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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

同僚を殺したが、殺してなかった。

作者: ge

やってしまった。こんな感情ははじめてだ。

俺は50代の会社員、六車純だ。たったいま、人を殺してしまった。愛する妻や子供、さらには来月孫が生まれるのに──。



事の経緯を説明する。

俺は同期の松井と飲みに行っていた。酔いが回っていたのか、ちょっとしたことで軽い口論になってしまった。その口論もだんだんエスカレートし、殴り合いへと発展した。


そのとき、脅すために手に持ったレンガを投げたと同時に、松井が転倒し頭に当たってしまった。救急車を呼ぼうと思ったが、松井から生気を感じられず──今、遺体を背負って逃げているところだ。どうしよう。



今の時代、マスコミやSNSの的にされ、家から職場、家族構成まで特定されてしまう。妻や子供に迷惑をかけたくない。犯罪者の家族なんてレッテルを貼られたら、一生消えない。


そんなことを考えているうちに時間が過ぎ、選択肢が狭まっていった。この遺体をどうするか──最初に考えたのは埋めることだった。でも、それではありきたりすぎる。前日一緒に飲んでいた俺が急に姿を消したら、職場の連中に怪しまれるだろう。ならどうする? 飛び降りるか──松井が自殺したように見せかければいいのか。


そう考え、近くの廃ビルへ入った。



屋上に着くと、突き落とす準備を始めた。着々と手順をこなし、「あとは落とすだけ──」となった。

すまんな松井。でも俺のために、こうするしかないんだ──

そして俺は松井を落とした。

その瞬間の出来事だ。松井がこちらを見て笑い、俺の足を掴んだ。まさか、生きていたのか。

まずい、このままだと落ちる。



―――――――――――――――――


看護師A「六車純さん、1週間経っても目が覚めませんね」

看護師B「親族の方もお不幸ですね。まさか自殺未遂なんて…」


そんな声が遠くから聞こえてきた。体中が痛い。そんなことを感じながらも、俺はゆっくり目を開けた。


美香「目が覚めた!! お母さん、早くお医者さん呼んできて!!」

諒子「わかったわ!」



お医者「問題ありませんね。1ヶ月ほどで退院できると思います」

朝彦「そうですか。ありがとうございます」

美香「よかったね、お父さん」

六車純「…ああ、よかったよ」


その後、いくつかの検査が終わり、疲れているところに娘と妻が来訪した。


諒子「それで…なぜ自殺なんてしようとしたの?」

美香「そうだよ、お父さん。来月孫も生まれるのに、なんでこんなことしたの!?」

六車純「違う、違う、誤解なんだ」

諒子「何が誤解ですって! あんな高いビルの屋上に行くって、自殺以外考えられないでしょ!」

六車純「そこは説明するから…」


と事情を話そうとした瞬間、ドアのノック音が聞こえた。


諒子(小声で)「あとでちゃんと説明してもらうからね!」


恐ろしい…。ちゃんとした理由を話さないと、ボコボコにされそうだ。



ドアが開く音とともに、刑事らしき男2人が現れた。


田中「どうも、刑事の田中です。そしてこちらが部下の高橋です。1週間前の件でお聞きしたいことがありまして、お時間よろしいですか?」

六車純「はい。覚えている範囲でお答えします」

高橋「あの日、同僚の松井さんと何かありましたか?」

六車純「松井とですか? 確か、仕事終わりに飲みに行きました。仕事のことで軽く口論になり、そのまま解散したはずです。松井に何かあったんですか?」

田中「実はですね、松井さん、あなたと飲んだ後に行方不明になっているんです」

六車純(松井は確かにビルから一緒に落ちたはず…しかし行方不明とはどういうことだ?)

