第32話 初ダンジョン3日目
今日もベッドが振動して起きた。
声がかかったので起こしてくれたみたい。
(まったく聞こえなかった)
ダンジョンの中だというのに熟睡しすぎてしまった。
クリーンをかけて、スライム達にテントを解除してもらう。
「おはようございます」
あちこちから返事をもらって用足しを済ませる。
"少し水遊びしたい"
リトがおねだりをしてきた。
昨日皆で遊んだのが楽しかったのかもしれない。
「朝食の間、スライム達に水遊びさせてもいいですか?」
「うちのも遊ばせてやってくれ」
水遊びの許可が出たので、寝る前に片付けた大きい石タライを出して、次から次へとスライム達を放り投げる。
全員入ったら、水が外に出ないようにバリアを張っておく。
椅子と机を出して、朝食を食べ始めた。
食べ終わる頃にダンさんが今後の予定を話し始めた。
「今日はニーナはゴブリン階で特訓。スライム達は角ウサギ階で特訓な。ここからは提案なんだが、予定では今日はダーモットに戻って明日休暇予定だったよな、それを変更してあと3日連続で特訓してダーモットで最後の休暇を2日間にしたらどうかと思ってな」
「それいいな、ダーモットの方が丈夫な布も種類がありそうだしな」
「特訓の結果ではニーナが武器を購入したくなるかもしれないしな」
ロウさんとカイさんも乗り気になっていた。
「私はどちらでも大丈夫です」
3人より先に食べ終わったので、次の食事の時のためにスープを3等分しておく。
全員食べ終わったので、スライム達も石タライから出して全てを収納する。
「じゃあ、今日もニーナは俺が担当な。ロウとカイはスライム達を頼む」
戦闘スタイルが私に一番近いダンさんが基本的に私の特訓を見てくれるみたいだ。
「ルル達をお願いします」
ロウさんとカイさんにうちの子たちをお願いして渡す。
皆で1の部屋を出て、私とダンさんでボス部屋に入って角ウサギを氷の刃で倒す。
昨日みたいに手も震えないし気分の落ち込みもない。
ドロップしたものを拾って、階段を降りてゴブリン階である3階に踏み入った。
3階もやはり作りは同じで広い廊下を進むと広場みたいになって数字の書いてあるドアがある。
「ゴブリンはまだだって前言ってたよな」
「まだです。このまえ森の端で遠くに見かけただけです」
答えたらダンさんは少し考えて提案してくれた。
「一度俺が戦うのを見るか?」
望んでもなかなか出来ない経験だ。
「いいんですか?」
「いいから言ったんだよ。5体相手にするか」
そう言って3の部屋に入って、私は入り口横すぐに立ってステルスをかけてじっと見ていた。
ダンさんは剣を片手に進んでいって、まず5体でも右端の2体が少し距離があるのでそこに炎の壁を作って動きを阻害した。
2体が近づけないうちに残りの3体に近づいて1体1体剣で倒していく。
ゴブリンは防具を着けていないからかそんなに硬くないみたいで剣さえ当たれば傷ついていく。
3体のうち2体を倒したところで壁を避けて残りの2体が接近してきた。
背後を取らせないように動いているのか、ダンさんに攻撃してくるゴブリンは正面か横からになっている。
避けながら剣をあてて傷つけて順調に倒していく。
ダンさんに余裕があるところを見ると、私に見せるために手加減して戦っているのだろう。
危なげなく5体を倒しきった。
「ってこんな感じだ。参考に出来るところがあればいいんだけどな」
「凄く勉強になりました。ありがとうございました」
「森に居るゴブリンも同じで基本防具は着けていない。2足歩行なので抵抗感がどれだけあるかだが、ゴブリン討伐が出来ないならケイアの街で角ウサギを狩猟して金貯めて街の中での仕事を探した方がいい。冒険者っていうか街を出る仕事は盗賊を相手にすることがある。当然相手は人間だ。ゴブリン以上の抵抗感があるしその後に来る心理的ダメージはもっと大きい。それに耐えられなさそうなら街に居た方がいい」
ああ、今回ダンさん達が私に伝えたかったことはきっとこれだ。
角ウサギですら最初の時は手が震えた。
二足歩行のゴブリンでどうなるか、そして冒険者として行動していたらいつか盗賊に出会うかもしれない。
その時、人を殺せなければ私が死ぬだけだろう。
その事を少しでも安全な状態で、きちんと実感して考えることが出来るようにこの特訓に付き添ってくれているんだ。
「ダンさん、ゴブリンはきっと大丈夫です。昨日角ウサギで魔獣の命を奪うと言う事の実感と覚悟が出来ました。でも正直、人を殺せるかはわかりません」
「そこまでわかっていれば今は十分だ。生き抜くことを諦めないようにな」
頭をなでながらそう言ってくれた。
「ほら、最初は1の部屋でゴブリン相手に戦えるかどうかだ」
ダンさんに促されて、部屋を出て1の部屋に入る。
ナイフに氷の刃を準備して、部屋の中央にいるゴブリンに向かって走り出す。
ゴブリンは手に持った棒みたいなものを振り上げてこちらに向かってくる。
目をそらさずに、よく見て振り下ろされた棒を避けて腕を振る。
ゴブリンから赤ではない緑かかった体液を出しながら倒れて消えた。
ゴブリンにはごくまれに小さい魔石がドロップするって聞いていたから、はずれだったんだろう。
自分の手を見る。震えていない。
心理的にも昨日の角ウサギの時ほどの衝撃はない。
(大丈夫。戦える)
ダンさんを見て、笑ってうなずくことが出来た。
ダンさんがこちらに来てくれて、何も言わずに頭を撫でてくれた。
そこからお昼までは1の部屋でゴブリンを剣や魔法で討伐を繰り返し、2階に戻ってみんなでお昼を食べた。
お昼を食べている最中にうちの子たちが草が欲しいって言われたのでアイテムボックスに入れておいた雑草を沢山出した。
"向こうの子たちにもあげていい?"
