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4.5綾華3

 日は過ぎていく。

 あたしは生徒会長になるために、あきちゃんと由紀は次の生徒会の計画を練るために、色々と忙しく動いている。

 そういう忙しさって嫌いじゃない。やるべき事があって、人にいわれるんじゃなく、人と相談はしながら、自分なりにどうしたらいいかを考えて動くのって、面白いし、やりがいもある。

 でも何となくつまんないなあって感情が抜けないのは、どうしてだろう。ワクワク感が足りないというか、文化祭のときみたいな「めくるめく」という感覚に欠けているというか。

 あの時は恋愛沙汰が絡んでいたからかなあ、と思うのも、ちょっと癪だった。恋愛至上主義の、自分の視野でしか物を見れないつまらない女と一緒にされたらたまんない、という、救いがたい感情があるからかもしれない。

 女だけじゃなく、男にだっていっぱいいるけど、生きている意義が全部恋愛で出来上がっていて、そのフィルターを通してしか物を見ようとしない人って、あたし的にはもう、友達付き合いしてるのもだるくしか感じない相手。それが明るいにしろ暗いにしろ、自慢にしろ愚痴にしろ、恋愛話しかしてこないから、鬱陶しさしか感じない。

 人様の恋愛なんぞ知らねーよっての。

 それでも、一度あきちゃんへの片想いで火がついてしまった私の脳の恋愛領域は、簡単には鎮火してくれなかった。

 別れ話をこじらすこともなく無事清算終了した、社会人のくせに一向に大人になれなかった前彼とのよりを戻すとか、破滅的なアホを演じずに済んだのは、間違いなくプライドに原因がある。んなアホになるくらいなら、由紀からあきちゃん奪ってどろどろの愛憎劇を演じるほうがマシ、という危険な考えも、無かったとはいわない。

 すまん、二人とも。

 それはともかく、なんかこう、前のめりになって物事に取り組んでいけない自分に、ちょっといらつきを感じないでもない今日この頃だった。

 そういうあたしの中途半端な動きは、他の面子ならともかく、あきちゃんや由紀には明らかにおかしく見えていたらしい。

 週が変わり、投票日まで数日を残すのみって日になって、あたしは二人から呼び出しを受けた。

 秘書役を買って出てくれている、生徒会書記に立候補済みの由紀から、まずメールが来た。その後、追いかけるように、生徒会会計に立候補しているあきちゃんからも同じ内容のメールが来た。

『逃げるなよ』

 という意味なんでしょう、きっと。

 時間は放課後、場所はいつもの喫茶店。

 この国道沿いの喫茶店も、なぜかあたし達が好んで出入りしているという噂が流れたらしく、一時はあからさまに客足が遠のき寂れまくっていたのに、最近は下校途中に顔を出すとほぼ満席だったりする。

 おかげで店長にも顔が利くようになり、あきちゃんがいうには「一過性のブームだけで足を運ぶのはもったいない味」のコーヒーが、黙ってても一杯サービスで出てくるようになってしまった。

 それがなおさら雰囲気を演出するらしく、あたしが黙ってカウンターに座ってから店長がコーヒーを無言でサービスしてくれるまでの

一部始終を目撃した生徒が、校内でそのことをべらべらしゃべってくれた結果、

「別に今さら喫茶店に入るなとかいうつもりはないがな、そこへの出入りを触発するような噂の出所にはなってくれるな」

 という、不思議な苦情を教師から受ける羽目になった。昨日の事。知らないっての。

 まあ、そんなこともあって、逆に週一は顔を出さないと格好がつかなくなってしまったこの喫茶店。

 この日の客の入りはまばらで、むしろその方がこの店の雰囲気だよね、と失礼なことを考えていたら、先に来て待っていた二人も同じ感想を持っていたらしい。

「大きな声じゃいえませんけど」

 とあきちゃんがクソ真面目な顔をしていうから、あたしも噴き出してしまった。

「同感、同感」

 あたしが喜んでいると、由紀が早速ですけどといいながら、演説原稿の完成稿を取り出した。

「お待たせしちゃってすいませんでした、原稿できました。後は綾華さんなりの解釈で表現を変えていって下さい」

「ああ、ありがと」

 受け取り、ぺらぺらとめくる。思っていた程には長くはなくて、いくつかある選挙公約の説明に、あたし自身のPR、これまでの実績とこれからの意気込み、なんかが羅列されている。

「しゃべりやすいように適当に変えて下さい。本当はそんな原稿は持たずに読むのが一番ですけど、まあ、そこまでは求められてないらしいです」

 至って事務的に説明したのはあきちゃん。

「だから覚えなくてもいいですけれど、ちら見するだけでかまずに話せるくらいにはなっといた方がいいです。圧倒的にかっこいいですからね」

「別にかっこよさは求めてないんだけど」

「綾華さんが求めてるかどうかなんて知ったことじゃありません。有権者が、つまり一般の生徒があなたに何を求めているかが重要なんです」

 しゃあしゃあとこういうことをいい放つのがあきちゃんという奴。腹立つ。

「あたしの意図はどうでもいいんかい」

「どうでもいいんです。ついでにいっちゃえば、それは受かるために必要なことじゃありませんよ。今後生徒会を引っ張っていく上で、あなたのカリスマ性は高ければ高いほどいいんです。演説程度のことは華麗にこなしてみせる偉大な知性、とかいう感じの演出が出来ればいうこと無しです」

