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4.6浩樹3

 永野の選挙演説は、見事だった。

 講堂で行われる演説会は、はっきりいって茶番だ。どうせ対立候補もいないし、仮にいたとしても本命が勝つに決まっているのが我が校の選挙の伝統だ。

 その茶番劇を、永野は見事に演じきって見せた。

 入りは穏やかに、中盤には声の溜めを作って聴衆の耳を引き付け、次第に声量が増し、最後には自分への支持の呼びかけと愛校心を刺激する言葉を並べ、総立ちの拍手の中で降壇した。

 完璧だった。誰が演技指導をしたのかはわからないが、見事の一言だった。

 日本人の演説としては、小泉首相の郵政解散演説に並ぶんじゃないだろうか、とまで思ったが、友人の賛同は得られなかった。もちろん、誰もそんな演説、リアルタイムで見ちゃいなかったからだ。

「お前が仕込んだのか」

 こちらは感動的ではないものの、落ち着いていて安定感抜群の選挙演説を行った、会計候補の佐藤に聞いてみた。

「まさか」

 と、佐藤は首を振った。

「草稿は書きましたけれど、俺に演説の指導なんかできるわけないっすよ」

 考えてみれば、佐藤は文章は得意でも、特に人前で話すのが得意なわけでも無いし、慣れてもいない。むしろ指導される側だ。

「じゃあ誰が」

「さあ」

 佐藤は首をひねった。

「オリジナルじゃないですか? 自分なりに、自分が思う演説をやってみせたんだと思いますけれどね」

 渋谷には、聞くだけ無駄だった。

 自分の演説は挨拶程度に収め、それもかなり緊張していたらしく、聞き取るのも難しい小声でぼそぼそしゃべった挙句に逃げるように降壇するという、ある意味生徒会選挙では風物詩ともいえる役を演じた彼女だが、そもそも彼女は永野の熱狂的なファンだ。冷静な評価や背景の解説なんて、望む方が間違っている。

 本人に聞けばいい話ではあるが、それが出来れば佐藤になんか聞いてはいない。

 永野は、校内の「アイドル」から「女帝」に格が上がり、絶対的な支持を受けるようになっていた。演説なんかしなくてもそうなっていくカリスマの持ち主ではあったが、演説後の彼女の人気は凄まじかった。

 文化祭の後夜祭、ステージ上で会長就任宣言をして以来、男女を問わず支持率独走状態が続いていた永野も、間違いなく学校の歴史に残るだろう名演説の後、本人がドン引きするほどの注目を浴びた。

「気持ち悪がってますよ。あまりにも反応がすごいんで」

 佐藤が苦笑していた。

「反応してしまう側の気持ちはわかるな、あんなものを聞かされちゃあ」

「そうですけどねえ」

 佐藤は、本来ポストは二つあるのに、立候補者が一人しかいなかった副会長に、会計に当選したら自動的に就任することが決まっている。これは、会計職が副会長職兼任可能なポストという生徒会の規定によるもので、もちろん関係者全員一致の既定方針だ。

