4.1綾華1
以前もらっていたリクエストが、他の方からも来ましたので、書きます。相変わらず割ける時間は皆無に等しいのですが、今書かなきゃお盆まで書けない気がします。
なにしろ盛大にふられてしまったので、今さらどんな顔をしてあきちゃんに会えばいのか、結構厚顔に出来ているはずのあたしでも、少しは悩んだ。
ふられた直後は良かった。だって文化祭の真っ最中だったし。
あたしもあきちゃんも、文化祭を背負ってた。途中で由紀の優柔不断に腹が立った挙句、ぐだぐたの展開になっちゃったけれど、まあ、それ以外は仕事に追われていた。
あきちゃんは見てていらつくくらい、仕事に私情を挟まない。あたしをふったくせに、仕事では平然としていた。こっちだって、周りに悟られるなんて死んでもごめんだから、絶対表面になんか出さなかったけれど、あきちゃんほど徹底できてない。
それでも、あたしは頑張った。自分でも頑張ってたって思う。
問題は、文化祭が終わってしまったあとだ。
後片付けなんてものは一日あれば終わるし、来年のために丁寧にやっておきたいね、なんて在庫管理に精を出したって、あきちゃんに由紀、浩樹先輩がいれば、これだけやっときゃ来年の生徒会はやること無いんじゃね? と思えるくらいに完璧な仕事になる。
要するに、あたしはあっという間に手持ち無沙汰になり、あきちゃんに見事にふられて砕けたという現実に立ち向かわなきゃいけなくなっていた。
これで、あきちゃんや由紀を嫌いになっていれば、いっそ楽だったかもしれない。友達相手にぐだぐだ文句をいって、愚痴って、そろそろその友達にも見向きもされなくなる限界ってところで気持ちの踏ん切りをつければいい。
それが出来ないのがつらいところ。何しろ、あきちゃんも由紀も、基本あたしのことを好きでいてくれてるし、どっちも「大丈夫なの? アホの子なの?」とこっちが心配したくなるくらい素直だった。
あの二人を嫌いになるのは、多分、嫌いになる方の人格に問題がある。
自分のため以外のところでは策略をめぐらしたり先読みして先制攻撃したりするのが得意なあきちゃんも、自分のことになるとびっくりするくらいバカ正直になる。
女の「素直でいい子」なんて外づらが信用できるはず無いだろ、というあたしの信念は揺るがないけれど、由紀だけはその例外なんじゃないかって思える。
どちらも自覚の無さを三日三晩問い詰めてやりたくなるくらいに自己評価が低くて、歯がゆくなる。
その歯がゆさまでもがあたしには快感だった。
今まで、ビッグマウスなだけで何も出来ないバカか、ただ卑屈なバカか、そばにいる誰かの力を自分の物だと思い込むバカくらいしか付き合いがなかったから、そういうバカが100人束になったってかなわないような能力を持っているくせに、その事に気付いていないらしいバカ二人の存在が、あたしには嬉しかった。
そういうようなことを二人にいったら、どっちも微妙な顔をしていた。褒められたと受け取っていいのかどうか、迷ったらしい。
あたしなりに最大級の褒め言葉のつもりなんだけどな。
「それをいうなら」
と、苦笑交じりにあきちゃんがいった。
「もっとバカな人がいるじゃないですか」
「誰よ」
「浩樹先輩ですよ、もちろん」
生徒会会計として、無責任の代名詞になってしまった会長の穴を塞ぎ、ほとんど一人で生徒会を切り盛りしていた人。
そんなことは私だって知っていたわけで。
なぜ先輩を「浩樹先輩」と名前呼びするかといえば、あきちゃんと一緒の理由。この近辺に掃いて捨てて燃やしてもまだいるくらい多い佐藤姓なんだ、この人も。
なぜ知っていたかといえば、文化祭実行委員で顔を合わせる度に「あいつがなあ」と感慨深い顔をされてむかついたんだけれど、そういう顔をされてしまうくらい、先輩には迷惑をかけていた。
たとえば今年5月の校内球技大会での乱闘事件。
あたしが乱闘を起こしたわけじゃないけれど、起きた理由があたしだったという話。
思い出しても馬鹿馬鹿しい事件だった。3年と2年にそれぞれあたしに惚れてたらしい男がいて、そいつらのクラスがたまたまサッカーで対決。試合中にふとしたきっかけで乱闘勃発、二人は連行。
主催者の生徒会が追及したところ、原因があたしにあると判明。で、あたしは呼び出されて事情説明するように求められた。
求められたって、知らないっつの。どっちも可憐な片思いだったらしいんだから。
で、知らないもんは知らない、と突っぱねて帰っておけばいいのに、あたしは暴走した。
勝手にあたしをめぐって喧嘩なんぞをしたバカの顔が見たくなり、隔離されている二人に会い、それぞれの言い草に腹を立て、それぞれに相手を蹴っ飛ばしてしまった。
周りにいた生徒会役員が止める度胸も持ってない腑抜けだったのも悪かったけれど、この腑抜けども、黙って見過ごすだけにしておけばまだいいのに、わざわざ教員にちくるという最低なことをしてのけた。
いつの間にかあたしの暴力事件に発展したこの事態に、一人だけ、「バカのバカ騒ぎにまともに付き合っていられるか」という表情を顔に貼り付けたまま、めんどくさそうに対応してくれた生徒会役員がいた。
それが浩樹先輩だった。
文化祭準備の最中、ちょっとした待ち時間があって、このことを話したら、浩樹先輩はちゃんと覚えていた。
「あれか。あの時はまじで迷惑だったもんな」
