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クリスマスまでの間、俺達に変化と言うものは訪れなかった。訪れないと言うよりも、それを寄せ付けるような事はしない、と言った方が正しい気がする。
俺の読書は一向に進まず、彼女と大島のセックスも定期的で、勿論、俺と彼女の関係も平坦そのものだった。本庄先輩達の行為を見守り、その後一緒に珈琲を飲みに行く。
さすがに毎回は心苦しいと申し出たが、当たり前の報酬で、安過ぎる位だと言ってきかない。
俺も金がない訳ではないのだ。どちらからと言うと、お金で全ての愛情を解決しようとする親のお陰で、財布回りは潤っている。
「本庄先輩って、大島が何人目の彼氏なんですか?」
クリスマスが明日と迫った放課後、俺達はいつものコーヒーショップで、いつもの熱い位の珈琲を飲んでいた。今日は席がカウンターしか空いてなかったので、右隣に、いつもより近い距離で先輩がいる。
彼女は長い髪を左右に揺らしてから、
「三人くらい?」
と呟いた。
思ったよりも少ない数字に、言葉が詰まると、彼女はそんな俺の気配に気付いたのか、
「十人、二十人って言うと思ったんでしょう?」
眉間に皺を寄せながら、そう詰めるように顔を寄せて来た。思わず背を反らして、近寄った分距離を取ると、
「意外とお付き合いする事はあんまりないんだよ」
少し得意気な声音で、本庄先輩は笑ったが、それは言い換えてしまうと、お付き合いするという関係に至るまでの事はないが、……という事だろうか?
下世話な想像をしてから首を振ると、
「意外と少ないって思ったのは事実です」
と認めた。
「その中でちゃんと好きだった人は居ますか?」
俺の問いかけに、彼女は紙コップの中の珈琲を揺すりながら「うーん」と短く唸った。口元には曖昧な弧を描く笑みが、お情けのように浮かんでいる。
「好きって分からないから」
彼女は考え抜いた末にそう呟いた。
「じゃあさ、きみは好きな人いる?」
まさか質問が返ってくるとは思わず、俺は少しだけ困惑した。
自分でしておきながら、随分と意地の悪い質問のような気がして、彼女と同じように唸ると、俺は誰一人として思い浮かばない胸の内を寂しく思った。
「んん、妹ですかね」
「禁断の恋とか?」
「ご期待に添えないのですが、家族愛です」
神妙な顔をしている彼女にきっぱりと言い捨てると、本庄先輩は笑った。それから背凭れに背中を預け、
「難しいよねえ」
と、独り言のように呟いた。
難しい。
人を好きになるという事は難しい。
「こう、スイッチがあったら良いのに。この人を好きになります、っていうスイッチ」
彼女はどうだと言わんばかりに提案をしてくるとので、意地悪半分興味半分で、
「もし押せるなら、誰に押します?」
と聞いてみた。
「そうね、きみ……とかな?」
考える素振りなく言われてしまうと、それはそれで鼓動が簡単に煩く跳ね上がるものだから、俺は自ら地雷を思い切り踏みつけたような心地で居たたまれなくなった。
「本庄先輩に押して頂くなんて、恐れ多いので、丁重にお断りいたします」
「振られた―」
本庄先輩はけらけらと笑った。
まるで爪の先ほども傷付いていないと言う声で。俺はそれが良いのか悪いのか分からないまま、けれど分からないままで良いような気がしながら、一緒に少しだけ笑った。
上手く笑えているだろうか。