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2.3由紀の革命前夜

 好きな気持ちが、たぶん、暴走していた。

 晃彦くんがどんな風にみんなに見えているか、それが気になって仕方がなかった。

 文化祭実行委員が動き始めて、綾華さんと一緒に動くことが多くなると、晃彦くんの注目度は一気に上がった。

 本人が明らかにその事に気付いていないのが少しおかしかったけれど、女子の噂話は男子には聞こえにくいのも確かで、しかもその噂話は日々変化する。

 ただ、好感度が上がっていたのは確かで、最初は「学園のアイドル」綾華さんの人気に引っ張られるようにして「ついでに」上がっていた好感度が、晃彦くん本人の魅力で上がるように変わっていくのは早かった。

 噂をしている段階では女子の好感度なんてミーハーなもので、それで晃彦くんがどうかなってしまうというものではないはずだけど、そんな理屈は慰めにならなかった。

 私は焦っていた。

 晃彦くんとせっかく近くなれたのに、ずっと好きだったこの人を、横からさらわれてしまうことに私は耐えられるのか。

 耐えていいのか。

 そこまで自分の感情を押し殺すのか。

 卑小な自分に埋没し続けて、手に入れる前に手放してしまうのか。

 勇気を出すのは今じゃないのか。今以外にあるのか。

 などと考えて自分を追い込もうとしたところで、それで動き出せる人間なら、多分その前に動き出している。動けない人間は、どう追い込もうが、決して自分からは動かないものなのだろう。

 好きだった。でも、だからどうしたいという想いも、願いも、私には生まれてこなかった。

 自分から動いてどうなる? 私が受け入れてもらえるとでも? こんなくだらない私が受け入れられるはずがあるとでも?

 今のままでいい、と思った。すぐに文化祭は終わり、また口も聞けないような遠い仲になってしまうのが目に見えていても、ちょっとでも接点が出来た今の記憶があれば、思い出があれば、これを後生大事に抱えて生きていったっていい。




 焦りと先延ばしが同居する堂々巡りの反問は、突然途切れた。

 文化祭の備品を根こそぎチェックした日。

 三人で取り掛かったはいいけれど、これが想像を絶する大仕事になってしまった。体力勝負の場面で私たち女が晃彦くんに太刀打ちできるはずもなくて、私も綾華さんも、作業が終わった頃にはへろへろになっていた。

「なあ、これ終わんないじゃね?」

 とぶつくさいいながら、それでも仕事は真面目にやっている綾華さんの様子がおかしくて、私は体力的にはきつくても、仕事自体は楽しかった。

 晃彦くんと一緒にいられて、幸せだった。

 それでも、作業が終わると、一言も口を聞く気になれないほど疲れ切ってしまった。何しろ顔の筋肉までもが反応しない。調子に乗って頑張りすぎ、体力の限界を超えてしまっていた。

 綾華さんも同じだったようで、生徒会室の長机の上にだらしなく寝転がり、「ありえねー……」とつぶやいていた。

 私からしたら綾華さんのその姿がありえない。そんなことをしていても様になってしまうのがうらやましかったし、素敵だと思ったけど、じゃあ自分が出来るかといったら、あれは出来ない。キャラが違う。

「さあ、帰りましょう。今日も一日お疲れ様でした」

 最後の書類チェックを済ませた晃彦くんがそういって締めようとした時、私は意識が半分飛んでいた。座ったまま、眠りかけていたらしい。

 晃彦くんは、私や綾華さんとは大違いだった。疲れた様子がない。たぶん私と綾華さんの仕事量を足しても、晃彦くん一人の仕事量には足りないと思えるのに、平然としている。

 タフだ。この人はタフだ。

 男の子ってみんなこうなのかな、それとも晃彦くんが特別なのかな、私と綾華さんが体力無さ過ぎるのかな、とぼんやり考えていると、綾華さんと晃彦くんは、なにやら言い合いながら帰り支度を進めていた。

「大丈夫? 帰れる?」

 晃彦くんが、ぼんやりしている私を見かねてか、声をかけてくれた。

「大丈夫、心配いりません」

 反射的にそう答えていた。

 そう、これから帰らなければいけない。

 どうせ門限の時間は過ぎていて、事前に父に電話はしていた。今日だけはどうしても遅くなる、というと、父は迎えに行くから連絡をよこすようにと答えてくれていた。

 待つ場所も決まっていた。とりあえず「終わった」とメールを入れてしまえば、後は待ち合わせ場所でぼーっと待っていればいい。

「なんなら親呼んどきなよ。余計なお世話だけど」

 と晃彦くんが言ってくれたのは、一度父に会っているからだろう。綾華さんと一緒にラーメン屋に行った日があり、その時、迎えに来た父を晃彦くんも綾華さんも見ている。

 なんとなく、親を呼ばなければ帰ることも出来ない小娘に思われたような気がして、私はほとんど意識もしないままに答えていた。

「大丈夫です。ちゃんと歩いて帰れますから」

 そういって扉を開けたのは、同じように疲れ切っている綾華さんのことはからかい半分に応対している晃彦くんが、私相手には心配してくれてしまっていることに、ちょっと反発心があったからだろうか。

 他人行儀に心配されるのは、綾華さんより私の方が遠い存在だからだよね。

 そんな僻みに似た感情があった。

 遠くしているのは私の態度だろうに。

 そうして別れた後、待ち合わせの場所に向かっていた私は、忘れ物に気が付いてしまった。教室や生徒会室ではなく、靴を履き替えているときに、手提げを置き忘れてしまっていた。疲れていたからか、待ち合わせ場所が見えるまでまったく気付かなかった。

