらそれは使えなかった。


 魔法属性は獲得できなかったから、おそらくその魔物が使っていた攻撃も”スキル”というより”風魔法”ということになるのだろう。


 ということは、スキルを持たない人間からは吸収できず、対象は魔物限定になる。


 ――今後、敵と遭遇してもおれの攻撃は黒パンチだけなのか…?


 十分強力ではあるが、なんだか物足りない。せっかく魔法が使える異世界にきたのだ。炎を飛ばしたり雷を起こしたり、遠距離系の攻撃も使ってみたい。ロマンがある。


 高望みをしても仕方ないが、それでも今持っている筋力や俊敏性の向上、体力の自動回復などのスキルはかなり便利だ。


 転移直後は運動もしていない貧相な体だったが、明らかに見栄えの良い体つきにもなったし、動きも段違いで速い。現代社会でこれらのスキルが使えるなら、数々のオリンピック記録を更新できるだろう。


「アヤメ、出発の準備はできた?」

「はい、ばっちりですよ!」


 アヤメが焚き火の前から振り返った。


 肉を干して保存食にしたり、魔物の内臓を器にして川の水を溜めたり……とても国主の娘とは思えないサバイバル技術であれこれ工夫している。


「すごいなアヤメ。こんなふうに旅慣れしてたのか?」

「もう家出してふた月以上経つので…。それに、やるしかありませんから!!!」

「そっか。それじゃあ、『アイテムボックス』」


 そう唱えると、空中に黒いモヤが現れた。そこにアヤメが準備したものをぽいぽいと入れ込む。


「ちょ、え、なんですかこれ!?」

「なんか森の奥にいったらゴブリンみたいな魔物がいてな。そいつから奪った収納スキルだ。便利だろ」


 これで荷物の持ち運びには困らない。もう冒険者というより、行商人になった方がこの世界を生きやすくなるんじゃないだろうか。


 ド派手な魔法は使えないのだ。現代知識無双なんてのも楽しそうである。


 ――ひとまずはこの世界のことを知って、そこからどう生きていくか考えるのも悪くはない。


「じゃあ、そろそろセルディス王国に向かおうか。出発しよう!!」


 初めての国、初めての冒険。ワクワクしないわけがない。


「ここからなら休憩も挟みながら、二日もあれば歩いて着きますよ」


 日本にいたときのおれなら”徒歩で二日”という時点で諦めていたが、筋力強化に体力自動回復のスキルを備えている今は恐いものなしだ。どこへだって行ける気がする。


 スキルの恩恵で移動速度も上がっているため、本気を出せば二日もかからないとは思うが、せっかくの異世界、それに女の子の同伴付きだ。楽しむとしよう。




―――――




 二日後、おれ達はセルディス王国の街・ラグネシアに到着した。城壁の外には簡単な入国審査の列ができていたが、「これから冒険者登録を行う旅人だ」と伝えると、あっさり通してくれた。


「うわあ……本当に人が多いですね」


 石畳の道が縦横無尽に伸び、三角屋根の家がずらりと並ぶ。その間を行き交うのは、露店の商人や武装した冒険者、そして大きな荷馬車を牽く馬。見慣れない獣人らしき姿も混ざっており、一気に”異世界らしさ”が高まる光景だ。


「すごいな……いわゆる中世ファンタジーの街並みって感じだ」


 早速ご飯にありつきたいところだが、あいにくこの世界の通貨を持っていない。これではご飯どころか今晩の宿すらとれない。


「お財布事情が厳しいな…」

「そうですね、すみません……わたしも道中で使い切ってしまって…」


 冒険者にしたって行商人にしたって、今のままだとそれどころではない。


 服も日本から着てきたパーカーとジーンズでかなり浮いているし、アヤメにいたっては飛び出したときのままの薄汚れた服しかない。風呂や洗濯は道中の川でしのいだが、いい加減まともな風呂に入りたい。布団で寝たい。


