星のカケラが舞う夜に
夜空に光る星に祈りが届くと願いが叶い、役目を終えた星は地上へ流れ落ちる。
幼いころ、じいちゃんから聞かされた話だ。
遠い昔、空には星というものが無数にあって、夜になると明るく輝き、その光景はとても美しかったらしい。
たくさんの人の、たくさんの願いを叶えてきたのだろう。ぼくが生まれた時には、星は1つも残っていなかった。
夜になると空は真っ黒で、代わりに地上の灯りが昼間のようにまぶしく輝く。
星の無い空に興味をもつ者は、もういない。
でも、ぼくはじいちゃんの話を聞いてから、夜空を見上げてはどこかに1つくらい星が残っていないかと探すようになった。
空気が澄んでいる夜は家を抜け出し、灯りの少ない場所へ行っては空を見上げる。
けれど、どこへ行っても頭上には漆黒の闇が広がるばかりだった。
「ここもダメかー」
街はずれにある高台の広場。家からはちょっと遠いけど、ぼくの街の中では一番暗い場所なので行ってみた。
寝転んで空を見上げること1時間。
結局、ここでも夜空に光を見つけることは出来なくて、ぼくはため息をついた。
目を閉じ、虫の音に耳を澄ます。
もうなくなってしまったと言われる星を探そうというのだ。すぐに見つかるわけがない。
体を起こし、どこか他に星を探せるような暗い場所はないかと街を見下ろす。
その時、ぼくは街から少し離れた森の中に淡く光る場所を見つけた。
街の光よりもずっと弱く、見逃してしまいそうなほど小さな光。
だけど、なぜだか懐かしい光。
(あの場所へ行ってみよう)
ぼくはそう決めた。
学校が冬休みになり、さっそくあの森に向かった。
光っていたのは森の真ん中のあたりだったので、昼にはたどり着けるだろう。
森に入ると木々に太陽の光が遮られるからかあたりは薄暗く、ちょっとだけ怖い。
それでも奥へと進んでいくと、目の前に淡い光が見えてきた。
「うわぁ!」
そこには光る湖があった。
光の源は湖の底にあるようで、よく見ると底に沈む小石や砂が光っていた。
水に手を入れて小石を1つ持ち上げる。
とても弱いけど、確かに光を発していた。
「そこで何をしているの?」
突然、後ろから声がした。
驚いて振り向くと、ぼくと同い年くらいの女の子が立っていた。
この森に住んでいるのだろうか。街ではみかけたことがない子だ。
「昨日森の中が光っていたから見に来たんだけど……」
「あなた、ここの光が見えたの!?」
うん、とぼくはうなずいた。
昼は陽の光を遮る森の木々が、夜は湖の光も遮るらしい。
街が明るくなってから森の光に気づく人は無く、昼間でも暗いこの森に近づく人はいない。
彼女の村は森の中にあり、星がなくなる前からずっと森に住んでいるけど、もう何十年も人が入ってきていないのだそうだ。
それから、彼女は光る石や砂について教えてくれた。
「これはね、星のカケラ」
「星のカケラ?」
「人の願いを叶えて地上に落ちた星がくだけたものなの。山や川から流れてきてこの湖に集まったそうよ」
役目を終えた星は流れ落ちたらただの石になる、と聞いたことがある。
でも、不思議なことにここの石達は小さなカケラになってもまだ光を宿している。
「じゃあ、まだ願いを叶える力があるのかな?」
「さあ?湖にあるカケラは小さいし光も弱いからわからないわ」
これにはあるかもしれないけど、と言いながら、彼女はポケットから石を1つ取り出した。
その石はこの辺りにあるどのカケラよりも大きく、白く輝いていてまぶしかった。
「これも星のカケラ?」
「そうよ。湖のそばの木の根元でみつけたの」
とっておきの願い事が出来るまで大切にするつもり、と彼女は言った。
「いいなぁ。ぼくもほしいなぁ」
どこかに強く光る石がないかと湖の周りを見渡す。
「じゃあ、一緒に探してみる?」
「うん!」
「わたし、セリカ。あなたは?」
「ぼくはカナタ。よろしくね」
それからぼく達は夢中になって星のカケラを探し続けた。
湖の周りはカケラの光で明るかったから、時間のことをすっかり忘れていた。
小豆ほどの大きさの輝く小石をみつけた時、すでに日は沈み、夜になっていた。
「どうしよう……」
うちに泊まっていく?とセリカは言ってくれたけど、森には電話がなく家族に連絡が出来ない。このままでは心配させてしまうだろう。
「早くうちに帰らないと!」
そう口にした瞬間、目の前が白く光り、気づくとぼくは自分の部屋にいた。
呆然と部屋の中を見渡す。
(森の中に行ったのは夢?)
