その6
初めに(https://ncode.syosetu.com/n7843hb/1/)をお読みください。
「え、あ、はい……あの、わたし、春風こはくです」
なぜこの少女は苗字を言わないのだろうか。それを聞けば、ナズナは言った。
「訳ありよ。あんまり好きじゃないの、苗字。どっかの金持ちの子供とでも思っておいてちょうだい」
「……ごめんなさい……」
「いいわよ、私の都合だもの」
ナズナはよく喋った、それはこはくの気を紛らわせるためだった。
村に着いた。家は全壊で、亡骸がひどいものもいた。引っ込んでいた涙が再び溢れ出る。ナズナはつむじの遺体を地面に下ろすと、手で土を掘り始めた。
「何を……?」
「埋葬よ。死者を弔うのよ」
なぜ赤の他人にここまでしてくれるのだろう。でも、とこはくも手を動かす。
埋葬を終えて家へと帰った。こはくはまたナズナに縋り付いて泣いた。もう死んでしまいたい、寂しい。この少女がこの場を去ったら、自ら命を絶ってみんなのところへ行こう。
ナズナは優しく頬を包み込んできて目を合わせられた。
「あなたは生きなさい。死んでいったものたちの魂のためにも、魂の思いを風化させないためにも、生きなさい」
そして、幸せになりなさい。
こはくは泣き叫んだ。ナズナに縋りつきながら、気がすむまで泣いた。
「あなた、これからどうするの?」
ナズナが聞いてきた。泣きつかれ、ナズナの膝に頭を置いていた。
「親類がいるならそこまで送るわ」
「……いえ、親族は特に……あの、四貴族ってご存知ですか?」
「……ええ、知っているけどどうかしたの?」
父に四貴族を頼れと言われたことを話した。ナズナは口元に手を当てて、何かを考えるそぶりを見せる。
「あなた、父君は魔法族なの?」
「いえ、父は昔使用人をしていたと……東風の家で……」
「珍しいのね、非魔法族で魔法族の使用人なんて」
ナズナはこはくの髪をいじりながら言った。
「ならユースの家かアンダインの家まで送るわ。ベラトールはやめておいた方がいいわよ」
「どうしてです……?」
「ベラトールの領主がアーグを繋ぐ船を止めちゃったのよ、私が降りた後でね。しばらく動かないそうよ。職権濫用だわ」
「なぜ御領主様は……」
「人探しらしいわ。私と同じ」
変に三つ編みにされた髪の毛。器用な人、と思うと同時に恥ずかしかった。手入れもされていない髪、ナズナとは天と地の差がある。
「誰か探してらっしゃるんです?」
「ええ、父をね。でもいなかったから、次は北の国へ行こうと思っているの。ついでだし連れて行ってあげるわ」
準備なさい、と立つように促された。
泥や血で汚れた服を着替える。黄色の晴れ着は、父が奮発して買ってくれたものだ。
「綺麗な着物ね」
「あ、ありがとうございます……あの」
「何かしら」
「ナズナは、父君を探してらっしゃるとのことですが……どうしてです?」
「いきなり呼び捨てなのね、別にいいけど……会いたい、会ってお話ししたいの。ただそれだけよ。でもこの話はしたくない、ごめんなさいね」
その笑顔は泣き出しそうだった。