4.3綾華2
たぶん、恋愛話とかぜんっぜん縁が無いところで生きてるんだろうな、この人。
あたしがそう思ったのは、先輩がものすっごく話しにくそうにしていたからだ。大抵の話は淡々とこなすこの人が、いちいち考えながら話している。
そのくせ、いちいち人の内心を見てきたかのように分析してみせるあたり、あきちゃんにそっくり。
しかも、その分析が的確に思えるから困る。
「いずれは君だろうが誰だろうが、どんいい女にも見劣りしない男になるだろうけど、まだ早い」
その顔を見て、思わず、意地悪をいいたくなった。
「あんたはどうなんだよ、先輩」
あたしの切り返しに、先輩は無表情なままじっと目を見返してきた。
意外。
途端におろおろするか、視線を外して戸惑うか、はぐらかすかすると思ってたのに。
しばらくして、先輩が口を開いた。
「……考えたことが無かったな」
「あたしじゃ恋愛の対象になんかならなかった?」
「というより、僕が誰かの恋愛の対象になるとか、考えたことが無かった」
「……まじで?」
なんだこいつ。
高校生ってさ、もっと、こう、恋とか性とかにガツガツしてるもんなんじゃないの?
少なくともあたしの周りの男はそうだったし、そういうのが薄いなって思えたあきちゃんだって、あたしのアプローチにおろおろしたり過剰反応したりしていた。
男の視線はいつだって女を追っているし、そういう視線に全身なめ回されるのは女の宿命だと思っていた。胸や脚を見るときの男の刺すような視線なんて、四六時中感じてる。あたしだからじゃなく、大抵の女なら、男のそんな視線に常にさらされているのに気付いてる。
この先輩は本気でいってるんだろうか。
「女なんて黙ってても寄ってくるでしょ」
「そんな男なら、とっくに彼女が出来てると思うんだけどな」
「いないの?」
「いたためしがないな。告白も、したこともされたこともない」
「まじで? あたしに嘘ついても何の得にもならないよ?」
「君相手に嘘をつくかよ」
お前、という呼び方は一切しないことにしたらしく、先輩は律儀に「君」と呼んでいる。その顔はずっと無表情で、怒っているようにも、面白がっているようにも見えない。
「あきちゃんもそうだったけどさ、あんた達の周りの女って本当に見る目が無いんだね」
あたしは本気で呆れていた。
先輩は、ルックスが悪いわけじゃ、絶対に無い。めがね君っていう時点でダメ、とかいう女ならともかく、温和な顔立ちはクールな話し方をしていてもどこか優しくて、整った横顔なんかアイドルグループに入れても食べていけるレベル。
文化祭を一緒にやっててめちゃくちゃ頼りになったくらいだから、仕事も出来るし、みんなの信頼も集めていた。怒らず騒がず、冷静沈着。何が起きても誰が相手でも落ち着いていて、あたしやあきちゃんがパニックになっても、さりげなくサポートしてくれた。そのさりげなさが大人を感じさせてくれて、あきちゃんの明るさは無いけど、包容力は圧倒的にこの人の勝ちだった。
その端正な顔に表情を浮かべることなく、先輩は小さく首をかしげた。
「でも、ないだろう」
本気だ。こいつは本気で不思議がっている。
「運動が出来るわけでも、面白い話をするわけでもないし、この通りの性格だ。とっつきにくくて話しかけにくいって噂なら何度も耳にしている」
「そういう男もかっこいいでしょ。それがわからない女なんて相手する必要も無いんだけど、それにしたってさあ」
あまりにも自分の魅力に鈍感な男だから、こっちがむきになっちゃう。
「てか、あんたが本気になったら、大抵の女は落ちるって。そういう相手っていなかったわけ?」
自分が身を乗り出していることに、いっている最中に気付いたけれど、戻す気にもならない。
先輩はまた小さく首をかしげた。
「……そういわれると……まあ、女の子を好きになったって経験は無いかもな」
「うっそ」
ありえない。ありえない。
「気になる子くらいはいたけど、本気で好きだったかと聞かれると、あまり自信は無い」
「その気になる子とさ、それ以上仲良くなろうとか、無かったわけ?」
「仲良くなるも何も、いつだって向こうがこっちに全然興味なかったからな」
淡々。
「あんたが気づかなかっただけでしょ、それ」
「そうなのかな」
先輩はふっと小さく笑った。メガネの奥の目が少しだけ柔らかくなる。
「あまり、人が自分をどう見ているかとか、考えないようにしているからかもしれない」