"いいよ。これで足りるかな?"
"""うん"""
他の子たちも寄ってきて、みんなで草を食べ始める。
(集めておいてよかった)
「うちらの子たちにまで悪いな」
「薬草採取のついでに集めておいただけですから」
スライム達が草を食べるのをほんわかした気持ちで見てた。
「スライム達は今何番の部屋で特訓してるんですか?」
「今は5番のボス部屋を周回しているよ。ニーナは順調か?」
ロウさんが自分のスライムを撫でながら答えてくれた。
「とりあえずゴブリンに慣れるために1番の部屋を周回させてるよ」
ダンさんが代わりに答えていた。
「しっかり慣れとけ。ここで慣れておけるかどうかは後に響くからな」
カイさんにもの凄く力説された。
「はい。しっかり慣れることにします」
見守られながら安全に戦いに慣れる事が出来るなんてそうそうない機会だと理解している。
この特訓をしっかりと身に着けて生き抜くことがダンさん達に対する最大のお礼になるんだと思う。
お昼の片づけをして、再びボス部屋を通って3階のゴブリン階に移動する。
午後は2の部屋で3体のゴブリンと戦うことになったが基本を守って、出来るだけ一対一になるように動いて戦う。
そして、戦いの合間には少しでも瞑想をして魔力を回復して次の戦いに備える。
そんな事を休憩をはさみながら夕食まで続けた。
2階の角ウサギ階に戻って広場で待機する。
しばらく待つと、ボス部屋からロウさんとカイさんに引率されたスライム達が出てきた。
「おう、今日はもう終わりか」
カイさんに聞かれたので終わりって返しておいた。
皆で角ウサギの1の部屋に入って、角ウサギを倒す。ドロップを拾って部屋の隅に目隠しを作る。
「ニーナ、うちのスライムが水遊びしたいって言ってるから遊ばせてやってくれるか?」
「了解です。今出しますね」
食事をする空間を避けて大きい石タライを出す。
スライム達は自分で跳ねて飛び込んでいったので、水撥ね防止のバリアを張っておく。
少し見ていたら、みんなで競争しているかのようにすごい勢いで進んでいた。
ふと思って小石を出して形を整えてからルルを呼び出す。
"マスター何?"
"今放水して進んでいる時丸いままでしょ?船ってこんな石の形をしているんだ。先端が細いの。ルルもそうしたら早く進むようになるのかなって思って"
"やってみる"
水の中に戻っていったルルを見ていると先程見せた先端がとがった形に変形して放水して進み始めた。
最初は慣れなかったみたいだけど、だんだん明らかにスピードが他の子よりも早くなっていった。
""マスター。ルルに何教えたの?""
マリンとリトが来たので、小石で作った船を見せながらルルに話したことを話した。
""試してみる""
マリンとリトも水に戻って、ルルと同じように形を変えて放水をし始めた。
やはり最初は迷走したけど、慣れるにしたがってスピードが速くなっていった。
(水の抵抗を減らしたら格段に速くなったな)
そろろそ夕食になるかと後ろを見たら、3人がこちらを見ていた。
「今度は何したんだ?」
あきれた声でダンさんに言われた。
「船の形をルル達に教えたら、スピードが速くなっただけですよ」
ため息をつかれてしまった。
「俺、レオとフィンに色々教えよう」
「俺もそうする」
「皆さんのスライム達が何か出来るようになったら、教えても大丈夫なものは教えてくださいね」
力のない返事が返ってきたけど、いつか教えてもらえるのが楽しみ。
夕飯を食べて明日もダンジョンでの特訓だから早く寝る。
スライム達を呼び戻して、石タライをクリーン掛けて収納しておく。
まだ起きている皆さんにおやすみなさいと挨拶を交わして、部屋の隅に移動する。
スライム達にテントになってもらってクリーンをかけてから中に入る。
明日もゴブリン特訓だ。
(この機会を貰えたことに本当に感謝しなきゃ)
うちの子たちに小さくお休みとつぶやいて、思ったより疲れていた身体はあっという間に眠りについた。
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