 立候補できるポストは一つに限られているものの、佐藤の力を考えたら会計だけでは役不足、副会長だけでは会計役に人を欠く、ということで決まった。

 そんな切れ者だとは思わせないのほほんとした顔は、佐藤の武器かもしれない。

「ここまで人気者になったら、うっかり話しかけるのも控えないとな」

「ああ、そうですねえ、先輩なんかなまじ綾華さんとつながりが深いから、熱狂的なファンに暗殺されかねませんもんね」

 毒まみれの冗談を飛ばした佐藤。僕はその表現が引っかかった。

「つながりが深いって?」

 聞き返すと、佐藤は顔色も変えずに答えた。

「俺を除いたら、最近綾華さんの周りに一番寄り添ってた男は先輩だって、噂になってますし」

「そうなのか?」

 初耳だった。しかも、かなりの衝撃を伴った。

「少なくとも文化祭の間はそうだったわけですからね、色々噂にはなりますよ、そりゃ」





 永野と噂になった、と聞いて、僕がどうなったか。

 最悪の反応をしてしまった。

 嬉しくて、有頂天になっていた。

 あの永野と噂になる。それは、永野と自分が釣り合っていると見られている証拠じゃないのか。僕はそれだけの男になれているのかもしれない。

 もちろん、そんな風に浮かれていられたのは一瞬のことで、すぐに我に返ると、気分はどん底まで下がりきった。今、僕は何を考えた、と。

 調子に乗るな、釣り合うわけが無いだろう、あんなに輝いている女、僕の手になんか負えるはずが無い。

 などと考え込んでいると、当然勉強に手がつくはずもなく、いっそう惨めな気分になった。

 そんな気分を抱えたまま、金曜日の放課後を迎える。

 生徒会選挙の投票が行われた。

 各クラスに投票箱が設置され、それぞれに投票が行われ、選挙管理委員が箱ごと回収し、体育館で開票が行われる。いつもの手順だし、三年にもなれば混乱も無かった。

 そもそも、自分達には関係ない話だという意識がある。もう、自分たちの代の生徒会活動は終わってしまった。次代に引き継ぐのだから、好きにやってくれればいい。

 僕はそうもいってはいられない立場のはずだけれど、永野を会長に、佐藤を副会長に就けられれば何もいうことはないから、ここまで状況が進んでしまえば、他の生徒に混じって投票する以外にやることは無い。

 即日開票の結果は夕方には貼り出され、翌週月曜日の午後に開かれる定期生徒総会で新執行部が承認される、という流れになる。

 そこでは、前会長の退任の挨拶と、新会長の就任挨拶が行われる。この挨拶は本当に挨拶程度のもので、演説会のような熱狂は起こりようがない。

 その後、文化祭での活動状況報告、他校の生徒会との交流報告などが旧執行部の最後の仕事として行われ、最後に新執行部が年度内の活動予定について説明し、質疑応答の時間を設けて散会となる。

 そっちの準備はとっくに出来上がっている。前会長の和馬とも打ち合わせは終わっていて、様々な原因が重なって意欲を失い、会長としての責務を果たしたとはいえない和馬も、最後くらいはきれいに収めよう、とやる気を出してくれていた。

 投票が終わってしまえば僕にやることはなく、だらだら学校に居続ける趣味はなかったから、さっさと帰ることにした。

 どうせ、居残って自習したところで、頭に入るとも思えない。

 今週は土曜が休みだから、これで、とりあえず週末の間は一人でいられる。

 ほっとしていた。

 誰かと一緒にいると、それだけで永野がもたらしてくれた心の揺らぎをさらけ出してしまいそうで、つらかった。

 そういう自分の情けなさがなおさら惨めさを強く感じさせるから、一人でいられるなら、それに越したことは無いというのが本音だった。

 暗いなあ、と思うが、どうしようもないほどの劣等感に襲われている時期なんて、誰だってこうなるんじゃないだろうか。

 誰かに呼び止められる前に帰る、というのは、会計として執行部の中枢を押さえていた当時にはなかなか難しいことだった。でも、実権を手放してしまった今、わざわざ僕を呼び出してこまごまと聞いてくる役員やクラス委員はいないし、教師達も、成績以外のことで話しかけてくることはなくなった。

