18.戦闘前夜/兄殺し
上弦の月が高く浮かぶ夜だった。ハヤトの傷の手当ても終わり、長い夜が訪れた。たいまつと月の光だけが二人を照らしていた。
ハヤトはクリスティーナとの会話を終えて、ローザはいったいどんなことを考えているのだろうと考えた。
思えば最近ローザと深く、そして長く話したことがあっただろうか。せっかくの戦闘前夜なんだ、ちょっとした話くらいしておいて、お互いの親交をさらに深めてもいいかもしれない。ハヤトはそう思い、ローザに向かって戦闘前夜の長話でも始めようと話しかけた。
「おい、ローザ」とベッドの隣で座っている妹に話しかけた。彼女はいつのまにか本を読んでいたらしい。「悪い、邪魔したか」といって向きなおろうとする。
「邪魔なんてお兄様がすることはできません! 何のご用ですか? お兄様」と勢いよく言う。
「いや、用ってわけじゃないんだが。さっきクリスティーナさんと話をしただろ? 明日はタイムリミットの日だからさ。その前にちょっとなごめるような会話でもできればなと思ってさ」
「なごめるような話題、ですか。難しいですね。どんな話題なごめますか? お兄様」
「いや、別にそんな堅い話じゃなくていいよ。思い浮かんだことをぽつりぽつりと話していく感じで。……じゃあ、どうしよう、テッテルの扱いについて、とか?」
「結局任務の延長みたいな話じゃありませんか。別にいいですけど」
ちょっと呆れられてるな、とハヤトは思ったが、気にせず続けることにした。
「次回の討伐はおそらく三人相手だろう。クリスがいたら困るな。いたら殺さざるをえないだろうけど。敵の味方だからな。まあともかく、残りライフ一が二人とテッテルが二だから、全員を殺しきれたとして、テッテルだけ余るわけだ。どうしようね」
ハヤトは半ば投げやりに妹に聞く。
「単純に考えればもう一度殺す、といったところでしょう。私の諜報スキルがありますから、見つけられないということはないでしょう。たとえ相手が【予知】を持っていたとしても」
「【予知】、か……。クリスティーナさんが残りライフを減らしてしまった以上、テッテルを捕獲して仲間にするというのもありだと思うんだが、どうかな」
「テッテルを、ですか? 私は……かまいませんけど、お兄様はそれでよろしいのですか? 今まで復讐のために邁進してきたのではありませんか」
と当然の質問を口にする。
「ああ、それはそうだけどさ。パーティーメンバーがことごとくやられたら向こうさんも戦う気も失せるだろ。失せなくてももう勝ちは見えてる。これは俺の予知だけどな」と軽く笑って見せる。
「お兄様は甘いんですから。せっかくアサシンになるとおっしゃったのに復讐も半ばに終わらせるなんて」と、ローザはやや兄の不徹底さが気に食わない様子だった。
「まあともかく、俺たち二人はここまで頑張ってきたんだ。お前やクリスティーナさんを守り切れなかった俺の至らなさもあったけど、なんとかやってきた。だから」といってハヤトは立ち上がり、二人分の紅茶を作りに部屋の簡易的なキッチンに向かう。「今までの頑張りを認めて復讐は残り二人のレッドプレイヤー化とテッテルの捕獲で完遂したものとする。それでいいか?」
ローザは一拍おいてから、こくりとうなずいた。ぱっつんな前髪がさらりと揺れた。兄には最終的に従うのがローザのいいところでもあり、悪いところでもあった。
「よかった。俺たちはこうでなくっちゃ」そう言ってハヤトは作り立ての紅茶を、丸いテーブルをベッドのわきに移動させてそこに二人分、置いた。
そうしてふたたびローザの隣にぼすんと座った。体重の軽いローザが跳ねる。そしてハヤトにつかまり、そのまま腕を回してハヤトに抱き着いた。
「お、おい」
ハヤトは慌ててほどこうとしたが、ローザはがっしりとつかまって離れようとしなかった。強く捕まった分だけローザの柔らかい体がハヤトに押し付けられた。ハヤトはそのぬくもりと柔らかさにうっとりとしてしまったが、気を取り直して、
「や、やめろ! 別にそういう関係じゃ」
「ないんですか?」
そういってローザはハヤトを物欲しそうな目で見上げる。
うう、そんなかわいらしい目で見るな、惚れてしまう、とハヤトは心の中でうめいた。
そしてハヤトがはっと気を取り戻すと、いつのまにやらローザは手を放してカップの紅茶を飲んでいた。
まったく、相変わらずよめないやつだ、ハヤトはそう思った。
その日の真夜中、ハヤトはトイレに向かって歩いていた。すると目の前に人影を見つけた。こんな時間に何をやってるんだ? といぶかしんで声をかけた。
「誰だ?」
すると人影は答えた。
「お兄様?」
「なんだお前か。驚かせるなよ。テッテルかほかの誰かがここまで追いかけてきたのかと思ったぞ」
「すみません、お兄様、ちょっとよろしいですか?」
「どうした?」
ローザに誘われるように、ハヤトは人影に近づいた。その瞬間。
ズブリ、とでも表現したいような嫌な音がした。月の薄明かりを頼りに自分の腹を見ると、包丁が深く、突き刺さっていた。たらたらと血が流れだすのが感覚で分かった。そうしてふらふらとして、しりもちをついた。
「そんな、どうし、て……?」
ハヤトの意識はすぐに遠のいて、ぱっと消えてしまう。その間際、
「すみません、お兄様」
と声が聞こえたような気がした。




