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冬休みを終えて一週間。学校の中を漂い、覆い尽くしていた気怠い雰囲気は既に一掃され、廊下や教室に漂う、群青色の空気は、身を引き締める様に冷たかった。
それでも女子のスカートは短くなる一方だし、男子の下らない噂話は加速していくばかり。
俺はようやく残り数ページまで読み終えた本を伏せて、今日も飽きずに低い雲で覆われた窓の外を眺める。
裸の木々が行儀よく、校舎から校門までの道に並び、数名の学生が往来している。きっと受験の時期に突入し、自由登校になった三年生だろう。
ああいう人達は、折角休みになったのに、学校へ何しに来ているのだろう。俺だったら絶対に来ないだろう。
窓越しにも笑い声が届いて来そうな笑顔を咲かせている三人組を眺めながら、俺は人差し指で机の上を撫でる。
ああいう学生生活があったら、俺も少しは違う人生を送れただろうか。面白いと思う事が増えただろうか。今下らないと思ってる話も、面白いと、心から笑えただろうか。
俺は背後で繰り返される、昨日起きただろうクラスメイトの笑い話を聴きながら、ふと思う。
クリスマス、本庄先輩と過ごした時は、何もかもが面白かった気がする。けれど、今は彼らが何故笑う必要があるのかすら分からない。誰かが転んだ事、失敗した事の何が面白いのだろう。
鼓膜に響く笑い声は、何重にも隔てた外の出来事のように他人事で、俺は一人きりなのだと思い知らされてしまう。
思わずポケットからスマホを取り出す。
けれど、連絡なんて誰からも来ていない。
俺は親指をスマホの画面に滑らせて、画面を開く。連絡先一覧には両親と妹、それから本庄先輩。
俺は何を考える訳でもなく、指を滑らせた。
「世界が狭く感じます。何を言ってるんだと思われるかもしれませんが、そう思うんです。
誰が悪いと言う訳でなく、もし悪者を作るとしたら、俺自身だと思いますけれど……。
どうしたらこの世界を打破できるのでしょうか。
本庄先輩と過ごしたクリスマスが楽しかった。今それが支えな気がします。」
送信した後、何を言ってるんだろうと、頭を抱えたが、直ぐに既読のマークが付いたそれに、返信が届いたのは昼休みの終り頃だった。
「何をしていても、私もクリスマスを思い出します。
水族館も、ペンギンも。脂で汚れた指先も、砂糖だらけのコーラも、テーブルに落としたフライドポテトも、そんなものが私の生きてる中で、一番大事な思い出なの。
世界の壁って言うのは、思った程厚くないし、簡単に打破できると思う。でも打破しようと、拳を握るまでが、大変なんだよね。分かるよ。
私もまだ拳を握るまでしかできてないけど、でも、君と一緒なら、何か壊せる気がする。」
そして二通目には連絡が入っていた。
「四時からです」
俺はそれを眺めながら、本庄先輩も今頃拳を握っているのだろうかと考える。いつかその手を振り上げて、大島や母親を殴るのだろうか。誰かに、世界に、何かを叩きつけようと思っているのだろうか。
――俺は?
俺は紙パックを支える自分の右手を見つめる。
骨ばった白い指先は弱弱しく、何かを壊すには適さないような手だった。できるにしても、誰かを殴る様な勢いはないだろう。
俺は机に上半身を伏せると、ため息を零した。
相変わらず外から響いてくる笑い声は、鼓膜に留まり続けていた。