「あんたがやれよ、そんだけしゃべれれば充分偉大な知性って感じじゃん」

「俺がやっても陰険な黒幕にしか映りませんって。適材適所っていうでしょ」

 あきちゃんは前にも増して生意気になっている。浩樹先輩にいわせると「自分で育てておいて何をいってる。むしろ責任とって欲しいくらいだ」ということらしい。

 育てた覚えなんか無いぞ。

「まあ、なんだかよくわかんないけど、目は通しておくよ」

 どうせ理屈であきちゃんに勝てるとは思ってないから、さっさと切り上げることにした。

 そんな話をして、生徒会選挙以降の仕事の流れなんかも相談して、いつの間にか店に入って1時間以上が経っていた。

 仕事の時には割と無駄口を叩かない人の集まりなので、内容は濃かった。あたしも仕事のときは無駄話はしない。しないんだってば。

 話がひと段落して、コーヒーのお代わりが届いた頃、あきちゃんが何気なく由紀の顔を見た。見られた由紀は、うん、とうなずいていた。何だろう、と思っていると、あきちゃんがちょっと低い声で話題を変えた。

「綾華さん、もしかして会長立候補、後悔してます?」

「へ?」

 いきなりだったから、あたしは思わず聞き返した。

「今さら聞くか、それ」

「いや、後悔どころか、はめられてああなった悔しさはお察ししますけれどね、ちょっと気になるもんで」

「何がよ」

「綾華さんのやる気の無さです」

 あきちゃんは笑いもしないでいった。なんなのよ急に、といいかけたあたしが口を閉じたのは、その隣で由紀が眼鏡越しにじっと生真面目な視線を射込んできていたから。

「やる気は、無いわけじゃないよ。いくらはめられたからってさ、自分がやるって決めたんだから、やるよ。本気でね」

「それは心配して無いんですけれどね」

 あきちゃんが濁したいい方をする。こういう口調のときは、腹に何かある。

「じゃあ何を心配してるのかな? お姉さまに洗いざらい吐いておしまいなさい」

 たぶん、目はマジだったと思う。我ながら。

 あきちゃんはそんなもんにびびるようなへたれじゃないけど、はぐらかす気は無かったらしくて、すぐに答えた。

「なんかこう、綾華さんらしくないなって二人で思ったんです。仕事になればまっすぐにぶつかっていくいつもの勢いが無いし、のめりこんで仕事をしてるなっていう感覚が無いというか」

 図星過ぎて、あたしはすぐには答えを返せなかった。

 あたし自身が感じていたことだ。夢中で仕事が出来ない自分への苛立ちや不満。

 この二人は、それを感じ取ってた。

 さすがに、文化祭の期間中にあれだけぶつかったり苦労を分かち合ったりすると、ただでさえ頭の出来がいいこの二人には、いろいろと感じ取れてしまうらしい。

「なんだろうね。自分でもそう思うんだけどさ」

 あたしが素直に認めたから、二人は意外そうな顔をした。もっとてこずると思ってたな、こいつら。

「べつにさ、はっきり原因があるわけじゃないんだよ。なんだか良くわかんないんだ。ついこの前まで、あんなに文化祭に入れ込んでたのにね」

「それで醒めちゃいましたか」

「そういうわけじゃないんだよ。あれはあれ、選挙は選挙、会長職に就いたらそれはそれ、全部違うってわかってるし、選挙はまあ正直どうでもいいけど、会長になったらどうしたいってのは、結構想像してて楽しかったりしたんだけどね」

 そうなんだ。あたしは、口ではどうこういいつつ、会長になれるのを実は楽しみにしていた。なることじゃなく、なった後に何が出来るか。何をしなきゃいけないか。それは想像しているだけでも大変そうで、でもやりがいありそうで、自分の取り組み方次第でどうとでも面白く出来そうな、すごく魅力的な仕事だった。

 クーデター後の文化祭実行委員の仕事も、めちゃくちゃ大変だったけど、めちゃくちゃ楽しかった。

「選挙がどうでもいいっていうんなら、とりあえずは心配しないことにします。選挙が終わってもまだやる気が全然出てこないようなら、その時は心配しますからね、綾華さん」

 あきちゃんが結構マジな顔でいう。

 この子がマジな顔をすると、もともときれいな顔立ちをしているところに来て、バイト先の現場仕事で焼けた肌や、脂肪の薄い頬なんかが急に胸に迫ってきて、危険。

 吹っ切れたつもりでいても、目の前にご馳走があれば反応したくなる程度には未練が残ってるみたい。

「はいはい、心配性な後輩を持てて幸せだわ」

 憎まれ口を叩きながら、あたしは目を逸らした。

 あたしともあろうものが。

 悔しいけど、腹立つけど、やっぱりあたしはまだあきちゃんを諦めきれていないのかもしれない。

 吹っ切れてはいないのかもね。

 そう思ったら、なんかその場であきちゃんと由紀が仲良く並んで座っているのを見てるのがつらくなってきた。

「選挙がらみの話は終わりだね」

 そういうと、あたしは勢い良く立ち上がった。

「原稿はもらってく。練習してきとくから、後でリハの時でもひと通り聞いてチェックしてみてね」

 さっさと帰ることにした。

二人は展開の速さについていけないような顔をしていたけど、それにフォローを入れたりして対応してあげる余裕は、この時にあたしには無い。

 とにかく、早くその場から離れたくなっていた。

 ううん。

 言葉を飾っても仕方がない。

 あたしはその場から逃げ出したんだ。

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