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4.2浩樹1

 永野の様子が変なことくらい、すぐに気付いた。

 なんというか、余裕が無い。

 問題行動ばかりのくせに成績が良く、校外の大人たちの受けもいい永野だから、自分が落ち着いている、あるいは余裕がある、というカモフラージュをすることなど、お手の物なはずだった。

 その永野が、どこか張り詰めた顔をしている。ムッとした顔をして、生徒会長に仕立て上げられつつある現状に不満たっぷり、という雰囲気をまとってはいるものの、一枚幕をめくると、どうもそういう理由からじゃないらしい緊迫感が伝わってくる。

 僕もエスパーじゃないし、永野とは先代生徒会会計としての付き合いしかない以上、なぜそんな空気を彼女がまとっているか、勘付く事は出来なかったし、訊くことも出来なかった。

 訊く気も無い。

 興味が無い、というわけじゃない。永野という、この特異な存在、強烈なまでの美少女でありつつ、その見た目の印象が吹き飛んでしまうほどにさらに強烈な個性の持ち主である少女に、興味がまるで持てないというほど朴念仁だという気は無い。

 ただ、大して縮まっているわけでもない距離感を自分からぶち壊し、そばに寄り添っていくような蛮勇とは、僕は無縁だった。そういう勇気も度胸も僕には無いし、それを持たなければいけない理由も無かったからだ。

 いくら魅力的な女でも、高嶺の花過ぎるし、佐藤晃彦に片思いしていたらしい気配も感じていた。そんな面倒な女にわざわざ近付いていく理由は、少なくとも僕には無い。

「生徒会改選は来週末だったな」

 生徒会室のひんやりした空気を感じながら、僕は入ったばかりの部屋の空気を震わせた。多分、いつも通りの、誰も感動させないつまらない声でしかないはずだ。

 永野は僕の後から生徒会室に入り、意外に丁寧に扉を閉めた後、応えた。

「金曜日の放課後ね」

「昨日の今日で準備も何も無いだろうけれど、進んでいるのか?」

「なーんにも」

 永野はうんざりした顔で両手を挙げた。万歳、降参。

「だよな」

 僕は調子を合わせるように苦笑した。

「準備っていったって、何すればいいのかわかんないし」

「それを訊きに来たんだろう?」

 いつの間にか生徒会室での僕の指定席になっているいすに座りながら、永野の姿を改めて見る。

 うん、とうなずきながら、近くのいすを引いているその姿には、いつものような傲慢なまでの自由さは感じられない。

「とりあえず何すればいいか教えてよ」

「公示日が明日だからな。立候補に必要な推薦人三人の署名を添えて、選挙管理委員会に立候補の届出書を出す。要は明日の放課後、この部屋に三人仲間を連れてくれば、書くもの書くだけで手続きは終了」

「それで?」

「それだけ」

「それだけ? まじで?」

 永野が驚いている。

「手続きとして最低限必要ってのは、実はそれだけなんだよ。ポスター掲示は権利であって義務じゃないし、立会演説会の参加は強制だけど、べつに『よろしく』の一言で悪いわけじゃないから、演説原稿が必要なわけでもない」

