第一話 なんか気になる忘れ物
ピロリロリロン、ピロリロリロン
「お疲れ様です。」
「マコちゃん、お疲れ様。今日もよろしく。」
朝の7時。コンビニ『ロッソン』の自動ドアから中に入り、店長にあいさつする。マコは、今年で20歳の大学生だ。経済学を学んでおり、将来飲食店を経営するという夢の為、コンビニでアルバイトをし経験を積んでいる。
マコは仕事着に着替え、レジに向かう。
「お疲れ様です、サオリさん」
「お疲れ、マコちゃん!」
先にレジで仕事を始めていた先輩がマコの方を振り返り、ニコッと笑う。サオリはマコの一つ上の先輩で、同じ大学に通っている。
「今日も頑張るぞー!」
「サオリさんはいつも朝から元気でいいですね…。」
「マコちゃんも気合入れて行こう!」
「いや眠いですよ…。」
サオリがレジのお金を数え始めたのを見て、マコも雑巾を手に取り、絞る。眠気と闘いながら、レジの拭き掃除をしていると、一人の客がやってきた。白いパーカーを着て、黒いズボンをはいている。
「おはよう!いつものおねがい!」
「おはようございます。コンビニでいつものっていう人たばこ以外にあんまりいないと思いますよ。」
マコがそう返すと、男は「そんなことないさ!」と笑いながら財布を取り出す。そう、この男は毎朝7時近くにこのコンビニにやってきて、ホットコーヒーのМサイズを注文する常連だ。春夏秋冬いつでもホットコーヒーなのである。かつて彼に質問したときは、おなかが弱いらしく、冷たい飲み物はあまり飲まないのだと答えていた。
「はい、いつものコーヒーМサイズです。」
「おう、ありがと!」
男はレジで支払いを済ませると、そそくさと店を後にした。それにしても、毎朝朝早くから歩いて同じ時間にコンビニまで来て、決まってコーヒーを買っていく人はそうそういない。このコンビニの近くに住んでいるのだろうか。
「あれ、今のお客さん、教科書忘れて行ったみたい。」
サオリが気づいてマコに知らせる。マコはその教科書のタイトルを見て驚いた。
『経済学Ⅱ』
自分が大学で使っている教科書と全く同じだ。端の方に、「トオル」と名前が書いてある。Ⅱ、ということは、自分と同じ二年生ということになる。同級生だったのか。大学は人が多く、授業によって一緒に受ける人も変わるため、まだまだ知らない人も多い。
「これ、私が今使ってる教科書と全く同じですね。」
「え、そうなんだ!そっか、マコちゃん経済学部だもんね。」
サオリがびっくりした表情を浮かべている。サオリは同じ大学だが、子ども教育学部に所属しており、保育士を目指している。マコとは違う学部なのだ。
「多分あとで取りに来ると思うので、バックヤードに置いておきますね。」
「わかった」
マコは教科書をバックヤードに置くと、レジの拭き掃除を再開した。
しばらくして、マコが、ホットケースの『からあげちゃん』を揚げる準備をしていると、例の男がやってきた。
「いらっしゃいませ」
「あ、あの…さっき教科書を忘れて…」
「ああ、少々お待ちください。」
マコはそう言って、バックヤードから教科書を取ってきた。
「こちらでお間違いないですか」
「あ、ああ」
そう言いながら、男はコクコクとうなずく。なんだかさっきやってきた時と様子が違う気がする。額には冷や汗が垂れており、息が荒い。走ってきたのだろうか。
「あの…、大丈夫ですか。」
「え、ええ!?な、何のことだ??」
男は明らかにびっくりした様子だ。マコは、もしや、と思い、男の体をじっと見る。
コンビニで盗みをしようとする人は度々いる。最近も、ジュースが時々なくなっていたことがあり、実はある小学生が盗んでいた、という事件があった。保護者に連絡し、今までに盗んでいたジュースの代金を支払ってもらって事なきを得たが、それから不審な動きをする人物には注意をするようにと店長から聞いている。
「そ、その教科書もらっていいか…?」
男が口を開く。マコははっと我に返り、紙とペンを取り出す。
「あ、はい!こちらに住所とお名前をお願いします。」
男は「わかりました」と言って紙とペンを受け取った。指名の欄に「トオル」と書き、続けて住所も書いていく。マコはその間にもう一度男の様子を観察する。男は手ぶらで、ポケットにもスマホと財布だけが入っており、特に何も盗んではいないようだった。しかし、ペンを持つ手が小刻みに震えているのが妙に謎だった。
「あの、本当に大丈夫ですか?体調悪いんですか?」
「そ、そんなことはない!別に元気だぞ?」
いや、目力がすごい。
