.
妹に放課後の件を伝えると、嫌がる素振りどころか、
「お兄ちゃん、ついに彼女?」
と、俺をおちょくるネタを得たと言わんばかりに、本庄先輩の存在を喜んだ。元々人見知りをするようなタイプではないのは知っていたが、二つ返事で了承を得てしまい、気が抜けてしまう。
俺はこんなに対人関係が下手だと言うのに、果歩はどうしてこんなにも社交性が高いのか。同じように暮らしているはずなのに、謎だ。
そしてその内容を本庄先輩に翌朝メッセージを打ち込むと、すぐに返信が来た。
「すごく嬉しい! ありがとう。私がクリスマスケーキ用意したいんだけど、いいかな?」
普段と違い、何とも女性を感じる文面に、俺は少しだけどきりとしてしまう。
きっとそれだけ嬉しい事なのだろう。
「じゃあ、料理はこちらで用意しますので、クリスマスケーキは宜しくお願いします」
そう返信すると、可愛いうさぎが、「オッケー」と両腕で丸を作っているスタンプが一つ、ぽこん、と浮き出た。
女の子らしいところもあるじゃないか。
一見クールそうな彼女からは想像つかない、可愛いうさぎのスタンプに、俺は少し笑ってから鞄の中にスマホを突っ込んだ。
俺は埃を払った一脚の椅子を引くと、腰を掛けて文庫本を開いた。
十二月となった空き部屋は、暗く冷気がずしりと沈み、暖房器具なんてものは既に化石となって、埃と段ボールの地層に埋もれている。
俺はマフラーを首に巻いたまま、いつもの場所でページを捲った。
ページはあれからもやはり、なかなか進まずにいた。これはもう相性の問題ではないだろうか。俺はそんな事を思いながら、文字の羅列を追って行く。そして、カーテンの隙間から少しだけ顔を出して、曇りガラスを指先で擦った。乳白色の汚れが伸びるだけで、綺麗になどなりはしない。
けれど、鮮明じゃない方が逆に良い。俺にとって、大島と本庄先輩の行為をまじまじと見るという義務はないのだから。
見ると、見られる。
それだけなのだから。
そんな事を思いながら、俺は不意に、ぼんやりと曇りガラスに映った自分の顔を見つけてしまう。そこには思ったよりも情けない顔をした自分がいた。具体的にどこがどう情けないという理由は上げられないけれど、どこか心細いと言いたげな、捨てられた犬みたいな目をした自分がそこにいるのだ。
俺は指先で窓ガラスに渦を描いた。するとガラスは俺の姿を曖昧にして、その渦の中に隠してしまう。
本庄先輩はあと十分としない内に、あの部屋で裸になり、当たり前のように抱かれるんだ。
そう思うと、何故か心の内側が騒めいた。ゆっくりと毛並みに逆らう形で撫でられるような不快感。
俺は首を振って、カーテンを閉めると、彼女にメッセージを送った。
「ケーキは苺が乗っているのが良いです。妹の好物なので。」
――そのメッセージを送ってから二時間後、
「終わったよ、帰ろう。苺のケーキね、任せて!」
と返信が来た。
俺は一ページも読み進められなかった文庫本を閉じて、鞄を肩に掛けた。