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4.7綾華4

 新しい携帯に変えたのは、前彼の仲間連れから来るしつこい連絡を断ち切るのが一番の目的。

 あたしに復縁の気配がなく、生徒会長なんか引き受けてすっかり「まじめちゃん」になろうとしてることが気に入らないって連中から、あの手この手で連絡が来る。

 いい加減うざいにも程があるから、あたしはもうあんた達と関わるつもりは無いからね、ということを示したかった。

 いずれ番号が知られることがあっても、その番号を知らされなかったこと自体が絶縁を意味しているとわからせたかった。

 だから、番号もアドレスも、ごく一握りの友達にしか伝えてないし、友達はみんな事情を察してくれている。

 バカばっかやってきた割に、友達には恵まれてるなあって、自分でも思う。感謝感謝。

 その番号を、浩樹先輩に伝えるのは、正直迷った。

 伝えること自体は迷うことじゃなくて、知ってて欲しかったし、知らせるつもりではいた。

 問題はタイミング。

 ちゃっちゃと伝えちゃえばいいものを、なぜか私はためらってしまった。他の人には一気にメールを流して知らせてしまったというのに、先輩にだけはそんなメールが送れなかった。

 選挙の投票が終わって、選挙管理委員が投票箱を回収した後、あたしは急に会長になることに不安を感じて、教室を飛び出していた。

 どうして急にそんなになっちゃったか、自分でもわからない。

 ただ、支えてくれはずの、きっと全力で支えてくれるはずのあきちゃんと由紀が、あたしの中で遠い存在になりかけていて、それが足元をぐらつかせていたのかもしれない。

 もちろんあの二人が遠くに行ってしまうはずはなくって、一番近いところで才能を発揮してくれるに違いないことくらい、あたしにだってわかってる。

 でも、二人はあたしの心までは支えてくれない。

 あたしの心に踏み込んでくるようなまねは、絶対にしないだろう。

 するわけない。あたしの想いを断ったあきちゃん、断たせた由紀、どっちもあたしの心に踏み入る資格は自分達に無いって事、充分すぎるほど理解しているはずだから。

 浩樹先輩だって、あたしの心は支えてくれない。あの人は恋愛に興味が無いらしいし、あたしのことを迷惑くらいにしか思ってないっぽいし。

 そりゃ、あれだけ迷惑かけて、クーデターで散々恥かかせて、文化祭の最中にも迷惑かけて、いい加減うんざりでしょ。わがままなお嬢の相手なんかしていられるか、受験生なんだぞ、くらいに思っているかもしれない。

 そんな人に連絡先教えて、迷惑がられるだけなんじゃないの? という自問が、頭から離れなかった。

 不思議と、あの先輩だけは、あたしが色仕掛けしようが駆け引きしようが、乗ってこない気がした。自分でいうのもなんだけど、あたしが色仕掛けして少しも揺るがなさそうな男って、あんまり心当たりが無い。

 する気も無いけどさ。

 でも、教室から飛び出して、今日はなぜか誰もいない化学室に逃げ込んだとき、あたしは今が先輩に連絡するチャンスだ、という想いに占領されてしまった。

 なんでだろう。

 よくわからない。

 うじうじ悩んでる自分の姿が腹立たしかったのかもしれないし、生徒会のことを考えていれば、とりあえず余計なことを考えてる余裕はなくなるって思ったからかもしれない。

 間違っても「勉強しなきゃ」とは思わないあたりが、あたしらしいっちゃあたしらしい。

 かけてみれば、何のことはなかった。

 楽しかった。

 あきちゃんと同じような反応が返ってきたのには笑っちゃったけど、それ抜きにしても楽しかった。

 何が楽しいっていうんでもない。ただ、話してるのが楽しかった。相手は機嫌がいいとはいえない声だったし、帰り際を止められて不満にも思ってるかもしれないけど、これから会えるんだ、と思ったら、ごく単純に嬉しかった。

