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2.2.由紀の周囲

「気が小さいのもいい加減にしないと、後悔するわよ」

 母がいきなり真面目な顔をしていうから、私は面食らった。

「……わかってるよ」

 母は恋話を糧にして生きると断言している。ドラマも好きだけれど、恋話は現実に勝るものはないそうで、だとしたら娘の話なんか最高の糧になるわけで。

 そもそも、恋話が好きな女がなぜ農家に嫁に入ったのか理解に苦しむところだけど、母が夢中になるのは他人の恋話であって、自分のものではないらしい。

「あれだけ憧れてたんだから、まともに話せないのは仕方ないにしても、ねえ」

 中学時代から逐一話をさせられていたせいで、多分母は、私より晃彦くんに詳しい。

 彼がどんなバイトをしていて、どんな人と知り合いになっていて、彼のご両親がどんな人か、妹さんがどんな子か、そんなことは確実に私よりよく知っている。主婦のご近所情報収集能力はすごい。

「中学の頃はなんであんな子を好きになるか、あんたの気が知れなかったけど、意外に先物買いの才能があるのね、あんた」

「先物買いって……」

「あんなにいい子に育つとは思わなかったものね。大したもんよ、それを見抜いて好きになった嗅覚は」

「褒めてるの? けなしてるの?」

「褒めてるじゃない、充分に」

 だからこそ、と母はいう。

「惜しいのよ、あんたの態度が。まだ誰も手をつけていないうちに彼を手に入れなくてどうするの」

「どうもしないわよ、ほっといて」

 母の無駄話を断ち切って、私は居間から離れた。

 どうするのといわれても、私に何が出来るというんだろう。

 こんな小心者で、臆病者で、卑怯者な私に。

 私は、晃彦くんの前で冷静でいられる自信なんか、これっぽっちもない。おろおろするだけで何も出来ない自分の惨めさを突きつけられるより、逃げ出して心の平安を得ることを優先してしまう卑怯者。

 晃彦くんの前に出る資格なんかない。




 同じ憧れでも、同性の綾華さんへの想いは、素直に口に出すことも出来たし、態度にも出せた。不思議なものだ、と思ったりもしたけど、これは反作用かもしれない。

 晃彦くんという、自分にとって大きすぎる存在が近くにいるから。

 かえって綾華さんに向ける好意が素直に出せてしまっているのかもしれない。晃彦くんへの想いが反作用を起こしてくれているおかげで、別の角度に想いを向けるのが容易になっていたかもしれない。

 それは綾華さんには失礼な話かもしれないけれど、綾華さんへの憧れは本物だ。それは自分でも否定しないで済むこと。

 綾華さんは髪の先からつま先まで、何もかも私とは違っていた。

 まず、道具立てが派手。派手といういいかたがよくなければ、華やか。目も口も輪郭も、胸も腰つきも、私に備わっていないすべてが憧れの対象。

 性格も、私とはまるで違っている。あの人くらい堂々と自分を出せたら、出せるだけの自分があったら、と思う。出して恥ずかしくない自分なんて、私にあるとは思えない。

 不思議と、嫉妬はしなかった。綾華さんがもうそういうレベルにないからか、比べるのも馬鹿馬鹿しいくらい自分が卑小だからか、綾華さんはただひたすら憧れる対象だった。

 だから、一緒に働けるのが嬉しい。

 見ていられるのが楽しい。

 その場に晃彦くんがいると、もっと楽しい。

 晃彦くんと一緒にいられるのは、嬉しい反面、つらかった。自分がどれだけつまらない人間かを突きつけられてしまうようで、時々耐えられないくらい惨めになる。何をされたわけでもないのに。

 でも、綾華さんと一緒に仕事をしている晃彦くんを見ているのは好きだった。

 二人の展開が速い会話を聞いているのも、憧れの二人を至近距離で見ていられるのも、幸せだった。

 傍観者でいられる限り、そして二人をそっと支えていられる限り、私は幸せだった。こんな私でもそばにいられる事実が嬉しくて、心が弾んだ。




 門限があるのがちょっと悲しかった。

 今までだって門限がなかったわけじゃないけど、それに引っかかるようなことをしてきた訳でもなかったから、気にもならなかった。

 学校に行って帰るだけの生活だった。たまに友達とどこかに寄ることはあっても、お金がない高校生に出来る贅沢なんかたかが知れていて、特に趣味やバイトがあるわけでもない帰宅部の学生に、家に帰る以外のことができるはずもなかった。

 文化祭の仕事が入ると様子が違ってきた。

 私でもできることがあるのは嬉しかったけど、門限の中では終わらない仕事量の日がある。

 そうすると、晃彦くんと綾華さん、その他の実行委員に自分の仕事を託して帰らなければいけなくなる。

 それが心苦しくて、つらかった。やりかけた仕事を残すのも嫌だったし、それで人の負担を増やしてしまうのがもっと嫌だった。

 門限を決めたのは父。

 それに抗議すると、父は答えた。

「身の安全が第一だ」

 きっぱりいわれてしまうと言い返せない。

「……色々な経験をすることは悪くないことだっていつも私にいってるじゃない。傷付くことだって大切なことだって」

 かろうじて言い返す言葉を思いついても、次の言葉で完全に敗北した。

「成長のためには傷付くことも大切だがな、夜に外歩きして何かあったらそれどころじゃないだろう。それと成長とは別次元の話だ」

 感情のままに動ける人間ならともかく、私はどちらかというと理屈に屈してしまうタイプ。父の論理の正しさを理解してしまえば、抗えなかった。

 実際、近所で連続路上強盗事件が起きたのは最近のことで、犯人は捕まっていない。そんな被害に遭うことと、人との付き合いの中で傷付いたり傷付けたりするのは、確かに次元が違う話だ。

 それにしたって、時間が近くなると電話をかけてきたり、わざわざ迎えに来たりする父は、明らかに過保護だ。いい父であろうとする理想家の自分と、娘を過保護にしてしまう感情家の自分とが、父の中でせめぎあっているのだそうだ。

 それでは、門限ぎりぎりまで学校に拘束されてしまう文化祭実行委員の仕事に、父が悪印象を持っているかというと、それはそれで違うようだ。

「色々経験すること、その中でも今回のことはいい経験になるだろうから、応援するさ」

 特に、永野家のお嬢様である綾華さんとの付き合いを大事にして欲しいらしい。

「名家のお嬢様だから?」

「違う。お前を迎えに行った時に一度話したが、あれはあんな馬鹿親父から生まれたとはとても思えない傑物だ。付き合っておいて損はない」

 この後、私は本当に色々な経験をすることになったけれど、この時の父の慧眼を思い出しては感心することになる。

 確かに綾華さんは傑物だった。ただのギャルどころか、不良の象徴のような面を持つ人だったけど、真摯さもカリスマも人並み外れていて、人をぐいぐい引っ張っていく力の凄さは、感動して涙がにじんでくるほどだった。

 永野家の現当主は県会議員をしている綾華さんのお父さんだけど、父は昔からこの人を毛嫌いしていた。

「馬鹿に上に立たれることほど頭にくることはない」

 綾華さんが盛大にぐれたのも、この人が原因だというから、逆に興味が出てくる。一体どんな人なんだろう。会いたい、とまでは思わないけど。

 そんなわけで、門限は解除されず、でもその範囲内でならむしろ家族の支援を受けて仕事が出来るという、私なりの環境が出来上がった。

 ちなみに母はというと、相手がいい子なら門限破りで父娘喧嘩になるくらいの恋愛展開を希望しているらしい。他人事だと思って。

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