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「初めまして、妹の果歩です!」
人懐こい笑みを浮かべた果歩は、本庄先輩を目の前にすると、若干その笑みに堅さを宿し、
「すっごい美人!」
と声を上げた。
「そんな事ないよ、あ、これケーキ」
本庄先輩は謙遜しつつ首を振ってから、ケーキの入っている白い正方形の箱を差し出してきた。
「ホール?」
受け取ればそれなりに重みがあり、食べられるか? と首を傾げると、
「クリスマスケーキはホールでしょ?」
本庄先輩はさも当たり前であるかのように言い退けた。その彼女を後押しするように、
「そうだよ、ホールだよ! 常識だよ」
果歩は本庄先輩の隣に並んで訴えて来た。ねえ? と言い合い楽しそうな彼女たちを眺めkてから、常識なのか……、と納得して、俺は冷蔵庫にそれを運んだ。
女が二人揃うと、圧迫感がすごいな、割に合わない気がする。
俺は冷蔵庫の中の食材をずらしながら、丁寧に箱を収めると、鍋下のコンロの火を点けた。
クリスマスと言えば外せないローストチキンは駅前の精肉店で予約したものだが、その他のサラダやポトフは、昨夜から用意したものだ。それに添えるパンは、果歩が美味しいところがあると、二駅先の有名なパン屋さんまで足を伸ばし、朝一で手に入れた戦利品。
テーブルの上は一瞬にして、夕食や買い足したお菓子やジュースのペットボトル等で、華やぎ埋め尽くされていた。もうこれ以上何か乗せたら崩れてしまうような危うさまである。
「食べきれるー?」
そんな光景を見て、本庄先輩は灰色のコートを脱ぎながら、テーブルの上を嬉しそうに眺めては振り返る。呆れつつも、何処か声音は喜びが滲んでいるようで、俺達はきっと同じ思いなのだろうなと考えてしまう。
先輩とは同じとならずとも、孤独の形は似ている気がするのだ。だから、きっとこの喜びの形も似ている気がする。俺の一方的な思いでも、そう思うと、心は何処か安堵感で満たされ、今日と言う日を感謝したくなる。
感謝を祈るには良い日だし。
「とりあえず食べてみて、余ったら明日に回すか持って帰るかすればいいんですよ」
彼女からコートを受け取ると、俺はハンガーに掛けて、壁に吊るし、席を勧めた。彼女は果歩の隣に腰を下ろすと、コーラのペットボトルを取った。
「意外です、お茶かと思った」
「今日はジャンキーなの」
にやりと笑う彼女は、いつにも増して、悪戯小僧のようで、その幼さに、俺も果歩も笑って、三人ともコーラで乾杯した。体に悪いものをこれでもかと思う程一杯摂取したい。それが痛快な心地良さで、全身に脂と共にしみわたって行く。俺はローストチキンに齧り付いて、コーラを煽り飲んで、買ってきたポテトフライを食べた。本庄先輩はポトフの野菜を食べてから、チキンを頬張り、唇の端に付いた油を指先で拭きとり、そのままの手でコーラを一気飲みした。
間を開けずに注ぎ足すと、彼女は無邪気に笑って喜んでいた。あの日々が嘘のようで、彼女は昔から俺の友達なのではないかと、錯覚してしまう程、その笑顔は俺の心になじみ、滲み、沁み込んでいく。肌が水をゆっくりと貯える様に、本庄先輩の笑顔が俺の胸の内側に溜まって行く。一雫一雫と、それは確実に俺の中の器に小さな音を響かせながら落ちて行くのが分かった。
「本庄先輩がいるなら、お兄ちゃんと同じ高校に行こうかなー」
「お前の頭じゃ足りないだろ」
言った途端に脛を蹴られた。
思わず顔を歪めると、何が起こったのか察したように、彼女は小さく笑ってから、
「果歩ちゃんがやる気なら、いつでも勉強教えるからね」
と果歩の肩を持つ。
「先輩、果歩を甘やかさないで下さい。こいつ、ただでさえ我儘なんです」
「お兄ちゃんに言われたくない」
「俺のどこが我儘なんだよ」
ああ言えばこう言うという、終わりの見えない応戦を繰り返していると、本庄先輩は食べる手を止めて、俺達を交互に見てから、控え目に笑った。ふふ、と零れ落ちたささやかな笑みに、俺達の下らない罵り合いがふ、と蝋燭の火が消えるかのように止んだ。
「良いなあ、私兄弟とか居ないから、こういうやり取りはちょっと羨ましい」
「そうですか? あったらあったでうざったいですよ」
「うざいって思えるのも幸せだからだよ」
彼女の何気ない一言が、ゆっくりと心の奥底にある海に沈んでいく。それは、何気ない重みなどない言葉のはずなのに、深く深く、俺の身体の中心に近い部分へと向かって、静かに潜り込んでいく。
「だったら妹お貸ししますよ。一年くらい」
「お兄ちゃん!」
憤慨した果歩の足が俺の脛を蹴って、また本庄先輩が嬉しそうに笑った。