 こんな感情、あたしもあったんだ、というくらい。

 あきちゃんと会えるときも嬉しかったけど、もうちょっと意地悪な気分が強かった。さて、どんな風にいじめてやろうか、そしたらどんな風に反撃してくるかな、という。

 今は違う。

 ただ、先輩に会えるのが嬉しい。しゃべれるのが待ち遠しい。

 ちょっとだけね。

 なんて考えているうちに、先輩が化学室の戸を開けて入ってきた。

「待たせたね」

「ごめんね、無理に呼び出して」

「君らと付き合ってると、無理や無茶が当たり前になるのが怖いよ」

 先輩は苦笑していた。確かに無理や無茶でここまで突っ走ってきた気がするから、反論する気にはならない。

「開票は待たなくていいのか?」

「いいよ、あんなの」

 スツールに座りながら先輩がいう。あたしは適当に手を振って見せた。

「あんなのって、会長候補がそんなんでいいのか」

「あたしがじたばたしたって票が変わるわけでも無いでしょ。時間になれば結果は出るし、出たからって今日のあたしが出来ることって別に無いし」

「無いのか」

「無い。あきちゃんたちがまとめるだけまとめてくれちゃってるから、月曜日の打ち合わせまでにそれぞれが資料読んでくればいいの」

「勝利宣言とかあるだろう」

「どこで? いつ?」

「体育館の開票所のそばに掲示板があるだろう。あそこに結果が貼り出されたら、その前で新会長が代表して勝利宣言をするんだよ」

「やーよ、めんどい」

「めんどいって」

 先輩がまた苦笑した。

「やんなきゃいけないわけじゃないんでしょ?」

「まあ、な。伝統的にやってるってだけで」

「なんか理由あんの?」

「そうだな、新聞部が写真撮って、記事にする」

「それから?」

「職員が写真撮って、学校ブログの記事更新をする。ついでに後援会やPTAに新任会長の紹介文を送る」

「それから?」

「来年用の学生募集パンフあたりに写真を載せたがるかもしれないな。被写体がいいから」

「やーよ、めんどい」

 本当にめんどい。

「だいたい、載せるならギャラ取るわよ。宣伝にただで協力してやれるほど安くないわ」

 会長に立候補した時点でそんな理屈が通るはずがないんだけど、それを聞いた先輩はくすくす笑っていた。

「確かに充分にギャラとって宣伝できるレベルだな」

「まーねー。あたし、美人だし」

 わざとらしく抑揚をつけて胸を張って見せた。突っ込み待ちで得意げな顔までしたのに、先輩は乗ってこなかった。

「美人だな」

 簡潔に認めてくれた。

「……突っ込もうよ、調子こいてんだから」

 想定してなかった返しに、あたしが抗議すると、先輩は今度は笑いもせずにいった。

「君はきれいだ。間違いなく。あえて突っ込みを待つならもっと別の面でぼけてくれないか」

 まともに目を見ていわれたから、今までさんざん「美人」「かわいい」「きれい」といわれ続けて育ってきたあたしが、不本意極まることに、思いっきり動揺した。

「そ、ちょ、ま、そ、そりゃあたしはきれいで美人だけど、面と向かって褒めるとか、あんた、キャラじゃないにもほどがあるでしょ」

「落ち着けよ、そっちこそらしくもない」

 先輩が今度は苦笑した。

 あたしは動揺した自分になおさら動揺してた。今まで、褒められてこんなに動揺した経験がない。

「だいたい、君は僕のことを人を褒めない人間だと思っているわけか」

「違うの?」

 あたしがいうと、先輩はにらむような目になった。

「お世辞はいえないけどね、人を褒めないわけじゃないよ」

「ご、ごめんなさい」

「謝らなくていいさ、そういう風に見える僕が悪い」

 怒ってるわけでもないみたい。

「クールな感じがするもん。雰囲気は柔らかいけど、冷静沈着って感じ」

「それと褒めないのはイコールなわけか」

「なんとなく。思い込みだけどね」

「確かに君を褒めことはなかったかもしれないな」

「褒めようよ。女の子は褒めてなんぼだよ?」

「今度からはそうするよ」

 先輩が笑った。

 苦笑じゃない先輩の笑顔を見るのが久しぶりで、その笑顔があたしにはものすごく魅力的に見えた。

 思わず自分でいった言葉を訂正しようとする。

「あれだよ、褒める相手は選びなよ? 先輩が褒めたら、結構相手は勘違いするからね?」

「勘違い、というと?」

「えーと」

 あたしは言葉に詰まった。なんて表現しよう。思ったことをストレートにいっていいのかな。表現くらい変えた方がいいのかな。

 ええい、いってしまえ。

「先輩に褒められたらね、大概の女の子は好きになっちゃうよ」

「そうなのか?」

 先輩は虚を突かれたような顔をしている。意外すぎる言葉だったらしい。

「そうだよ。あきちゃんもそうだけどさ、自覚無さ過ぎ。いい男にまともに褒められたら、少なくとも悪い気はしないよ。男だってそうでしょ、あたしくらいの美人に褒められたら嬉しくない?」

「嬉しい。なるほど」

 と、一度認めてから、先輩は首を振った。

「待て待て、前提がおかしい。僕のどこがいい男なんだ」

「だから自覚無さ過ぎだってば」

 本気か、こいつ。

「自覚しろっていわれても困る、バレンタインで無敵の記録持ちだぞ、僕は」

「なにそれ」

「親以外に一つたりともチョコをもらった経験が無いまま高校卒業見込みだ」

「嘘でしょ? 絶対嘘」

 嘘でなきゃおおげさなだけ。だって、本気で思うもん。先輩、いい男だ。ルックスもそうだけど、比較するのもばかばかしいくらい、社会人の前彼と比べても落ち着いていて、考え方も大人。

 かっこいい。本気で。

「事実だから困る」

「それさ、絶対別の理由があるよ。同盟組まれたとか」

「同盟?」

 先輩は困った顔をしてる。

「そう。抜け駆け無しの同盟。アイドル好きなタイプとか、そういうの仕切るのが好きな奴っているんだよ」

「それならそれで僕も気付くと思うけどな」

「いやいや、ここまで自覚が無い極悪非道な奴なら、気付かなくてもそれはそれで不思議じゃない気がしてきた」

「ずいぶんひどいことをいわれてる気がする」

「当然でしょ、女の純情を何だと思ってんのよ」

 やばい、なんかすごい楽しい。

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