第二話 蜂退治で一大事
マコは今日も朝七時から、コンビニ『ロッソン』でバイトをしていた。
ピロリロリロン、ピロリロリロン
客が入ってきたようだ。マコは自動ドアの方を見る。白いパーカーに黒い長ズボン姿の若い男が立っていた。
「あ、トオル君おはよう」
「おお…、おはよう」
彼はマコと同じ大学に通う同級生で、いつも七時ごろにやってきてホットコーヒーのMサイズを買っていく。マコはコーヒーの準備をしながら、昨日の騒動を思い出して、思わず吹き出してしまう。
「プッ…あははは」
「あ、昨日のこと思い出して笑ってるんだろ!!…もう!恥ずかしいから思い出させるなよおおおお!!」
トオルは顔を真っ赤にしている。彼は昨日、教科書に見せかけた日記帳をこのコンビニに忘れていってしまい、それを店員と店長に見られてしまうという失態を犯していたのだった。
「今日は友達出来るといいね…プッ」
「もうやめてくれええ!!」
トオルは叫びながらポケットから財布を取り出す。しかし動揺して落としそうになっている。
「あ、トオル君じゃん!おはよう…プッ」
「みんな笑うなよおおお!!!」
笑いながら店員用の扉から出てきたのは、マコの一つ上の先輩、サオリだった。お菓子が大量に入った段ボールを抱えている。品出しをしてくれているようだ。
珈琲の機械がピーッという音を鳴らす。ホットコーヒーが完成したようだ。マコは機械からコーヒーの入ったカップを取り出し、蓋をかぶせる。トオルはいつもブラックを頼むので、ミルクは入れない。完成したコーヒーをカウンターに持っていく。
「150円になります。」
「あ、はい。」
トオルが財布から百100円玉と50円玉を取り出す。
「ちょうどいただきます」
受け取ったお金をレジに流しいれると、レジがガラガラ、と音を立てる。
「レシートになります」
「ありがとう」
トオルはレシートを受け取ると、財布にしまってからコーヒーを持つ。
「トオル君、また大学でね」
「お、おう!」
マコの言葉をきいてトオルは嬉しそうな顔をしている。
そしてトオルが自動ドアから出て行こうとしたその時だった。
ブー―――ン
「うわあああああ!!!!!」
トオルがすごい勢いでこちらまで戻ってきた。
「え!?どうしたの!?」
マコが驚いて少し後ずさる。
「あれ!!あれを見ろ!!」
トオルが指をさした方向を見る。そこにいたのは、一匹の蜂だった。
トオルが出て行こうとしたときに、開いた自動ドアから入ってきてしまったのだろう。
蜂はしばらく自動ドアの近くで旋回した後、店内を巡回し始めた。
「きゃあああああ蜂!!!」
お菓子コーナーのところでサオリの悲鳴が聞こえる。品出しをしているところへ蜂が飛んできたようだ。
サオリはお菓子の入った段ボールを放り投げ、マコのいるカウンターまで走って逃げてきた。
「いやああああ蜂いやだああああ!!!」
「落ち着いてください先輩」
マコが飛びついてきたサオリを宥める。
「オレもカウンターの中に入れてくれよ!!!」
「いや、関係者以外立ち入り禁止なので」
「そんなああああああ」
二人が叫んでいる間も、蜂は自由に店内を飛び回っている。
「どうしたんだい、みんな」
店長が顔を出す。
「てんちょおおお!!蜂が!!!」
サオリが蜂の方を指さして叫ぶ。蜂が飛び回っているので、サオリの指もあっちに行ったりこっちに行ったりして騒がしい。
「うわあああ俺だけカウンターに入れないいいい」
トオルがカウンターにしがみつくようにして半泣きしている。
「ちょっと二人とも落ち着いてください!蜂は特に何もしなければ勝手に出て行きますから」
マコが必死に二人を宥めている。しかし二人はパニックになっており、マコの言葉はまったく届いていない。
