第004話 スキル獲得
『麻痺耐性を獲得しました』
『暗視を獲得しました』
『俊敏強化を獲得しました』
『筋力強化を獲得しました』
『防御向上を獲得しました』
毒耐性スキル獲得の再現性を確認するため、森で魔物を次々に倒しては自分の能力に影響が出るか試してみた。
意識を集中させ、相手の能力を奪うことをイメージすれば、ステータスウィンドウが表れてスキル――そう呼んでいいのかわからないが――を獲得した通知がポップアップされる。
イノシシ型の魔物からは変わらずスキルは獲得できなかった。おそらく何のスキルも持っていないのだろう。もはやおれたちにとっては単なる食用魔物だ。
――しかし、ステータス画面を開いても、自分が獲得しているスキルはわかるけど、他はなんにもわからない…そもそもレベルやHPの概念がないのか…?
獲得したスキルしか表示されていない画面。それはもはやステータス画面というよりかはスキル画面と言ったほうが正しいのかもしれない。
ともかく、兎型、コウモリ型、熊型、蜘蛛型…手頃な魔物を狩れば、魔物が持っていると思しきスキルが獲得できる。まるで、魔物が持っていた能力の一部を“奪っている”かのようだ。
獲得したスキルは自分の肉体に確実に作用し、身体能力が底上げされている実感がある。
本音を言えば、炎とか氷とか、ド派手な魔法が使えるとカッコ良かったのだが……そんな贅沢も言っていられない。この世界で生きていく上での、不安要素をかき消せるスキルを獲得できたのは幸いだ。
「エミル様、狩りはお済みですか?」
アヤメが、焚き火を前に顔を輝かせる。おれは腕に抱えた獲物をドサリと置いた。
「ああ、そろそろお昼ご飯にしよう。お昼はウサギに熊、イノシシだ」
「わあ、たくさんですね…!!」
アヤメが素直に喜ぶのを見て、少し照れくさくなった。火の準備をしてくれていた彼女に感謝しつつ、二人で肉を焼き始める。
なんだかんだ、魔物とはいえ焼肉を楽しんでいる自分もいる。人間の順応性はすごい。
―――――
――食事を終え、ほっと一息ついた頃、アヤメが話を切り出した。
「それでエミル様、昨晩の魔法の話なのですが…」
「ああ、ごめん。年齢の話になってしまってそのまま終わってたな」
おれも姿勢を正す。いよいよ魔法の話だ、早く聞きたい。
「魔法は存在します。この世界では、すべての人に平等に魔力が流れていて、その魔力を操作して使う術が魔法と呼ばれています。人には五つの基本属性――火、氷、風、土、雷のいずれかが宿っていて、その適性に応じて魔法を行使するんです」
アヤメの説明によれば、魔力自体は誰もが体に流しているものの、それを“制御できる者”は少ないらしい。そして、属性適性が強い者ほど、多彩な魔法を操れるということだ。
「火の属性なら炎の発現から、上位になるとより高温の炎や爆発なんてものも使えますし、土なら植物操作や地形変化まで……」
「ってことは、“上級魔法”みたいなやつか」
「そうです。五属性といってもそれはあくまで基本の話。練度によってできることは大きく変わります。そこに人それぞれ個性が出ますね」
「じゃあ、おれは……何属性に該当するんだろう?」
期待半分、不安半分で尋ねたが、アヤメは困ったように首を振った。
「……申し訳ありません。エミル様のような能力は、わたし……見たことがなくて…」
「ああ、いや、いいんだ…アヤメのせいじゃないし。これから探っていくよ」
肩を落とすアヤメの表情は申し訳なさそうで、それでもどこかおれを気遣っているように見えた。
――ますます自分のことがわからなくなってくる。
もしかして“規格外”というやつだろうか。それはそれで中二感があって心も踊るが。
「ところでアヤメ、君は何属性なんだ?」
「――実は、わたしは魔法が使えないんです…」
「そうなんだ。魔法が使えない人もいるってこと…?」
「魔法は使えませんが、剣は得意です!! 父は“剣聖”と呼ばれた人で、魔法は一切使えませんが、剣術の達人です。わたしも、小さいころから剣だけは叩き込まれてきました」
――国主兼剣聖の娘ときたか。そんな環境ならば、教育も厳しかったに違いない。想像もできない世界だ。
それでも、一見恵まれているように感じてしまうのは、おれが両親のいない環境で育ったからだろうか。
母はおれを産んですぐに病気で亡くなったと父から聞かされている。その父も、おれが小学生の頃に交通事故で亡くなった。
親戚の家を転々として育ったおれに、心からの”家族”はいなかった。
仕事が趣味とばかりに打ち込んできたこともあり、気付けば友達と呼べる存在はおらず、四十歳を超えて恋人もいない――それが日本でのおれ、花菱エミルだった。
「冒険者にも、魔法が使えない方はいます。その分、体術や剣術など他の技術が圧倒していますけどね。全体では少数派なんですけれど、名だたる冒険者の中には“剣豪”と呼ばれる人物もいるんですよ」
「なるほどね。それならさ、剣は今どうしてるんだ? 出会ってからずっと、手ぶらのように見えるんだが…」
その質問に、アヤメはバツが悪そうに視線を逸らした。
「――あの、それがですね…。勢いよく飛び出してきちゃったせいで、剣も置いてきてしまって…」
思わず頭を抱えた。そりゃあ、あんな野盗に襲われるはずだ。