 足元に置いたのは何となく覚えていた。

 戻って取りに行こうとした。教室なら置きっ放しでもかまわないだろうが、玄関はまずい。

 校門の近くまで戻ったとき、人の声がした。思わず立ち止まってしまったのは、その声が、好きな二人の声だったから。

「ああ、もう、そういうんじゃなくってさあ」

 綾華さんの大きな声が聞こえた。ひどくいらいらしたその声に、私はすぐ近くにあった立て看板の陰に身を隠した。

 何をやってるんだろう、なんて考える余裕は無くて、ただ隠れた。自分がその場にいてはいけない気がした。

「あんたたちと仕事するの、嫌だとかじゃないんだよ」

 暗い中で、二人の姿はよく見えない。夜目が利く方でもない。でも、声はよく聞こえた。息遣いすら感じられそうに。

 自分の息の音すら、私は恐れた。見つかっちゃダメ。私の居場所はここにはない。私は存在していない。ここにはあの二人しかいない。

「あんたくらい、あたしにまともに向き合ってくる後輩なんていなかったし、由紀もくそマジメなくせに憧れてるとかいってくれちゃうし」

 自分の存在まで否定しようとしていた私の名前が出てきて、驚いた。顔を上げて様子をうかがうと、少し距離を置いて立っている二人がいた。もっとも、ぼんやりとしかわからない。

「一緒に仕事してさ、一緒に疲れきってさ、くだらない話してさ、そういうのって今まで無かったから、結構楽しいんだよ」

 それまで背を向けていた晃彦くんが、耐えかねたように振り返ったのが見えた、気がする。

「あたしも性格歪んでるから、むかつかせたんなら謝る。でも、喧嘩別れみたくなって帰るの、嫌なんだ。次に話しにくいじゃんか」

「……俺も、綾華さんと仕事するの楽しいです。話してて楽しいです。喧嘩別れは嫌です」

 晃彦くんの声がした。

 まっすぐで、迷いが無い声。

 まぶしい、声。

 胸が不意にざわついた。

 何かに引っかかれているような、きしむような感覚がした。

 なぜ、私はここにいるんだろう。

 盗み聞きしているような自分の姿勢が疑問だったわけじゃない。罪の意識を持ったわけじゃない。そんなことじゃない。

 なぜ、晃彦くんのことが好きだと自覚しているくせに、彼の声が向けられる場所にいないのだろう。なぜ、他人に向けられる彼の声を聞くだけの場所に自分を押し込んでいるのだろう。

 あの人の声が自分だけに向けられたら、自分にだけ向けられた言葉を送られたら、どんなに気持ちいいだろう。なぜ、私はそれを手に入れようともせず、こんな所にうずくまっているのだろう。

 晃彦くんが声を向けている相手は誰だ。

 憧れの人、大好きな先輩、自分が絶対になれない偶像。

 綾華さんに、女としての力で私なんか勝てるはずが無いし、それは最初から無理だとわかっているけれど、あの人に晃彦くんを持っていかれたら、私は後悔の塊になる気がした。

 綾華さんは、色々いう人もいるし、悪い噂も絶えない人だけど、裏切りだけはしない。他人も、自分も、多分裏切りはしない人だ。だから、彼氏がいる今、きっと晃彦くんに手を出すようなまねはしない。

 別れてしまえば話は違うだろうけど、少なくとも今は決して晃彦くんを手に入れようとはしないと思う。

 でも。

 晃彦くんが綾華さんに心を奪われてしまうのは、綾華さんの意思とは関係がない。それは晃彦くん自身の問題だから。

 綾華さんのことが好きだからこそ、憧れている人だからこそ、そうなってしまう未来が簡単に想像できてしまった。私が男なら、とっくに綾華さんに落ちてしまっている。

 いつの間にか二人はその場から立ち去っていて、私だけが柵をはさんだ看板の裏に隠れてうずくまっていた。

 携帯が小刻みに震えている。見なくても、父が相手だとわかる。

 私はどうにか立ち上がった。疲れと、手の平に跡が残るほどに握り締めていた緊張感からの解放が重なって、私は軽い立ちくらみに襲われた。

 何をしているんだ、由紀。

 晃彦くんに好かれようなんて、まして手に入れようなんておこがましいことは、最初から考えていない。そうなったら嬉しいけれど、なったらなったで失う恐怖との戦いに消耗してしまうに違いない。それに耐えられる自分とも思えないし、まあ、それ以前に、そうはならないだろう。

 ならないにしても、私は生まれて初めて、人の気持ちが欲しいと願ってしまった。そしてそのことを自覚してしまった。

 私は、晃彦くんの気持ちが欲しい。

 晃彦くんに私への好意を向けて欲しい。あの瞳を私に向けて欲しい。あの声で私だけに語りかけて欲しい。あの言葉で私だけに感動を与えて欲しい。

 それが無理なこと、不可能なことだとしても、自覚してしまった。

 由紀、あなたは自覚してしまっているのよ。

「思い出があれば、これを後生大事に抱えて生きていったっていい」……?

 うそつき。

 それは、手に入れたいものを諦めるための、自分を納得させるための理屈に過ぎない。

 一度くらい散ったっていいじゃない。散ってこそ諦めもつく。散らずには諦めきれない。自覚してしまったのだから。

 私の中で、それまで想像することも無かったような自分が生まれ、育っていた。

 恋に突き動かされ、わがままになっていく私。自分の想いを相手にぶつけようとするなんて、私からしたら一種のテロリズム。それをしようというのだ、私は。

 革命的な出来事を起こそうとしていた。めまいが治まるにつれて、私は体の奥からこみ上がってくる震えを、とどめることが出来なくなっていた。思わず胸を抱くようにして、歯を食いしばった。

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