 寂しさはある。でも、今はありがたいと思えた。

 生徒玄関で靴を履き替え、外に出ようとする。ちょうど、選挙後の帰りの群れとぶつかってしまったらしく、玄関は人が多い。校門までの道も人であふれていた。

 しまった、少し時間を稼いでから出て来れば良かったか、と思っても後の祭りだ。わざわざこれから校内に戻ってやることを探す気にもならない。

 あきらめてそのまま帰ろうとした、その時、いつもブレザーの内ポケットに入れている携帯が震えた。

 この時間にかかってくる電話なんて、生徒会関係の呼び出しか、家からの帰り道にあれこれ買ってきてという話に違いない。

 人と関わりたくないときに限って電話なんかかかってきやがる、と思いながら携帯を引っ張り出すと、サブディスプレイには、そのどちらでもない表示が出ていた。

 知らない携帯電話の番号が、11桁の数字の光となって表示されていた。

 普通、出ない。

 携帯で知らない電話に出ること自体、いつもの僕なら絶対にしないことだし、まして気分が落ち込んでいるときだ。知らないふりをしていればいい。

 でもなぜか、僕は折りたたみ携帯を開いていた。

 出るな、出るな。どうせ電話なんか好きでも無いくせに。

 そう思う僕の心とは裏腹に、右手の親指が携帯の通話キーを押していた。

「……はい」

 周囲のざわめきが携帯から聞こえてくるはずの音をかき消す。僕の短い応答も、相手に聞こえているかどうか。

 次の瞬間、それでもきちんと相手から声が返ってきた。

『あ、出た、良かった』

 女声。

『番号変わったから出ないかと思った』

 聞き覚えは……ある。あるに決まっている。

 とっさに言葉が出なかった。

 周囲のざわめきが耳に入らなくなる。

『もしもーし』

「……聞こえてる、といいたいけど、まずは名乗るのが礼儀じゃないかと思うよ」

『その口ぶりは、相手が誰かわかってるでしょ』

「まあ、な」

 笑みを含んだ声の主は、僕の気分をどん底まで落とし込んでくれた張本人だ。

 永野だった。

『もしかして帰ろうとしてた?』

「もう玄関を出るところだ」

『待った! 帰るな!』

「帰るなといわれても、なかなか脚がいうことを聞いてくれなくてね、一歩一歩大地を踏みしめて」

『踏みしめていいから逆向きに進んでよ、お願い』

「何か起きたのか?」

 永野の様子が必死さを増していたから、僕は思わず悪い方に想像を働かせた。確かに、何か緊急事態が起きたら、生徒として一番実例を知っているのは僕だ。新生徒会長当選確実の永野が意見を求めるには、最適の人間だろう。

『ああ、そういうんじゃない。それは心配しないで』

 僕の声から冗談の気配が消えたのを察したか、永野は慌てたようにいい足した。

『携帯変えたから、その番号知らせとこうと思ったのがひとつ。それから、先輩があたしの声を聞きたがってるんじゃないかなあって思ったのがひとつ』

「切るぞ」

『あー、もー、あきちゃんといい先輩といい、なんでこのガッコの人たちは渾身の冗談に冷たい反応するのかなあ』

「そりゃ自分の胸に聞け」

 傍から聞いたら、僕が永野を嫌っているようにしか思えないだろう。そして、明らかに永野はこの手の会話を楽しんでいる。

『もっと女の子は大切に扱わないとダメだよ? そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうぞ?』

「君に似合わないセリフがあるとしたら、まさに今のセリフだな」

『ひどい、ひどいわ、純真な少女を捕まえてそんな言葉』

「切るぞ」

『いくら気が無いからっていってもさ、その反応はひどいと思うわけよ』

「気が無い相手をからかう君の姿勢もどうかと思うわけだ」

『お互い様って事ね』

「結論が出たところで、本題は?」

 勤めて平静を装う。装わないと、舞い上がりそうになる心を抑え切れそうにない。

『んとね、月曜の総会についての打ち合わせをしたいんですけど』

「当日の昼休みにするって、連絡があっただろう」

『それはそれ。新会長としては色々不安があるからさ、どうせ実務面はあきちゃんに任せとけば大丈夫だけど、会長としての仕事については、先輩にちゃんと聞いておきたいなって思って』

 永野の口調は意外に真摯だった。

 そういうことなら、僕にも異論は無い。会計としてやってきた一年の締めくくりに、新会長への引継ぎをやっておくのは悪くない。

「和馬……前会長も呼ぶか?」

『うーん、それはいいや。あんまり参考にならなさそうだし、二人で話したいし』

 二人で、という言葉に、胸が躍りそうになる。

 落ち着け。

 相手にそういうつもりは無い。

「わかった。どこにいけばいい」

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