第八話 朝から絡まれるなんてツイてない
ピロリロリロン
「おはよう、マコ」
「あ、トオル。おはよう。」
朝七時。いつものようにコンビニ『ロッソン』でマコがバイトをしていると、トオルがやってきた。トオルもマコと同じ大学に通う経済学部の一年生で、このコンビニのアルバイトの1人なのだが、平日の朝は常連客としてやってきている。
「いつものよろしく。」
「はい、もう出来てるよ。」
そう言ってマコがカウンターにホットコーヒーのMサイズを置く。トオルは毎朝決まってこれを買いに来るのだ。今は暑い季節なのだが、彼曰くおなかが弱いせいで冷たい飲み物が飲めないらしく、アイスコーヒーは飲まない。
「ええ!?早くない!?」
トオルがポケットから財布を出しながら、目の前に置かれたコーヒーを見て驚きの声を上げる。
「だってさっき入り口の近くで猫になでなでしてたの見てたから、もうすぐ来るだろうなーと思って。」
「うわ、見られてたんだ。恥ずう…」
「まあ、こんな朝早いと他のお客さんもいないし目立つからね。」
マコはそう言って店内を見渡す。客はトオル以外には見当たらない。
「はい、150円。」
「はい、ちょうどいただきます」
マコはトオルから百円玉と五十円玉を受け取ると、レジに流し込んだ。レジがガラガラと音を立てる。
「レシートです」
「どうも」
トオルはマコからレシートを受け取ると、財布にしまい、ポケットに入れた。
「じゃあまた学校でな、マコ。」
「うん、二度寝しておくれないようにね、トオル。」
「いや、さすがに今からもう一回は寝ないよ!」
トオルが後ろを向き、手を振りながらコンビニを出て行く。マコも小さく手を振った。
そしてトオルが出て行ったあと、バックヤードから一人の女性が出てきた。マコの方を向いてニヤニヤしながら話しかける。
「マコちゃん、いつの間にトオル君と呼び捨てで呼びあうようになったの?」
彼女の名はサオリ。マコの一つ上で、同じ大学の子ども教育学部に通っている先輩だ。
「いや…同い年なのに君づけするのめんどくさくなったので。」
「ふーん?そういうことにしとくか~。」
「どういうことですか…」
サオリは笑いながら、バックヤードに戻っていった。
その数秒後。
「マ、マコ!!」
「え!?トオル!?」
さっき出て行ったトオルが、再びコンビニに戻ってきたのだ。彼は大きく息を乱し、だらだらと汗をかいている。
「なになに、どうしたの?」
「あ、あっちに、やばい奴が…」
そう言ってトオルは入り口の方を指さした。マコがその先を見ると、外の駐車場の隅の方に、一人の女と小さな女の子がいた。
「え、あの子、この前ハラパンマンチョコ買いに来てた子じゃない?」
そう、小さな女の子は、少し前にこのコンビニへ来て、弟の誕生日プレゼントとしてハラパンマンチョコを買いにやってきていたのだ。
「トオル、あの時『代わりに買ってきてやる!』って意気込んだのに買うの恥ずかしすぎて不審者みたい
になってて面白かったよね…プッ」
マコが思わず吹き出す。
「わ、笑ってる場合じゃねえよ!!あの女、絶対ヤクザか番長か何かだって!!!あんな小さな子に向かって、何かする気じゃないのか!?」
トオルがさらにカウンターに近づいておびえている。
「うーん、確かに『夜露死苦』って書いてあるスカジャン着ててめっちゃ典型的だけど…」
その女はしゃがんで女の子と何かを話している。脚を広げて、まるでヤンキーのような座り方だ。そして話し終えると、女がコンビニに向かって歩いてきた。
「やばい、こっちに来るぞ!!」
トオルがカウンターの中に入ろうとする。
「あなたは今お客さんだからだめです。」
マコがカウンターの入り口に立って邪魔をする。
「そ、そんなあああああ」
「なんか騒いでるけど、どうしたの?」
そう言いながら、サオリがバックヤードからカップ麺が大量にはいった段ボールを持ってきて、店内へ入っていく。それを見てトオルがサオリのほうへ駆け寄っていく。
「サオリさん!!今危ないです!!バックヤードに戻って!!」
「え?なんで?」
「いいから!!」
ピロリロリロン
サオリがバックヤードに戻れないまま、女は、とうとう店内に入ってきてしまった。サオリは彼女の姿を見て、「うそお…」と言葉を漏らし,段ボールを落とすほど動揺している。
女は意外と身長が高かった。マコ、トオル、サオリの誰よりも高く、近くで見ると威圧感がすごい。
トオルとサオリは、店内の後ろの飲み物コーナーのあたりに立ちつくし、動けなくなっていた。
「いらっしゃいませー」
マコはどうして平然としていられるのか。
女はお菓子コーナーの方へゆっくりと近づいた。そして商品を眺める。顎をあげて、見下すような見かただ。お菓子たちもびっくりして固まっているように見える。
