おいしい影の食べ方
「次は…くんが鬼だよ」
まだ幼い声が静かに夕前の公園に響く
「踏まれてないよ」
もう一つの幼き声が時を置いて重なる
踏まれてない
それは間違いないと思う
「ふふっ」
妖艶な笑みと共に少女だったはずの“それ”は女性の声で語る
「貴方の心の影を踏んだのよ」
心の影?何だそれは
「そんなルールはない筈だ…」
先程の声とはまるで別物の変わりを経た囁きは、いつしか暗闇に包まれた公園に溶けていった。
「仕方ないじゃない。今の貴方、心の影の方が大きいのだから。」
汗がぶわっと吹き出し、重たい瞼が開く。
そこは見慣れた天井だった。
…夢か
夢に図星を突かれた事に驚いたが、よく考えれば自分の夢だから成せた業であろうと思い直す。
もうじき自分を殺すのだから。
少なからずその事に罪悪感を感じたのだろう。
ここまで無償の愛で育ててくれた親を裏切るのだから。
だが、仕方ない事なのだ。
こればかりは誰かが解決してくれたりはしない。
しかし不思議な感じの夢を見たものだ。
未だ刻銘に夢の情景が思い浮かぶ。
最期の夢になるのだろう。
まだ醒めきっていない頭で思案を巡らすうちに意識はまた深い闇へと引き込まれていた。
夢は見なかった。
第一章
『影喰い』
どうしてこんな事になったのだろう。
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