第31話 初ダンジョン2日目 後
お昼を皆で食べて、午後も角ウサギで特訓をする。
昨日はダンさん達は交代で付き添ってくれたのに、午後もダンさんが付き添いをしてくれている。
5の部屋に入って、午前と同じように魔法を駆使して角ウサギを倒すと、ダンさんが話しかけてきた。
「ニーナは近接武器は何を使うつもりなんだ?」
「片手剣を使うつもりです」
「だとしたらやっぱり俺のスタイルに近いな。ニーナ、共闘するときに今の魔法で戦えるか?」
いきなりの質問に驚いたけど、素直に思ったことを返す。
「敵と交戦する前なら魔法で数を減らせると思うけど、混戦になったら今の魔法は一緒に戦っている人も巻き込んでしまいます」
「ちゃんとわかっているニーナは偉いよ。魔法を主体にするのはいいんだけど、ソロだからこそ接近戦も出来るようにならないと魔力が持たないからな。でも、俺たちだって基本は魔法などで遠距離で片が付くならそうするんだぜ。その方が安全だからな」
頭をなでながらダンさんは説明してくれている。
「たぶん、ニーナは角ウサギを剣で討伐したことないだろ?魔法と違って自分の手を振るって倒した後に心のダメージを負うことがある。今なら一緒に居られるから、このダンジョンで近接の特訓もしておかないか?」
ダンさん達は、私の現状をしっかり把握していて自分たちがそばに居られる時に色々な経験をさせてくれようとしている。
自分で武器を振るって命を奪うってことを無意識に避けていたのも……。
「……ダンさん。スライムには剣を振れました。でも、角ウサギは避けていました。やっぱり怖かったんでしょうか」
「誰だって怖いよ。スライムはああだから抵抗ない人が殆どだよ。でも角ウサギからはな……。だからニーナ、今なら一緒に居られるからやってみないか?いきなりその時を迎えて動けなくなるより、今は俺たちがいるから安全だから」
しばらく俯いてしまったけど、顔を上げてダンさんの顔を見た。
「次は剣で戦います。動けなくなったら助けてくださいね」
黙って頭をガシガシ撫でられた。
部屋を出て、しっかりドアを閉める。
呼吸を整えてちょっと震える手に笑いながらドアを開ける。
ドアが閉まって、腰につけていたナイフを抜いて水をまとわせ鋭い氷の刃をまとわせる。
角ウサギ20体に向かって自分から走っていく。
最初に近づいた角ウサギを氷の刃で一振りし、手ごたえが手を伝わってくる。
でも手も足も止めない。
氷の刃を振るうたびに手に伝わる何かに身体が止まりそうになるけど、突撃してくる角ウサギを避けながら手を振るう。
私はこの世界で生きていくことを最初に選択した。
決意なら最初にしたはず。
今までだって野良スライムや草原の角ウサギの命を刈り取って生きてきた。
自分に言い聞かせながら手を足を動かす。
避け損ねてもバリアのおかげで怪我はしないけど、今は出来るだけ避けて狩りたかった。
気が付いたらもう動く角ウサギはいなくて、すべてドロップに変わっていた。
立ち止まってしまった私に変わってダンさんがドロップを拾っておいてくれた。
「よく頑張った。よく頑張ったよ」
ドロップを拾い終わっても立ち尽くしていた私にダンさんは頭をなでながら声をかけてくれた。
「……頑張れてましたか?」
「ああ、しっかり敵を見て剣を振るえていたよ。ちゃんと出来ていた」
なんか疲れてしまった私に気を使って、部屋を出た後広場でお茶をすることになった。
スライム達が居ないので椅子を出して座ってボーっとしている私に、ダンさんはジュースの入ったコップとあの日広場で食べたクレープを渡してくれた。
「内緒な」
そう言いながらダンさんも同じものを食べ始めた。
なんとなくそれを見て私も食べ始めた。
やっぱりジュースは美味しいし、クレープも甘くて美味しい。
食べているうちに、細かく震えていた身体は少しづつ落ち着いていった。
「やっぱりこのクレープ美味いよな」
震えが止まったのが分かったのだろう。
ダンさんが優しく雑談を振ってくれた。
「はい。このクレープこの前も貰いましたけど本当に美味しいです」
「だよな。ロウとカイは甘すぎるって食べないんだよ。クレープ仲間が出来て嬉しいよ」
ダンジョンの中なのに甘いものを飲食して雑談をする。
凄い場違いだ。
でもなんだか凄く楽しくなってきた。
それからは本当に雑談をした。
お勧めの美味しい甘味屋さんの事。
昨日の特訓でダンさん達のスライム達が大分大きくなれるようになったので、昨日は全員スライム達にベッドになってもらって眠った事。
宿のベッドよりよっぽど寝心地がいいから、今後は宿でもベッドの上でベッドになってもらおうか悩んでいる事。
そんな事を笑いながら話していた。
クレープとジュースを飲み終わったとき、急にダンさんが急いでコップを回収して収納していた。
少しして4の部屋のドアが開いて、スライム達とロウさんとカイさんが出てきた。
「休憩してたんか」
「俺たちも休憩、休憩」
皆で、こちらに近づいてきた。
飛び込んできたうちの子たちを抱きしめてモニュモニュする。
"みんな角ウサギは倒せてる?"
