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本庄先輩が一番の目的にしていたペンギンは、屋外の寒空の下にあった。仮の岩場でひしめき合うペンギンたちは、身を寄せ合ったり、海に飛び込んだりと、思い思いの生活に勤しんでいる。身体を左右に大袈裟に振りながら、短いその足でゆっくりと行進しては、飼育員の後ろをついて歩くペンギンも居た。
「可愛い」
彼女は水垢のついた水槽に張り付くようにして、岩場で身を寄せ合うペンギンを、真剣な眼差しで見つめていた。
「可愛いんですか?」
生憎彼女の言うカワイイを見出せないまま、俺はその柔らかそうな丸いフォルムを眺めた。つぶらな黒い眼差しが、冬の白い太陽の光を反射して、てらてらとその短い毛並みと共に濡れ輝いている。
「ペンギンを可愛いって思わない人いるんだ」
「そりゃまあ、好みってもんがありますしね」
そう彼女の驚きに返すと「ふうん」と素っ気ない返事をされてしまい、自分の回答にミスがあった事を自覚する。
彼女の可愛いを否定するつもりはなかったけれど、結果として、本庄先輩にそう思われてしまったかもしれない。
俺は彼女の隣に並びながら「まあでも」と言葉を慌てて繋ぐと、まだ用意できてない言い訳の言葉を、頭の中で必死に探し回る。
「あー、あ、目とかかわいいと思います。なんか黒豆みたいにてかてかして」
――何言ってんだろ。
心の中で、間髪入れずに自身で突っ込んでしまう。
「……黒豆」
自分が放ったとは言え、恥ずかしくて堪らなくなり、俺は「嘘です」と、彼女から顔を背けて、ペンギンを眺めた。俺の気持ちなんてつゆ知らずという顔で、ペンギンたちは冬の温かい午後の陽射しを受けて、微睡むように目を細めていた。黒豆みたいな小さなつぶらな瞳で。
わずかな沈黙が一秒ごとに重くなるのを感じていると、ふいに彼女の唇から、ふっと息が洩れて、それはゆっくりと微笑から笑顔へと変化していき、
「そんな例え、思いつかなかったな!」
本庄先輩は楽しそうに笑った。俺の羞恥心と引き換えに。
彼女の目尻に浮かぶ涙を眺めながら、俺は「笑わないでください」とも言えずに、口をむぐむぐと動かして、彼女を眺めた。
まあ、笑ってくれるなら良いかなという気持ちが優先して、そこに水を差す事は言いたくなかった。
「ありがとう」
不意に言われたお礼に何に対してだろうと考えたけれど、先輩が少しだけ幸せそうに見えたので、聞くのは野暮だろうなと思い、いいえと首を横に振るだけに留めて置いた。
「次見に行こう」
そう言って服の裾を引かれる。
俺はその弱い力に従いながら、彼女の隣を歩いた。
真上から俺達に、スポットライトを当てるように冬の温かな太陽が降り注ぐ。俺達の世界にこんな温かいものがあるなんて、初めて知ったような気がした。