と本人を目の前にして思いっきりいってくれた。
迷惑だよなあ、そりゃ、と今なら思える。
大会とか祭とか、運営するのってかなり大変だ。その最中に乱闘事件を起こされるとか、嫌がらせかって怒鳴りつけたくなるレベルのうざさだ。
浩樹先輩は、あたしをかばうというより、こんなバカな事件は無かったことにしておきゃいいじゃないか、誰に迷惑がかかる話でも無し、という線で押し通し、うやむやのままに事を収めてしまった。
体育の授業中ならそうはいかないけれど、球技大会中は学校側も責任がはっきり分担しきれていない。その隙間を狙ってうやむやにしたあたり、あきちゃんがいうには「悪徳官僚並みの手際の良さ」だそうだ。
残念ながら当時のあたしはまだあきちゃんや由紀に出会う前だったから、心の余裕も無ければ、自分とは違う場所で生きていると思っていた「真面目な人々」のことを認める気なんかさらさら無かった。
なんか問題にする気無いみたいね、ラッキー。その程度にしか思わなかった。
浩樹先輩が、関係者全員にとって悪くない結論に持っていくために、立場的にすれすれなことをやってのけていたこと、今ならわかるけれど、当時はわからなかった。わかろうともしなかった。
「その節は失礼しました」
思わず謝ったら、先輩は笑っていた。
「それがわかっただけでも大したもんさ」
すごく上から目線の言葉に聞こえるけれど、この先輩はあたしなんかよりよっぽど大人で、格好良かった。
あきちゃんがいう。
「浩樹先輩は一人だけ飛びぬけて大人なんですよ。視野が広くて地に足が着いてる。物を斜めから見ていればかっこいいと思ってる、醒めたふりをしてるなんちゃって大人なバカとは根っこから違う」
その通りだと思う。
「しかもその自覚が無い。自分もみんなと同じガキだと思ってる。綾華さんがさっきからいってる、自分の能力に気付かないバカの代表格でしょ」
うん、あたしもそう思う。
文化祭のラストで浩樹先輩や会長にはめられて、あたしは次期生徒会長立候補を全校生徒の前で宣言する羽目になった。
あの空気で「いやだ。絶対やんない」とかいえないでしょう、いくらあたしでも。
文化祭実行委員会の取り組みやクーデター以降のめまぐるしい忙しさの中で、みんなと必死こいて、無様もさらしながら働いて、何かを作り上げるためにやっていくことの楽しさを知ってしまったから、会長を引き受けること自体は、どうしても嫌な事じゃなかった。
でも条件がある。
文化祭の騒ぎがひと段落したある日、あたしは三年生の教室に乗り込んでいた。
現生徒会執行部は文化祭が最後の仕事で、それが終わると、新執行部を選出するための選挙までに引継ぎの資料を作るくらいしか仕事は無くなる。だから生徒会室に行っても誰もいない場合が多い。
進学校のうちの学校、三年生の教室は、受験の追い込みの時期に差し掛かっていて、今まであたしが関わってきた殺気とは違う意味での殺気に満ち始めていた。
あたしが入っていっても、大げさに騒ぐような声は無かったし、誰に会いに来たのか、という視線も感じることは無かった。
ひとつには、あたしが会う相手なんかこの教室に一人しかいないって事が知れ渡っていたってこともある。
会長立候補を宣言させられた私が、前執行部のすべてを握っていた浩樹先輩に会いに来るのは、来ないことよりよほど自然だった。
「来たか」
机に向かってノートをまとめていた浩樹先輩が、目の前まで来て無言で立ち止まったあたしに気付いて、ちらっと視線を上げていった。
「待ってたってわけ?」
シャーペンの芯をトンと引っ込めた浩樹先輩に、あたしは返す。少し意地悪な言い方をしたつもりだけれど、先輩は簡単にうなずいた。
「待っていた。いつ来るかはともかく、来るのはわかりきってるからな」
「じゃあ自分から会いに行こうとかは思わないわけね」
ちょっとムッとしながらいうと、先輩はさっさとノートまで片付けて顔を上げた。
「お前を追いかけるより、お前が追いかけてきた方が効率がいいだろう。僕はたいてい同じところにいるけれど、お前は無駄に動きすぎる」
その通りだからとっさに反論も出ない。
「……お前っていうな、んなに親しくしてるつもり、無いぞ」
だから、そんな憎まれ口が出た。
怒るかな、と思った。今さらだったし。あたしの問題行動に巻き込まれているうちに、先輩はあたしをお前呼ばわりするようになった。去年からの話だ。
先輩は怒らなかった。無愛想なあたしの口調にびびりもしなかった。
「そうだな。悪かった」
ごくあっさりと謝ると、立ち上がった。
「場所を変えよう。手元に生徒会の資料が全然無いんだ、話にならない」
そういう話をしに来たんじゃない、といいかけて、あたしは停止。
じゃあ、何しにきたんだよ。
自分で自分に突っ込んでしまった。
先輩の顔を見た途端、それまでは会長候補になんぞしてくれた先輩への恨み言でいっぱいだったはずのあたしの頭の中に、とんでもない相談事が浮かんできていた。
ねえ先輩、あたし、どんな顔してあきちゃんに会えばいいのかな。由紀に会えばいいのかな。いつもどおりなんて、あたしに出来るのかな。
なぜこいつに訊くって発想が!
心の中の嵐を顔に出すにはあたしはひねくれすぎていて、たぶん、すごいむっつりした顔をしていたと思うけれど、先輩は気にもせず歩き出した。
「生徒会室に行こう。どうせ今日は使ってないだろうし」