「それならいいのですが、もしかしてさっきのコーヒーが何かいつもと違ったとか…」
「いや!?おいしかったぞ!」
「そ、それはありがとうございます?」
遠くで商品の陳列をしているサオリもこちらの様子が気になったようで、レジに戻ってきた。
「マコちゃん、この人なんかおかしくない?」
サオリがマコに耳打ちする。
「はい…なんか挙動不審っていうか。でも何も盗んではいないみたいで。」
マコも答える。一体どうしたのだろうか。
男は、目の前にいる店員が二人に増えたことに動揺したのか、さらにそわそわし出した。
「よ、よし書けた。じゃあもらっていくぞ。」
「はい、どうぞ。」
マコが男に教科書を差し出し、男が受け取ろうとしたまさにその時。
別の客が自動ドアから入ってきた。
それとともに、強風が三人を直撃し、教科書のページがパラパラとめくれていった。
「あ、ああああ―――――!!」
男が叫んだと同時に、マコはその内容を見た。
四月三日
大学の入学式があった。
同級生にあいさつをしたが、無視された。
帰って泣いた。
「え、日記…?」
「み、見るなあああ―――――!!!!」
男が手を伸ばす。とっさに、マコは手を引っ込める。
「な、なんでだよ!?」
「いや、なんか続きが気になる…」
「ちょっと、返せよ!」
男の顔がみるみる赤くなっていく。
教科書に見えていたそれは、実は日記に教科書のカバーをつけていたものだったのだ。なるほど、日記だということがわからないように、教科書のカバーはカモフラージュの役割を果たしていたのか。
「なにこれ??」
横からサオリが覗き込む。
「や、やめろおおおお!!!!」
男の大声に気づき、店長も顔を出す。
「どうしたんだい?」
「あ、店長。これ見てください。」
マコが店長の方に教科書…いや、日記を差し出す。
四月十日
そろそろ本当に友達を作りたい。
後ろの席の人に勇気を出して話しかけたら、先輩だった。
え、タメ口?って軽く笑われた。泣きたい。
「どれどれ…プッ」
「笑うなよおおおお――――!!!!」
男はレジのカウンターから思いっきり手を伸ばす。しかし届かない。耳まで真っ赤だ。店長はおじさんだが、若者の日記はやはり面白いらしい。
四月二十日
どうしたら友達ができる?
どの講義でも一緒に受けてくれる友達がいない。
虚しくて最近買ったクマのぬいぐるみを隣の席に置くことにする。
自分でもどうかしてると思う。
ツッコんでくれる人もいない。
寂しい。
五月十日
たまたまからあげちゃんが食べたくなって近所のコンビニに行った。
落とした財布を拾ってくれた親切な店員さんがいた。
久々に同い年くらいの子と会話した…。
感動。
また会えるといいな。
五月十三日
大学であの子を見つけた。
同じ大学の同級生だった。
友達になりたい。
またコンビニ行こう。
「なるほど」
マコが日記を閉じて言った。
男の…いや、トオルの制止を無視してその先もすべて読んだ。彼は手で顔を覆い隠している。
「わ、忘れてください…」
「いや、無理かな」
「うわああああ」
トオルが叫びながらしゃがみ込む。それを見ているマコの隣で、サオリが大爆笑している。店長が「青春だな…」と言いながら遠くを見つめている。
「もう終わった…。俺はどこに行っても友達なんて、親しく話せる人なんてできないんだ。おまけにバカにされて笑われて、どうしたらいいんだ……!」
トオルはもう泣きそうだった。サオリが腹を抱えて笑っている。別の意味で涙を流しながら。
その様子を見ていたマコは、トオルに日記を差し出しながら、こう告げた。
「トオル君、まあいったん落ち着きなよ。人を笑わせられるっていうのもある意味才能だよ。」
「マコさん…。」
トオルは日記を受け取りながらマコの方を見る。
「また大学で話そうよ。日記の続きも見たいし。」
マコはニコッと笑顔を浮かべた。
「マコさん…。俺、頑張るよ!!ありがとな!!」
そう言って、彼は日記を抱きしめながら走ってコンビニを出て行った。
その背中を、サオリが大笑いしながら手を振り、店長が親指を立ててさわやかな表情で見送る。マコは一人、
「トオル君がクマと一緒に講義受けてるとこ、見てみたいな。」
とつぶやきニヤニヤしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この作品を気に入ってくださった方は、ブクマやいいね!、評価【★★★★★】や感想をいただけますとうれしいです。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!