「とにかく、冒険者登録をして適当なクエストをこなそう。拠点を探しつつ、当分はそれで日銭を稼ぐしかないよな」

「う〜〜〜食事!! お風呂!! 服!!! はやくありつきたいです…」

「しかし、こう路店が多いと余計に腹が減るな…」

「ああエミル様、あれ、あの焼き串とても美味しそうです…」


 あちこちに露店や飲食店が並ぶ中を、おあずけ状態で歩くのはツラい。だが現実は厳しい。


 ギルドを探しがてら、このラグネシアという街を散策していく。本当にゲームの世界を操作しているみたいだ。街並みも美しい。


 中央区画には噴水があり、さまざまな種族・階級の人々が行き来する。大きな教会の尖塔や、宿屋が軒を連ねる商業地区、そして裏路地にちらりと見えるスラムらしきエリア……。


 一歩裏路地に入ると、瓦礫に腰掛けた浮浪者たちの視線が刺さる。大通りと裏通りの落差に、思わず足が止まった。


「この街一見華やかだが、ちょっと通りを変えると途端に雰囲気が変わるな…」

「――貧富の差はどこにだってあります。華やかであればあるほど、その分闇も深くなってしまうんですよ…」

「そういうもの……か…」

「それに、セルディス王国は人身売買や奴隷が横行しているとも聞きます。できるだけひとけのない道は避けましょう」


 いやに冷静に話す。間違ったことは言っていないのだが、異世界では常識なのだろうか。日本しか知らないおれにとっては結構なギャップだ。


 かといって、今のおれたちに何かできるわけでもない。それに一文無しなのだ。今は他人のことより今日のご飯、そして寝床だ。




―――――




 ギルドの建物は石造りで重厚だった。尖塔の上に武器と盾のマークが掲げられており、扉を入るとすでに多くの冒険者が行き交っている。壁には無数のクエスト依頼書が貼られていた。


 受付には、落ち着いた雰囲気の女性が座っていた。シンプルなローブにギルド紋章のプレートを付けており、書類を処理しながら笑顔で応対している。


「冒険者登録をご希望ですね。ではまず、こちらの水晶に手を当てていただいてよろしいですか?」


 見ればカウンターの上に、透明な水晶玉が置かれている。これが“魔法属性”を測るための道具らしい。


「じゃあ、お願いします……」


 おそるおそる手をかざすと、水晶の奥が淡く輝いた。


 いよいよ、おれの力の正体が――!!


 ――と、思ったのも束の間、その光はむなしく消えた。


「あなたは…”無属性”です」

「――はい?」


 その瞬間、周りにいた冒険者がざわついた。


「ああ、無属性か。残念だな」

「無属性なのに冒険者になろうってのかよ?」

「あれじゃ戦えねえだろ」


 など、好奇の視線を投げかけてくる。


 受付嬢も淡々と事務的に説明を続けた。


「ですから、あなたには魔法適性が一切ありません。属性魔法を習得することは難しいかと。以上の判定から、あなたの初期ランクはE()()となりますが、よろしいですか?」

「――え? ま、まあ、と、とりあえず、冒険者登録をお願いします…」


 状況の理解に脳が追いつかず、思わずたどたどしく話してしまった。


 受付嬢はうなずき、必要事項をさっと書類にまとめていく。その周囲では、やけにごつい鎧を着た冒険者たちが「E級だと?」「まあ死んで帰るのがオチだろ」など、好き勝手に囁いている。


 ――これじゃあまるで良い見世物扱いだ…。


 こんなの嘘だ、何かの間違いだ! 再測定してくれ、おれの力はなんなのか調べてくれよ!


 ――なんて抗議したい気持ちをぐっとこらえ、大人しく手続きを進めることにした。ここで騒いだところで、おそらく変わらない気がする。そうなったらいよいよピエロだ。


 受付嬢の説明によると、この世界では、Sから順にA、B、C、D、Eと冒険者ランクが分かれているらしい。E級は最下位だ。これだとろくなクエストも受けられない。


 落胆しつつ手続きを終えると、アヤメもちょうど終わったところだった。


「アヤメはランクいくつだったの?」

「わたしもE級でした…」

「は? おい、剣術はどうした剣術は」

「それが…武器もなく、借りることもできずで……わたし魔法属性ありませんし…」

「…」


 なんということだ。前途多難に感じていた異世界生活だったが、今のところ順調に一難去ってまた一難を繰り返している。いや、三難去って五難くらいきている感じだ。


 とにかく目の前で起きていることは紛れもない現実だ。おれは真正面から受け止めることにし、E級冒険者としてのスタートを決意するのであった。

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