"""大分余裕出てきた"""
"でも、あちらの子はまだまだ一撃では倒せないの"
"お腹空いてない?水遊びする?"
水遊びにものすごく反応したので、ダンさん達に断って広場の隅に大きい方の石タライを取り出して設置する。
「おい、さすがに邪魔になっちまうから1の部屋で休もう」
さすがに大きかったのか、みんなで1の部屋に入って、ここは私が氷の刃を出して角ウサギを倒してしまう。
もう、先程の様に震えることはなかった。
終わった後、こちらを伺っているダンさんにニコって笑っておく。
安心したようにニカって笑ってくれた。
ドロップ品を拾った後に改めて石タライを設置してうちの子たちをポンポン中に入れる。
ダンさん達に聞いて、他の子たちもポンポン中に入れてあげる。
"マスター、水ピューっていうの教えてもいい?"
ルルが放水スキルを覚えるきっかけになった事を教えていいか聞いてきた。
「すみません。もしかしたらうちの子が放水ってスキルを覚えるきっかけとなった遊びを教えてもいいですか?」
頭を掻きむしりながらカイさんが叫んだ。
「教えてください。後、ニーナ簡単に情報を出し過ぎだ」
それはこちらも言いたい。
「皆さんの方が色々教えてくれて助けてくれてるじゃないですか。だからいいんです」
"ルル、教えてあげていいよ"
スライム達が集まってモニュモニュしている。
ロウさんに頭を撫でられて、お菓子を貰ってしまった。
ありがたくいただいて、椅子に座って食べる。
さっきも食べていたけど、甘いものはたくさん食べられる。
「今日はここまでにして、早めに野営しちまうか」
そうと決まれば昨日と同じように部屋の隅に目隠しを作る。
(お菓子を貰って食べたので、まだ夕飯には早い。なにしよう……)
ダンさんはスライム達が遊んでいるのを見ているし、ロウさんとカイさんは道具の手入れをしているみたいだ。
自分の防具を見て、紐代わりの革を通すための穴をそのままにしていることに気が付いた。
防具を脱いで紐の革を外す。
針と革用の丈夫な紐を出して、ボタンホールみたいに穴を補強し始める。
スキルが仕事をしているのか、1個を補強するのが速い。
この休憩で何個か補強できればいいと思っていたけど、この分なら寝るまでの間に全部補強できそうだ。
こういう場合にはどのような縫い方をしたらいいかも浮かんでくるので本当に助かった。
ある意味単純作業だから、熱中して縫ってしまって夕食までに全部の補強が終わってしまった。
再び紐の革を通して防具を装着する。
野営中は寝ている間も防具や靴は履きっぱなしだからクリーンの存在は無くてはならないものだ。
(クリーンが無かったら臭くなってしまう)
夕食を食べる前にスライム達を見に行くと、見事に全スライムがモーターボート化していた。
スライム達を見ていたはずのダンさんを見ると説明してくれた。
「最初はピューって水を少し出しているだけだったんだ。でもルル達があんな動きし始めたら他も真似しようとして徐々に出来るようになってきて、ああなった」
「すみません。鑑定持ってますか?ムム達を鑑定してください」
幸い鑑定を持っているらしく鑑定し始めた。
「放水生えてるな……」
「やっぱり……」
とりあえず楽しそうなので、スライム達はそのままにして夕飯を食べることにした。
いつものスープとパンを何となく無言で食べていると、視線が気になった。
「ニーナは裁縫できるか?」
ロウさんが聞いてきた。
「たぶん一通り出来ると思いますよ」
スキルがあるから出来るはずだ。
「シェリとルークに色々教えてくれたお礼に何か布を贈らせてくれ。着替え欲しかったんだろ?」
「なら俺もそれに一口乗せてくれ」
カイさんまで乗ってた。
「裁ちばさみとかいるよな?一通り買って3人で贈るか」
ダンさん、止めてください。
「ちょ、色々して貰っているのに貰えませんよ」
3人にジト目で見られてしまった。
「いいかニーナ。こんなに俺たちのスライムの成長が順調なのは色々教えてくれているルル達のおかげなんだよ。そのルル達に色々やらせているのは誰だ?」
言い聞かせる様に言われてしまった。
「感謝の気持ちだから受け取っておけばいいんだよ」
カイさんが笑いながらまとめてしまった。
「ありがたくいただきますね。着替え欲しかったので嬉しいです」
明日は私は3階に上がってゴブリンを相手に特訓で、スライム達は2階で角ウサギで特訓に決まった。
明日も声を掛けてくれるそうなので、それまではしっかり寝ていよう。
色々片付けて、今日もスライムテントにクリーンをかけて横になる。
ショックを受けることもあったけど、温かい気遣いにも触れることが出来たので怖い夢を見ずに眠ることが出来た。
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