ep2.
本庄かなえ。
彼女の名前を聞いた時、それ程深くは考えていなかったが、よくよく考えると、それはよく聞く名前の一つだった。
「あ、本庄先輩だ」
授業と授業の短い休み時間。流石にこの時間もあの教室に行く暇はなく、机で一人本を読んでいると、前に座っていたクラスメイトが、校庭を見下ろしながら呟いた。
「ジャージだと胸の大きさ際立つよな」
「最高だなあ」
そんな会話が聞こえて、視線だけを同じ方へと流すと、次の時間が体育の授業なのだろう。冬に着用する上下青いジャージに身を包んだ女子が、身を寄せ合って、秋を通り過ぎようとしている、季節の風に震えて声を上げていた。
その中に、例外でもなく彼女はいた。周りの女子達に紛れて、背中を丸め、頭一つ小さな女子を抱き締めては、はしゃいでいる姿は、何処にでもいる綺麗な女子高生そのものだ。あんな姿など想像もできない。
「顔も体も良くて、生徒会副会長で、家も金持ち。欠点ってどこだよ。神か」
「神だな」
彼らはぼんやりとそんな会話をしつつも、視線の先は、彼女の豊満な胸に釘付けとなっていた。男の性と言うものか、俺は特に興味もなく、妹曰くの病み系化を更新していく。
俺はカフカの文字を追いかけながら、ふと思う。
もし、この役目が俺ではなく、彼等だったらどうなのだろう。彼等ならばきっと、喜んで引き受けるに違いない。いや、初めは戸惑うかもしれない。けれど、憧れに近い彼女のあられもない姿を、何一つと咎められる事もなく見れるのだ。しかも、そんな彼女が自ら、お願い、という言葉を使って彼らに迫ったら、どうだろう。
断るだろうか。
断らなかったとしたら、一人でお楽しみとするか、又は「良いものが見れる」とネタにして人を呼ぶだろうか。
何故、本庄先輩は俺を選んだのだろう。
この奇妙な関係が成立した当初からある疑問が、頭を擡げて、俺をまた悩ませる。
俺に友達がいないから? いや、そもそもそんな情報わざわざ仕入れるか? クラスでも認識されるような存在でもないのに。
そう、影が薄いどころか認識されるか否かの問題にある俺なのだから、逆に噂などされにくく好都合だったのかもしれない。
俺は自分で考えながら、勝手に一人寂しさを感じてみては、ため息でそれを遮断した。
これ以上は止めよう、自分の存在を否定して自分を傷つけるだけだ。
俺は頷いて、まだ三分の一も読めていない、薄い文庫の文字の羅列に視線を落とした。