42.Re:ラストダンス
ハヤトは男の声のする方へ振り向いた。しかしそこには真っ暗闇があるばかりだった。
声はささやき続ける。
「人を突き動かすものはなんだ?」
ハヤトは仕方なくこたえる。
「情熱とか、目的、目標、あとは脅迫とか、意志とか、あとは……運命とか、愛とか」
「なるほど、愛、か。君のことはよくわかった」と初老の男の声が響く。「さあ、私の手を取りたまえ。君を真の世界へ招待しよう」
そう声が告げるとあたりは真っ白になり、だんだんハヤトの意志も白濁していきやがてハヤトは消えた。
見慣れない天井、とはこのことか、とハヤトはぼんやりと思った。天井は清潔そうな真っ白なタイルがしき詰められていた。
だんだん意識が明瞭になるにつれ、彼は意識が亡くなる前のことを思い出していった。アサシンであったことや、デスゲームが終わったこと、ローザのこと。仲間のこと。
一応体の感覚があることを確認して、ハヤトはベッドの上で上体を起こした。個室のようだが、ここは間違いなく病院だ。ハヤトは思った。どうして自分はこんなところにいるのだろうか。たしかついさっきまではクリスティーナと戦っていて、それであたりが真っ暗になって、男の声がして……。
ということはつまりその男が何かたくらんでいるのだろうか。でもいったい何を? デスゲームが終わって、また元の生活が戻る。それ以上に何がある?
ハヤトは自問した。しかし何か答えを出すことはできなかった。なにも手掛かりがないのだ。意識が途絶えて、気が付けばこの病院らしき場所にいた。それだけだ。
ハヤトは左手にあるカーテンに手をかけて、それを開けてみた。するとまばゆい光が差し込んできて、彼は目をそばめた。外に見えた風景は高層マンションが立ち並ぶ風景だ。そしてハヤトがいる場所もそれなりの高層階だった。どうやら自分はとんでもないところに連れてこられたらしい。明瞭になっていく意識がそう告げた。
看護師がハヤトの意識が戻ったことを伝え、中に複数人の男たちが入ってきた。
そしてその中の一人が口を開いた。
「こちらにおられるお方がアーゼン会会長、クリストファー・アーゼン様です」
そういって執事らしき人物が指し示したのは、黒い、自走式のロボットだった。
「クリス?」
ハヤトはぎょっとする。
「この野郎……」
男たちの中の誰かが殺気を放った。
しかしそれをクリストファーがいさめる。
「よい、よい」
顔を持たないロボットがしゃべる。
「羽黒君、皆と一緒に下がってくれ」
「はっ」
羽黒と呼ばれた執事がカメラもついているか怪しいロボットに慇懃に礼をする。そして男たちは言われるがまま部屋から出ていった。
そうして部屋にはハヤトとそのロボットだけが残された。
ハヤトはやや居心地の悪い感じがした。あのロボットがクリス?
「あの、あなたはクリス、でよろしいんですか」
ハヤトは自分でもわからないまま恐る恐る尋ねた。
「クリスはクリスだが、君のいたゲームの中のクリスではない。私はその父だ」
と自走式ロボットは答えた。
となると、あのクリスが偉大な父と呼んでいたのはこのヘンテコ人間か、ハヤトは思った。
「君は今自分が置かれている状況を理解しているのかな?」
ロボットが問う。
「ああ、理解している。頭のいかれた男が俺を現実ってところに勝手に呼び出して、それで俺は現実の人間に無理やり押し込まれた。間違いないな?」
黒いロボットは軽く笑い声をあげて、それから、
「君はずいぶん見込みのある人材だ。クリスが利用しようとしたのもうなずける。だがな、君にはまだ問い切れていない問いがある。今日はそれを問いに来たんだ」
二人はその高層マンションの巨大なテラスをぐるりと回り、トーキョーの風景を一望した。
「君に問い切れていない問い、それは君を常に手招いている者のことだ」
「俺を常に手招いている者?」
ハヤトは頭に疑問符を浮かべたが、ロボットは構わず続ける。
「それから君は私に人を突き動かすものは愛だと言ってのけたね。それについてもいくつか聞きたいことがある」
そうしてテラスを歩いていた二人だが、クリスがガシャンと急に歩みを止めた。と言ってもついているのは車輪だが。
「君に問おう」
「は?」
「君にとって死の果実とは何か」
そういってロボットは、ハヤトに向けて自動小銃を突きつけた。
死か。ハヤトは思った。人間を常に手招いている者。そして人間という電車の停車位置。それを今、ハヤトは提示されていた。
しかしハヤトにはくしくも現実味がなかった。ゲームの中の人間が現実の人間になること、それを死と表現するのならばとっくに自分は死んでいる。何しろ自分は一度消えているのだから。それを蘇生とみるか死とみるか。ハヤトはそんなことをぼんやりと考えながら、突きつけられた銃を見つめた。こいつで自分が消えたとして、ゲームの中によみがえれるのならそれでいい、そう考える者もいるだろう。しかしハヤトはそうは思っていなかった。
「そんな真似はやめてくれ。俺はローザと一生を誓ったんだ。そんなローザがいない世界なんて意味がないよ」
「意味とはなんだ、意味とは」
「さあな。生きてる意味、なんて答えじゃどうせ納得しないんだろ? ただローザとアサシンでい続けたい、そして仲間たちに受け入れてもらいたい。人間ってのはただそれだけの機械だ。そうだろ? 機械さんよ」
クリスは少し間をおいてから、再び笑った。
そして、
「それはごもっともだ」
といい、クリスは自動小銃をしまった。
二人はそのマンションのとある階にあるVRセンターにやってきた。そしてクリストファーはハヤトに向かってこう言った。
「Shall we dance?」
ハヤトはうなずいてこたえた。
そうして二人はVRの世界へと潜っていった。
二人が訪れたのはトレーニング場のような、閑散とした部屋だった。
ハヤトは意識を明瞭にしたとたん、度肝を抜かれた。
「さあ、踊りを踊ろうじゃないか。本当の最期のダンスを」
目の前にいたのは、まさにあのローザだった。自分の妹である木戸ローザ。俺はこいつと戦っていいのか?