「へー」

 結構本気で感心している声だった。

「当選してしまえば、やるべき事が津波みたいに押し寄せてくるさ」

「そりゃそうだろうけど」

 といいつつ、永野が脚を組んで、テーブル上にひじを乗せてこっちに身を乗り出すようにした。

「で、実際、やった方がいいことって何よ」

 そういった永野の目は、多少不自然な感じはしても、仕事モードに入った時の色に見えた。

 そういう目をしてくれている方が僕は話しやすい。

「まずは幹部クラスのスカウトだな。めぼしい連中を立候補させないと、放っといても立ち上がるって連中じゃないだろうし」

 誰のことをいっているか、永野はすぐに察した。

「そうね。尻蹴っ飛ばしてでも立候補させないと」

 佐藤と渋谷、それに文化祭でクーデター後に実行委員の中核を担った連中のことだ。残念ながら、自分から「はいっ」と手を上げるような顔ぶれじゃない。

「それから、そいつらを使って、まずはポスター作りだな。資材は必要なだけ申請すればもらえるけど、白紙に名前ってだけじゃつまらないだろう」

「それってありなの?」

「ありはありだけど、多分先生から横槍が入るだろうな。頼むからもっとまともなの作れって」

「だよね」

「それから掲示計画書。校内の見取り図をもらって、そこに掲示する場所を書き込んで提出する。で、その通りに貼ったら、選挙公約作りだ」

「それって必要?」

「体裁だけでもあった方がいい。出来れば今週中に作って、学校側の承認をもらっておくといい」

「めんどくさそう」

「めんどうでも、ここで心証上げておくと、公約守るために必要って理由で色々と便宜を図ってもらえたりする。後々楽になるぞ」

「公約なんてわかんないよ」

「君が考える必要は無いさ。そのために幹部クラスをスカウトするんだ」

「ああ、なるほど」

 会長が何もかもやる必要はない。リーダーは、リードしていくのが役目であって、できる奴に仕事をふっていけばいい話だ。

「それから、演説の草稿作り。これも出来る奴に作らせて、後で自分が読みやすいように実際の原稿を作る」

「それはもう、あきちゃん、に、書いてもらおう」

「それが一番だろうな」

 うなずきつつ、僕は少し違和感を感じた。あきちゃん、という言葉を口にした瞬間、永野の表情に「しまった」という色を感じていた。

 なんだろう。

「……佐藤を執行部入りさせるのは嫌か?」

 思わず疑問が口をついて出た。

 永野は口を閉じ、少し黙った。目が、いつの間にか鋭くなっていた。

「……どうしてそう思うの」

「いや」

 僕は地雷を踏んだのだろうかと焦ったけれど、踏んで困る地雷がある自覚も無かったから、とりあえず開き直ることにした。

「そんな風に見えたからさ」

「見えたか」

「見えたな」

「見えちゃったか」

「見えた」

 永野はしかめっ面になった。

「素直にさ」

 と、永野はひじをテーブルから離し、いすの背もたれにうずもれていくように身を沈めた。

「才能とか力とか考えたら、あきちゃんしかいないんだよね、あたしの側近役って。わかってるんだけどね」

「……認めたく無い理由もあるわけか」

「察しはつくでしょ、先輩なら」

 永野はじっと僕を見た。

 はぐらかしたら、たぶんこいつは一瞬で僕を見限るんだろうな、と思えた。

 それでもいい、という気もしたけれど、ここは一応、信頼されている先輩役を続けることにした。

「大体はな」

 軽くうなずいて見せた。永野はつまらなさそうに続けた。

「先輩から見てさ、あたしとあきちゃんってどう見えた?」

 それは、さりげないようでいて、かなり重量級の問いかけだった。

 こいつ、僕を試していやがる。

 中途半端にはぐらかすならそれまでの男、つまらない見方をしていることを暴露しやがったら見限ってやる、くらいのことは考えていそうだ。

「どうって」

 一瞬、僕は考えた。どっちに進むべきか。

 自分が感じていたことをストレートに表現するか、気の利いた言葉で話の方向を変えていくか。

 すぐに答えは出た。佐藤じゃあるまいし、僕に話をごまかしていく能力は無い。

「佐藤は器用なんだか不器用なんだかわからん奴だが、少なくとも筋は通す奴だ。渋谷を大切にする以上、君のことをきっぱりとふったって所だろう」

「なんだ、ばればれかよ」

 永野がふっと笑った。苦笑、という以外に表現のしようもない笑い。

「あきちゃんがあたしに惚れてたとかいうストーリーは浮かばないわけ?」

「相手が君じゃ、佐藤は持て余すだろう。永野は彼女にするにはいい女過ぎる」

 別に褒めたつもりは無かった。本音だ。

 あまりにもいい女は、普通の男の手には余るはずだ。ましてあれだけ冷静に彼我の実力を測りきれるような男なら、永野綾華という女を手に入れるリスクのようなものを、冷酷なほどに計算するだろう。それが無意識でも。

 そういう奴だ。だから、文化祭の中心で、あれだけの仕事を平然とやってのけた。

「あきちゃんはいい男だよ。大人だし。あたしくらい、支えられるでしょ」

「無理だろうな」

 僕は断言した。永野はムッとしている。僕は続ける。

「理由は簡単。あいつ、自分を過小評価する癖があるだろう。あれはもう性格だからどうしようもない」

 うんと永野がうなずく。佐藤の過小評価癖は誰もが感じていることだ。

「あいつが仮に君と付き合うことになったとして、毎日のように自問自答しちゃのた打ち回ることになる。自分がこの人と付き合えるだけの人間かよ、俺にはそんな器はねえよ、とか何とかいって」

 僕がいうと、そういってのた打ち回っている佐藤の姿の想像がついたようで、永野は渋い顔をした。

「そういう佐藤に、君もいらいらさせられたり、悔しさすら感じたり、暗い感情にいつもつき合わされて疲れることになる。そんなのが見えてたら、佐藤は絶対に君の中に踏み込んでいくようなまねはしないさ」

 我ながら偉そうに他人の感情を代弁している。実際にそれが当たっているかどうかはわからないが。

 それでも、永野には僕の表現が痛かったらしい。

「……そうなんだ。そういう子だから好きになったんだけど、好きでいれば報われるような恋にはならないんだよね」

 つぶやくようにいうと、永野はため息をついた。

 生徒会室の空気は、季節以上に冷たさを感じさせ始めている。

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