ふと、握りしめていた小石を見ると、それは光を失いただの石になっていた。
翌朝、ぼくはまた森へと出かけた。
湖に着くとセリカがぼくを待っていた。
光がなくなった石を見せ、昨日の出来事をふたりで話し合い、1つの答えを出す。
「光が残る星のカケラには力があって、願いを叶えてくれる」と。
その日からまた、ぼく達はもっと大きな星のカケラを探し始めた。
けれど、あの日みつけた小石よりも大きく、輝いている石をみつけることはできなかった。
やがて冬休みが終わり、カケラ探しに飽きてしまったぼくが森へ行くことはなくなった。
夜空を見上げることもなくなったある日、そのニュースが飛んできた。
空に明るく輝く星が1つ、見つかったのだ。
みんなが我先にと願い事をしたようだが、どの願いも叶えられることはなかったのだろう。星が落ちることはなかった。
その代わり、日に日に明るさが増していき、どんどん大きくなっていっている。
星に選ばれた者は最高の願いを叶えてもらえるのだろう、とみんなは喜んでいたけど、頭上に光り輝くその星を見るたび、ぼくは怖くなってきた。
あれはただの星なのだろうか?
ぼくは屋根裏部屋にいき、じいちゃんが持っていた古い本を探しだした。星について書かれた昔の本を。
星の中にもいろいろな種類があったらしい。
その中の1つにページをめくる手が止まった。
「彗星……!」
もし、もしも、ぼくの予想通りなら近いうちに大変なことが起きる。
ぼくは森へと向かった。
相変わらず湖は光っていて、ぼくは安心した。
後はセリカを見つけないと。
湖のまわりを走りながら彼女の名を呼ぶ。
「……カナタ?」
森の奥へと進もうとした時、彼女が現れた。
「そんなにあわててどうしたの?」
心配そうに駆け寄ってくる彼女の肩をつかみ、ぼくは言った。
「キミの石が必要なんだ!」
森の外の出来事やぼくの考えを説明すると、セリカの顔が青ざめた。
「それ、本当なの!?」
ぼくはうなずく。
ぼくの予想はこうだった。
空に現れた星は彗星、と呼ばれる大きな星で、この地に向かって進んできていて、数日後には落ちてくる。
そうなればどんな被害が出るのか想像もできない。
じいちゃんの本によれば、はるか昔、ある生物が滅んだこともあるという。
そんな星が近づいているのだ。
「でも、そんなの無理よ。星のカケラといっても、この石はそんなに大きくないのよ?彗星を遠ざけるなんて無理よ」
失敗すれば願いは叶わず、カケラはただの石になるかもしれない。そんな不安が頭をよぎる。
(じゃあ、どうすればいいんだ?)
必死に考える。
ふと、湖に沈む星のカケラの光が目に入った。
1つ1つは小さいけど、今も光を宿す無数のカケラ……。
その時、ぼくはひらめいた。
「……セリカ」
「何?」
「キミのカケラに願ってほしい。湖のカケラ達が空に還るように、と」
そして夜が来た。
セリカが両手で石を握りしめて祈る。
すると、湖に沈んでいた星のカケラ達が浮かび上がり空へと飛んでいくと、夜空を舞った。
地上からは見えないほどの弱い光だけど、無数のカケラが空を覆うと少しだけいつもより空が明るくなった。
光を失った石を持つ彼女の手に、ぼくの手を重ねる。
「じゃ、祈るよ」
無数の星のカケラ達へ。
この世界を彗星から守ってほしい、と。
一瞬だけ空が白く輝く。
ぼく達は手をつないだまま空を見上げる。
光が落ち着くと空は再び漆黒に染まり、同時に彗星も消えていた。
この日の出来事はニュースになったけど、消えた彗星と同じく、やがてみんなの記憶から消えていった。
「や、久しぶり」
ぼくは森に住むセリカのもとをおとずれた。
あの日から10年。ぼくもセリカも大人になった。
ぼくは星の研究者になり、空に輝く星やどこかに眠る星のカケラを探してあちこちを旅していた。
「カナタ!」
彼女は嬉しそうにぼくのほうへ走ってくる。
「今回はどこを旅してきたの?楽しかった?」
質問には答えず、ぼくは彼女の手をとるとポケットからきんちゃく袋を取り出し、てのひらに乗せた。
「?」
袋の中身を手に取った彼女のひとみが輝く。
それは星のカケラだった。
あの日、ぼくの願いを叶えるために使ってくれた彼女の石と同じ大きさの星のカケラ。みつけるのにだいぶ時間がかかってしまったけど。
「ありがとう!」
彼女は嬉しそうに石を握りしめると泣き出してしまった。
カケラを返すことが出来たら一緒に伝えたい言葉があったけど、それはまた後で。
楽しんでいただけたら幸いです。