「わ、わたしのことは良いんです!! エミル様は一体何の能力なのでしょう…。魔物の能力を吸収しているから、土や風の応用なのでしょうか…」
「うーん、土や風を使える様子もないんだよなぁ……。便利だとは思っているが、正体がわからないものを使い続けるのは怖いな…」
「すみません、わたしではお力になれず…」
「いや、謝る必要はないさ。十分すぎるほど頼りになってるよ」
アヤメはいわば、おれにとってこの世界の”ナビゲーター”になっている。そのアヤメでもわからないとなれば、やはり異質な能力なのだろう。
「ところでさ、アヤメのレベルやHPはいくつなんだ?」
「え? レベル? HP?」
きょとんとした顔。
どうやら、この世界にはレベルや数値ステータスの概念はないらしい。それならステータス画面、もといスキル画面に表示がなかったのもうなずける。
「じゃあ、この画面はわかる?」
「ん? どれですか?」
アヤメの前でスキル画面を表示させたが、おれだけにしか見えないようだった。
「それならさ、アヤメは何のスキルを持ってるんだ?」
「――スキル…?」
「…」
またわからなくなってきた。
レベルやHPどころか、スキルの概念すらないという。たしかに、獲得スキルや数値化されたステータスなんてものはゲームの世界だからわかることだ。
現実世界で自分の能力値がわかったら勉強だって苦労しない。異世界だから、なんてことはないようだった。
「――エミル様?」
「ああ、いや、すまん考え事をしていた。魔物の持つ能力を吸収して自分のものにする――、それがおれの能力なんだろうか。わかりやすいようにそれらを”スキル”と呼んだんだ」
――軽く整理する。
この世界には、レベルもHPどころか、スキルの概念も存在しない。だが、おれにははっきりとスキル一覧が見えている。
このことから、スキルは魔物限定の能力――いわば特性のようなもので、今までそれを可視化する手段がなかったから”スキル”の認識もないのだろう。
ということはつまり、おれの「スキル吸収能力」が何かしらの力であり、その能力の一環でステータス画面を閲覧できている――と考えるのが自然だ。
「――基本的に、人間の能力は何かしらの魔法属性に紐づいています。先程も説明したように、例えば結界を使う能力者がいたとするとそれは風魔法の応用だったり」
「それで、おれの能力はどれでも説明がつかない――か」
「ただ魔物は別で、魔法属性を持っている魔物もいれば、魔法属性ではないオリジナルの特異能力を持つ魔物もいます。それを使える者がいなかったので魔物本来の力だと認識していましたが、それがエミル様のおっしゃる”スキル”にあたるのでしょうか…」
「なるほど…火属性っぽい魔物を倒しても火属性は獲得できなかったし、スキル限定なのかなぁ…」
アヤメの話を聞いてわかったこともあるが、まだまだ試行錯誤する必要があるようだ。
―――――
食後の余韻もそこそこに、アヤメが思い出したように口を開いた。
「――そうだ! エミル様、冒険者登録はされてないんですよね?」
「ああ、そもそも“冒険者”って制度があるのかどうかすら、知らなかったし…」
「それなら、昨日お話したセルディス王国に冒険者ギルドがあって、そこで冒険者登録ができます。出自や身分は問われないんです」
「お、それはいいな。おれの能力がなんなのか、わかる手がかりにもなるかもしれない」
「わたしも、家出してきた身ですし、登録しておこうと思っていたんです。ですから……その……」
彼女は一瞬、言葉に詰まった。少し頬を赤らめながら、それでも真っ直ぐこちらを見てくる。
「――ご一緒、していただけませんか?」
「ああ、もちろんだ。目的地が同じなら、同行しない理由はないさ」
表情をぱっと明るくするアヤメ。その笑顔が、昨日よりも柔らかくなっていた気がする。
それに、セルディス王国にはちょうど行こうと考えていたところだ。大きな国ならおれもアヤメも目立つことはないだろう。
「そうだな、それじゃあ明日出発することにして、今日は準備にあてよう。おれはもう少し、ほかのスキルを獲得できないか試してみるよ」
「わかりました! それじゃあわたしはなまった体を動かしつつ、出発の準備をしておきますね」
それにしても、魔物が多く生息している森があって、近くには清流も流れてて、少し遠出をすれば大国もある。しかもスキルを獲得できる魔物にいたっては、今のおれでも難なく倒せるほどだ。きっとこの世界には強い魔物もいるだろうに…。
ボロボロになりながら始まった異世界生活ではあったが、総合的に考えてスタート地点としては悪くないだろう。むしろ今となっては恵まれている方か…?
――まるで、誰かがここをスタート地点に選んだかのように、都合が良すぎる気もする。
「ま、おれには“無双スキル”なんてないんだし、いいか」
おれはあまり深くは考えることはなく、セルディス王国に向かう準備を進めた。
この世界で、どう生きるか。
そして、この力が何を意味するのか。
まだ何もわからないが、進む目的地があるだけ、まだ幸運だと思うことにした。
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