田中「貴重な情報ありがとうございました。また何か思い出したらご連絡ください。それでは失礼します」


刑事たちは足早に去っていった。家族との時間を少し過ごした後、消灯の時間が来た。



やはり、松井のことが気になる。何か思い出せないか──俺はもう一度記憶の整理をしてから、眠りについた。


後日、友人がお見舞いに来たり、仕事の書類を片づけたりしているうちに、あっという間に1ヶ月が過ぎた。



退院の日。

お医者「検査結果に異常はありません。今日で退院できそうですね」

六車純「そうですか。ありがとうございます」

お医者「いえいえ、お大事に」


診察室を出る際、一礼してそのまま後にした。

「今日で退院か…」と病室に戻り、帰宅の準備を始めたそのとき、またノックが聞こえた。


六車純「どうぞ…」


?「失礼します」


見たことのない女性だった。


綾香「はじめまして、六車純さん。松井の妻の綾香です。夫のことについてお聞きしたいことがありまして、本日伺いました。」




綾香は、椅子に腰をかけ、震える手でバッグから一冊のノートを取り出し、テーブルにそっと置いた。表紙には「松井雄也」とだけ書かれている。


綾香「これは……夫の日記です。警察に届けようとしましたが、『行方不明』というだけで――本当は、彼自身が何かを恐れていたようなんです」


六車純(内心)

――松井は最初から“消える”つもりだったのか……



六車純「日記を……?」

綾香「ええ。最後の日付は、『純に真実を話す』――そんなことが走り書きされていました」


俺は固まったまま、綾香の差し出すノートを受け取る。ページをめくるごとに、松井の声が蘇るようで胸が締めつけられた。



綾香「純さん、私は真実が知りたいんです。あの日何があったのか話してもらえますか?夫はまだ──まだどこかで生きているかもしれない」


その言葉を聞いた瞬間、俺は背筋が凍った。松井は警察に「行方不明」とされたまま。だが、行方不明という“結果”と、彼自身の意思は別だ。


六車純「あの日は飲み過ぎてしまい、松井と口論になってしまいました。その後解散しました。これ以上話せることはないです。――」


頭の中で後悔が残る

自分のやってしまった罪の重さを改めて理解した



──綾香が帰った後、六車純はひとり病院の廊下に立ち尽くしていた。壁には「行方不明者掲示板」があり、松井雄也の写真が貼られている。薄暗い蛍光灯の下、写真の中の瞳がじっとこちらを見返すようだ。


ふと、ジャケットのポケットに手を入れると、そこには見覚えのない一枚の紙切れがあった。赤い文字でこう書かれている。


"お前は松井を殺してない"と


一体どうゆうことだ。確かに俺はレンガを当て、その後屋上から落とした。


もう一度だ、もう一度と記憶の整理に入った。

一つの違和感を思い出す。

レンガを投げた時、落ちる音がした後にまた、微かにだが。落ちる音がした。まさか、松井は他殺なのか。


後日俺は有給を使い、レンガを投げた場所にもう一度向かった。


そこが人気少なかった裏路地のせいか、まだ投げたレンガが置かれていた。手触りで分かった、あの時投げたレンガだと。

違和感がある。地面が凹んでいるのだ。

なんだこれは?その違和感について考えながら現場を後にした。



俺は家に戻ってからも、あの凹んだ地面のことが頭から離れなかった。

レンガが落ちただけで、あそこまで地面が凹むものか?

何か違う。まるで「誰かがレンガを拾って、もう一度何かをした」ような……そんな痕跡。


──誰かがいたのか?

あの夜、俺と松井以外に。


曖昧な記憶のなかで、確かに「視線」を感じた気がした。

背後から、じっと覗き込むような、ぞっとする気配。


気になった俺は、松井の失踪当日の目撃情報を探し始めた。SNSや地元の掲示板、なんでも手をつけた。

すると、ある投稿が目に留まった。


「4月×日 深夜2時ごろ、旧中央通りの廃ビルの屋上で争っているような影を見ました。誰かが落ちた気がして怖くなって逃げました」


──日付、時間、場所、全てが一致する。


さらにコメントには、こう続いていた。


「私もその日、あのビルの裏路地で“黒いフードの人物”を見ました。性別はわからなかったけど、細身で、何かを運んでいるように見えました」


黒いフードの人物──

“誰か”がいた。

俺と松井だけではなかった。


あのときの異様な静けさと、確かに感じた気配。

すべてが一本の線につながる気がしていた。



翌日、俺は警察署を訪ね、田中刑事に全てを話した。

例の赤い紙のこと、レンガと地面の異常、そして目撃された黒いフードの人物の存在。


田中は黙って聞いたあと、静かに口を開いた。


田中「……実は我々も、松井さんの自宅のパソコンを解析中に、暗号化されたファイルを見つけました。その中に、こんな一文があったんです」


『純にはまだ話せていない。“見ていたヤツ”のことを。あれは人間じゃないかもしれない』


田中「それがどういう意味かは分かりません。ただ、松井さんは明らかに“何か”に怯えていた。普通の口論や事故では説明がつかない、そういう何かに」


──見ていたヤツ。人間じゃない“かもしれない”存在。


俺は背筋が冷えた。

あのとき、感じた異様な気配。

もしあれが、ただの通行人ではなかったとしたら?