「考えようよ。考えすぎてもどうかと思うけど、考えなかったら自分磨かないダサ男一直線だよ」
「そういうものか」
「女だってそうだもん。人目気にしない女なんて最悪だよ。ルックスも、性格も」
「まあ確かに、男だってそうだな。わかった、ちょっとは気にすることにする」
「そうしなよ、もったいないって、せっかくのいい男なのに」
あたしがそこまでいうと、先輩は苦笑していた。
「……なによ」
「いや……いってることがまるでおばちゃんだと思って」
「あたしを捕まえておばちゃんとか、いい度胸してんじゃないの」
ニヤリ、と笑ってやると、先輩もニヤリ、と返してきた。
「おかげさまで文化祭の間、さんざん鍛えられたからな」
自分が恋愛脳だとは思わないし、恋愛が一番大事なものだとかいう気はさらさら無いんだけど、浩樹先輩のあの淡白さには驚いた。まじで。
あきちゃんの場合は自分に自信が無いからがっついてなくて、それがすごく新鮮に写っていたけど、浩樹先輩の淡白さは「本物」という気がした。
この人、本当に恋愛に興味が無いんだな。
そんな男もいるんだ、という驚きは、そのまま、この人そのものへの興味に変わっていった。
あたしは先輩の助言どおり、まずはスタッフを口説き落とすところから始めた。
全員を口説くのは非常にめんどいので、あたしは効率重視で行くことにした。
「で、俺っすか」
「うん、あんたなわけね」
最初のターゲットはあきちゃん。
どんな顔して会えばいいか、なんて悩んでたのが嘘みたいだった。
やることができて、あたしは何か吹っ切れていた。
あきちゃんは基本的に楽観主義な人だから、振った相手が目の前に現れても、あたしの方が気にしてないようなら、振ったことをいちいち気にするような子じゃない。
「あんたが立てば、他の連中だって立つでしょ。ってより、あんたが立たなきゃ、あたしがどんだけおだてても、他の連中は立たないわ」
「そうですかねえ」
あきちゃんは不審そうにいっているけど、隣で由紀が「うんうん」とうなずいている。
「なに、納得なの、由紀的には」
あきちゃんがそれに気付いて由紀を見ると、文化祭の途中から女としての脱皮を始めていた由紀が、熱心な目であきちゃんを見つめていた。
「みんな、晃彦くんが仕切ってくれるなら出るっていうと思います」
「あたしとあんたと由紀はワンセットだもん。あんたが出なきゃ、誰があたしの暴走を止められるっていうのよ」
「自分で暴走といいますか」
「認めたくはないけど、残念ながら事実だしねえ」
自分でも、自分が突っ走ったら大変なことになることくらいわかってる。あたしには、絶対に手綱を握ってくれるパートナーが必要だ。あきちゃんや由紀のような。
「だいたいだね、あんたに拒否権は無いんだよ、最初から」
「どうしてですか、綾華さんの命令は絶対って事ですか」
「違う。あんた、あたしのいうこと、絶対だなんて思ってないじゃん」
「そりゃそうですが」
「でも、由紀の『出て出て』攻撃に耐え切る自信、ある?」
二人で同時に由紀を見た。
その瞬間まできらっきらした目であきちゃんを見ていた由紀は、いきなり二人の視線を受けて凍り付いていたけど、あきちゃんはあたしのいいたいことは理解したらしい。ため息をついていた。
由紀は、仕事をしているあきちゃんが大好きで、それを自分が少しでも支えられたら幸せ、一番近くで見ていられたら至福、という子。あきちゃんが生徒会執行部選に推されていれば、全身全霊で応援するに決まってる。
そしてその目に、あきちゃんは弱い。
「……わかりましたよ、どうせこうなるだろうとは思ってましたし」
諦めたように、あきちゃんはもう一度ため息をつく。
それがちょっと由紀を弱気にしたらしくて、あきちゃんを気遣うような視線になる。
でも、そのため息と共に出てきたのは、ただの諦めじゃなかった。あきちゃんのあきちゃんたる所以。
「選挙公約の草案と会長候補演説原稿の叩き台、ついでにスタッフ候補の概要までは出来てます」
カバンから出てきたのは、汚い字でまとめられた、選挙に必要な文章の数々。
「おおー」
「すごいです」
さすがでした、この男。
「全部はやってませんよ、時間も無かったし。これまとめ直して、選挙ポスター作っていきましょう」
「すげーすげー、ここまでやってあんなら、後は他の連中でどうとでもなるよ」
いきなり見通しが立ってしまって、しかもあきちゃんがあきちゃんらしい見事な仕事振りを見せてくれて、あたしは本気で嬉しくなってきてしまった。