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音声がないと言うのは、良いも悪いも、想像力を掻き立てられる。
放課後、本庄先輩から連絡があった。それは短く「四時半からです」とだけメッセージが入ってきた。男からのメッセージかと見間違える程素っ気なく、無駄を一切省いて、最短の文章を考えた末の結果のような、それでいて、何も考えていないような、人の気持ちを探るには、余りにも短すぎる言葉だった。
七文字だ、七文字。
俺は放課後いつものように、旧化学準備室に籠ると、相変わらず進みの遅い文庫本を開いて、いつもと変わる事のない位置にある椅子に腰を下ろした。今日は昼頃から降り始めた雨のせいで、外が暗く、黄ばんでクリーム色になったカーテン越しからは、うっすらとした光しか入って来ない。静かな深海にゆっくりと沈められていくような感覚で満ちている。ずぶずぶと、沼にはまって引きずられていくような、陰鬱さもある。
俺はスマホの時計を確認した。
四時四十二分。
文庫本を二十七ページで栞を挟み、机に置くと、窓のそばに立ち、薄くカーテンの隙間を作る。窓には小さな雨粒が流れ、多少白く濁ってはいるが、覗くことに関しては、可もなく不可もなくだ。
そもそもの話、俺が見ると言うより、俺が見ていると、本庄先輩が認識できれば良いのだ。
俺は彼女のいる部屋を探した。
心臓が少しずつ、ここにいると主張し始める。悪い事をしているのではないかと言う罪悪感と、言い表しようのない何かが胸の中で心臓の尻を叩き上げてきた。
俺は隙間を見つけた。
曇っている窓硝子を指先で拭くと、ぴりりと冷たさに指先が驚く。幾分良好になった視界の先に、先輩の長い黒髪が見つけた。乱れて床に散らばる彼女の髪、その上に覆い被さる大柄の男。
俺は誰だ? と彼女よりも男の姿に集中した。短い髪に白いジャージ。腕には赤と青のラインが入っている。
あ。
「体育の、大島……」
教師かよ。
見えるのは後頭部とそのジャージだけだが、彼は一体そのジャージを何着持っているんだと思う程それしか着てないと、良く陰口を叩かれている。
彼は彼女を抱き起すと、自身の胡坐を掻いた膝に乗せて、下から彼女を突き上げる。彼女の細い腰がきつく抱かれ、身体が揺さぶられるたびに髪が激しく揺れた。一枚と布を纏わぬ彼女の白い肢体に重なるようにして、雨粒が流れていく。
心臓がいつの間にかせわしなく呼吸を求めていた。興奮とは少し違う何かだった。俺は慌てて自身の下半身を確認するが、特に何も起こっておらず、安堵してから若干男として不安になった。
大島は本庄先輩の胸に、乳を欲しがる赤ん坊のように顔を埋め、なおも激しく責め立てる。鍛え抜かれた彼の強靭な腰つきに、彼女の細い身体が不自然で、愛されているというより、犯されているように見えてしまう。
俺はカーテンを閉めて、スマホを取り出した。
『大島だったんですね』
俺は一言だけ返信した。
そしてカーテンをまた薄く開くと、彼女は大島の頭を両手で抱き締めながら、こちらを見ていた。彼女と視線が合うと、水揚げされた魚のように、心臓が跳ね上がった。
彼女がそんな俺の内心を見透かすように、少し笑って見えたのは、窓を流れる雨粒の歪みのせいだろうか。