「黒いフードの人物」は、俺たちのあの夜の全てを“見ていた”。

松井はその正体を知っていた?

──いや、知らされていたのか?



廊下を歩くと、病院の掲示板に視線が止まる。

「行方不明者一覧」の中に、今も松井の写真が貼られていた。


と、そのとき。ポケットの中で何かが指に触れた。


──一枚の紙切れ。

見覚えのないもの。

真っ赤な文字で、こう書かれていた。


「まだ終わっていない。次は“お前”だ」


誰が? なぜ俺に?


震える手で紙を握りしめる。

黒いフードの“それ”が、まだどこかで見ている──そう思わずにはいられなかった。



あの赤い紙切れ──「まだ終わっていない。次は“お前”だ」──

それを見た瞬間、嫌な予感が胸を締めつけた。


そしてその翌日、綾香から「もう一度お話ししたいことがあるんです」と連絡が来た。


カフェのテラス席。俺は一人で先に到着していた。

数分遅れてやってきた綾香は、以前よりどこか雰囲気が変わっていた。

目が鋭い。肌には汗がにじみ、無意識に右手を握りしめるような癖。


綾香「……あの日のこと、もう少し詳しく聞かせてください」


俺「もう話した通りです。松井と口論になって、レンガを投げて……その後の記憶は曖昧で……」


綾香「そうですか。では、あなたは”あの瞬間”を、見ていないのですね?」


俺「……何のことですか?」


綾香は小さく笑った。

それは、寒気がするほど冷たい笑みだった。


綾香「私が、松井を“落とした”んです」


俺の心臓が一気に跳ねた。手元のコーヒーカップが震え、わずかに音を立てた。


綾香「あなたが気を失っていた間にね。あのとき、私もあのビルの屋上にいたんですよ。ずっと見てました」


俺「……なぜ……?」


綾香「彼が許せなかったんです。松井は、私の妊娠中に別の女性と関係を持っていた。しかもその女性、職場の部下ですよ? 私の生活を、信頼を、全部壊しておいて、知らん顔」


そこまで言って、綾香はバッグの中から写真を取り出した。松井と若い女のツーショット。笑顔の松井。知らなかった顔だ。


綾香「私は昔、大学でハンマー投げをしていました。全国まで行ったこともあるんです。……重いものを遠くに、正確に飛ばすのは得意です」


俺「……まさか……」


綾香「そう。あの夜、あなたがレンガを投げて気絶する少し前、私は後ろの階段室から屋上に上がってきた。松井があなたの足を掴んでいたその瞬間、私は持参していた金属製の“ハンマー型の錘”を振り抜いて──松井の頭に命中させた」


言葉が出なかった。


綾香「あなたのせいではないんですよ、純さん。だから、あの紙を入れておきました。“お前は松井を殺していない”と」


俺「……なんで?」


綾香「私の過ちを他の人に背負って欲しくなかったそれだけです。」




それだけ言うと、綾香は席を立ち、去っていった。


その背中はどこか、救われたようにも、絶望しているようにも見えた。


──綾香が姿を消したのは、それから数日後だった。

警察は“自発的な失踪”として処理しようとしている。

だが俺にはわかる。あのときの綾香の目は、“すでに終わりを選んだ者”の目だった。



その後、俺は誰にも言えずに、あの日の出来事を胸の奥にしまった。

ただひとつだけ、確かに残っている。


――俺は松井を殺していなかった。

けれど、もう誰もあの日の真相を語ることはない。


ビルの屋上に落ちたのは、松井の命。そして綾香の心だった。



待てよしかし、なんで松井は俺の足を掴んだのか?

ハンマー投げが直撃したはずなのに

なぜあの時目を開けたのか?

なぜ笑ってんだ?

松井の遺体は見つかってない。まさか、

松井は生きているのか?


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