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 本庄先輩からメッセージが返ってきたのは、下駄箱から靴を出して、履き替えている時だった。履き馴らしたローファーに足を入れたところで、制服のポケットが震えた。

『一緒に帰ろうよ』

 相変わらず女にしては素っ気ないような気がするのは、俺の気のせいか偏見か。

 しかもまた七文字だし。

『玄関にいます』

 悔しくて七文字以内にして返信すると、彼女は五分程度で来てくれた。小走りで来る彼女からは、あの簡素なメッセージを打つような雰囲気は一切なく、

「ごめんね。待たせちゃったね」

 と、謝る姿は、立派に可愛い女の子だ。

 俺はいいえ、と一言返すと、一緒に校舎を出て、学校の最寄駅へと並んで歩く。身長が似てるせいか、歩幅をあまり気にせず、けれど少しだけゆっくりと歩く。

 車道を流れる車のヘッドライトが、不規則に当たりを照らし、街路樹の細い枝を揺らした。等間隔に並んでいる街頭は、規則正しく足元や彼女の横顔をオレンジ色に染め、点在する民家の明かりとささやかな家庭の声が、冷たい冬の空気を浮遊する雪虫のように、微かに聞こえてくる。

 俺と本庄先輩は口を結んだまま、ただ並んで歩く。歩幅だけを気遣って。

 何か話した方が良い気がするのは分かっていたけれど、言葉が思い浮かばなかった。何しろ俺と彼女の繋がりは、表で話すには幾分勇気のいるものだから。

「一年生の体育も大島先生なの?」

 そんな俺の迷いを払拭するように、彼女が口を開いた。俺は少しだけ驚いて彼女を見ると、微かに彼女の視線が俺に注がれ、ふっとまた前へ流れてしまう。

「はい、一年の男子は大島です。女子は中野だけど」

「そうなんだ」

 返事に感情は宿ってなかった。

 街頭のオレンジ色の光に、白い車のヘッドライトが重なって彼女を照らすと、そのくっきりとした目鼻立ちが際立った。

「……いつから付き合ってるんですか?」

 俺の問いかけに、彼女は少し考える様に視線を上に向けたり、下に落としたり。どう言えば良いのだろうと、あぐねていた。

「今年の夏休み前に告白されたの」

「え、向こうから?」

 俺は思わず聞き返すと、彼女はしっかりと頷いた。

「終業式の後、呼び出されて。黙っていたら了解って思われたみたいで、そのまま抱かれてた」

 彼女は当たり前の事のように、まるでそれ自体に疑問を抱いていませんと言うように、事務的に言葉を連ねる。

「いや、流され過ぎでは?」

 仮にも副会長をやってる人間が――教師と言う立場の人間が生徒に手を出す事が一番責められるべきだろうけれど――流され過ぎだろう。

 俺は本庄先輩を見つめると、彼女は首を傾げた。

 けれどよく考えると、体育教師と女子高生の対格差では、もしかしたら当時は断ったり否定するのが、怖かったのかもしれない。きっと二人きりだっただろうし、何をされてもおかしくない状況だったはず。

「私、流されちゃうのよね」

 色々と経緯を考えていると、彼女が不意に自嘲的に呟いた。その声音は大島も、自分も悪くないと言いたげな音を含んでいた。

「駄目なの。頼られたり、愛されると、それに私、依存しちゃうのよね」

 彼女は諦めがちに、苦笑いを浮かべた。

「じゃあ、俺にあんなお願いをした理由はなんですか?」

 本庄先輩は、今度は真剣な眼差しで、足元に視線を落とした。

 もし彼女が今まで、流されてしまう性格をしていて、今回も流されて教師と付き合っているのであれば、いつも通りなのだろう。けれど、覗かれるのが好きという訳でもないなら、何故あんなお願いを俺にしたのだろうか。

 ポケットの中で、十一月の空気に悴む指先を握る。こつり、こつり、と靴音と、時折流れていく車の音が、冷たい空気の中で凍り付いて地面に転がる。

「醜いって思われたいの」

 彼女はたっぷりと時間をかけてから、やはり簡素に呟いた。

「汚い女だって、思って欲しいの。貴方に」

「どうして俺なんですか?」

 彼女はまた言葉に詰まった。

 電車の路線を走る音が遠くから響いて、駅前に近づいたせいで、人の往来が多くなる。立ち並ぶ店からは、気の早いクリスマスソングが流れていた。赤や金色のリボンがショーウィンドウを飾り、もみの木が店頭に生い茂る。

 無宗教のくせに、こういう事には気が早い。俺は「クリスマスケーキのご予約受付中!」というホールのショートケーキの写真の添えられたポップを白々しい思いで眺めた。

「なんとなくかな」

 あの後、変な噂も流れなかったし、見つけた貴方を遠くから見ていたら、言ってみたくなったの。

「私の直感は正しかったみたい」

 彼女は立ち止まって笑った。

「お礼したいの。一杯だけ付き合わない?」

 彼女が立ち止まったのは、チェーン展開している大きなコーヒーショップの前だった。

「それくらい自分で払えます」

「私の気持ちの問題なの」

 彼女はそう言うと、十五分だけ、とあどけなく笑った。その笑顔は年齢相応のものに見えて、醜いと俺は思えるだろうかと、少しだけ不安になった。

俺は彼女に腕を引かれるまま店内に入ると、きっちり十五分だけ、一悶着の末、温かい珈琲をご馳走になった。

強がって砂糖もミルクも居れなかった事だけを、少し後悔した。


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