女は一通り見た後、少しあたりを見渡した。そしてトオルとサオリを見つけると、二人の方へ向かってゆっくりと歩いて行った。
「「!?」」
二人は女の威圧感から、その場から動くことができなかった。額から流れる汗をぬぐうこともできず、ぽたぽたと地面に落ちていく。
「…あ、あのう」
トオルがやっとの思いで蚊の鳴くような声を出す。
「お、俺たち金とか全然持ってない…というか…その……」
そう言っている間にも、女はどんどん近づいてくる。
「だ、だからその…見逃して…ほしいっていうか…」
トオルがそこまで言うと、女は二人の目の前でピタッと止まった。トオルとマコはごくりとつばを飲み込み、覚悟した。金を出せと脅される…?それとも何か悪いことをした…?それとも白い粉を渡される…?それとも……
「おい、このコンビニにハイキンマングミ置いてないか。」
「「……え?」」
「二人とも、おびえすぎです」
マコがため息をつきながら、レジ打ちをする。女は、さっき店の外で女の子に頼まれてハイキンマングミを買いに来ただけなのだった。
「だって、背高いし!!」
「お、俺はそんなに…」
「いや、お前さっき金持ってないみたいなこと言ってただろうが。」
「ひ、ひええすみません!!」
三人のやり取りを見ながら、マコが言う。
「全部で五百円になります。」
女が財布を取り出し、百円玉をジャラジャラとカウンターに並べる。
「ちょうどいただきます。」
レジを済ませ、女がハイキンマングミを右手で鷲掴みにする。
「あの、さっきは誤解してすみませんでした。」
トオルが頭を下げる。
「別に。よくある話だ。なぜかよくヤンキーとかヤクザに間違えられる。」
そのスカジャンを脱いだらいいのでは…とトオルは思ったが、また何か言われそうだったので黙っておいた。
「ところで、お前らどっかで見た顔だな。」
「「ええ!?」」
トオルとサオリが驚きの声を上げる。
「どこかで会いましたっけ??」
トオルが目を見開く。
するとカウンターの中にいたマコが、口を開いた。
「あの…もしかして、床野大学の学生さんですか…?」
「ああ、そうだが」
「「ええええええええええ!?」」
「うるせぇ静かにしろ」
そう言ってから、女は、はぁ、とため息をつくと、
「私は床野大学経済学部の二年だ。なぜそんなに驚く。」
「あ、あの、俺とその子が同じ大学で同じ学部の一年なんです。」
「私は子ども教育学部の二年です!」
今度は女が少し驚いた顔をする。
「そうか!お前らも同じ大学だったのか!じゃあまた皆でどっか遊びに行こうぜ。」
そう言って女はポケットからスマホを取り出した。
「ライメ、交換しようぜ。」
――『リョウカ と友達になりました』
「いやあ、今朝は散々だった…」
「そうだね、一人で命乞いしてたよね」
「言い方!!」
ここは床野大学。マコとトオルは、今日は一限目に同じ講義を受講するため、同じ教室で講義の準備をしている。
「マコ、おっはよう!」
「あ、ナホ!おはよう!」
今やってきた彼女は、マコと一番仲の良い友達だ。
「あ、トオル君またクマのぬいぐるみ横に座らせてる~。ハートちゃんだっけ?」
「本当にその名前やめない?」
「やめない!」
マコがきっぱりと言い放つ。
「もう…俺呼びにくいからハトって呼ぶわ。」
「何それクマじゃないじゃん!!」
ナホが突っ込みながらマコの隣の席に着き、カバンから教科書を取り出そうとする。すると、教室の入り口の方から、「おーい!」という声が聞こえた。
「げっ!!あれは!!」
トオルが素早くマコとナホの方を向く。
「なあ、今日の一限の講義って、他学年も一緒に受けるやつだったっけ??」
「え、そうだけど」
マコが答える。ナホが「どうしたの?」とつぶやく。
例の彼女が、トオルの近くに近づいてきて、トオルの席の隣のハートちゃんを鷲掴みにした。
「リョウカさん…やめてください…!」
トオルが蚊の鳴くような声で必死に訴える。
「男が女々しいな。こういうのは堂々とさせるべきだろうが。」
そう言ってリョウカは、ハートちゃんを机の上にどん、と置くと、自分は当たり前のようにトオルの隣に座った。
「あ、トオル良かったじゃん、隣で講義受けてくれる人ができて」
「トオル君、こういう人と友達なんだ、すごい意外…」
「いや、あの…引かないでえええ!?」
トオルは朝だけでなくその日一日、散々な目に合うのだった。
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次回の投稿は諸事情により、11月中旬頃になります。よかったらまた覗きに来てください!