「うーむ、このままではお客さんも驚いてしまうな。…よし、少し待っていてくれ。」
店長はそう言うと、再びバックヤードへ戻る。
「店長早く――――――!!」
「うわああもうだめだあああ」
「いいから落ち着いてえええ」
三人が騒いでいると、しばらくして店長が戻ってきた。右手に殺虫スプレーを持ち、左手に虫取り網、肩に虫取りかごをかけている。
「店長、退治したいんですかそれとも飼いたいんですか。いや、飼うのは危険なのでやめてください。」
マコが店長の格好を見て言う。店長は、マコの方を振り返り、真剣な顔つきになる。
「退治したあと標本にしようと思う」
「そ、そうですか…。」
店長はそれだけ言うと、カウンターから出て行った。店長は謎の多いおじさんである。
蜂は、雑誌のコーナーのところで一休みしていた。
「蜂よ、覚悟しろ!」
店長が殺虫スプレーを噴射する。しかし、蜂は直前に店長に気づき素早く逃げていた。
「くっ、逃げられてしまった。」
「店長危ない!」
マコが叫ぶ。
逃げた蜂が戻り、店長の首の後ろめがけて飛んできたのだ。
「ふん!!」
店長はマコの声を聞き即座にしゃがみ込み、蜂の攻撃を回避した。しかし蜂は素早く方向転換をし、再び店長に襲い掛かる。それを虫取り網でガードしそのまま攻める店長。つかまってはいけないと逃げる蜂。そこにすかさず殺虫スプレーをかける店長…。
「え、店長すごくね。」
店長と蜂の戦いを見たトオルは驚きのあまり冷静さを取り戻していた。
「さっき『標本』とか軽く言ってたし、もしかしてよく虫取りしてるのかな。」
マコも店長の様子を見てつぶやく。
「いっけえええ店長!!!」
サオリはまだ、熱が冷めないようだ。
「蜂はもう店長に任せて、仕事進めますよ」
マコがバックヤードの方へ歩いていく。
「ええ!?この戦いを見ないの!?」
「今仕事中ですから!」
サオリは不満そうだったが、頬を膨らませながらしぶしぶお菓子コーナーの方へ戻っていった。トオルも、「じゃあ大学に行く準備あるから帰るわ」といって自動ドアの方へ向かっていく。
マコはカウンターの奥で、『からあげちゃん』を揚げる準備をすることにした。油と、からあげちゃんの入れ物が十分に足りていることを確認する。店長と蜂はその間にも激戦を繰り広げている。
すると突然、蜂がトオルに気づき、トオルの方へすごい勢いで飛んでいった。
「わああああああ!!!!」
「すまない、トオル君!逃げてくれ!!」
店長も叫んだ。サオリも驚いてトオルの方を見る。
トオルは突然のことにビックリして白目をむき、後ろにのけ反り、リンボーダンスのような格好になっていた。その結果蜂の攻撃を回避できたが、蜂はその勢いのまま、カウンターの中まで入ってきてしまった。
「マコちゃん危ない!!!!」
サオリが叫ぶ。その声で、からあげちゃんの準備をしていたマコも、蜂がやってきたことに気づく。
「え、嘘でしょ!!??」
勢いよく飛んできた蜂。店長との戦いで戦意がむき出しになっている。狭いカウンターの中に逃げ場はない。もう、どうしようもない。マコが刺されることを覚悟し、ぎゅっと目をつぶったその時。
ジュ――――――
何かが揚がる、いい音がした。マコがゆっくりと目を開けると、そこにはからあげちゃんと一緒にこんがりと焼かれていく蜂の姿があった。
「そ、そんなことある…??」
困惑するマコのもとへ、店長とサオリが駆けつけ、目を見合わせた。
ピロリロリロン、ピロリロリロン
入ってきた客が、自動ドアの前で大の字になって失神しているトオルを見て、悲鳴を上げていた。
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