その4
初めに(https://ncode.syosetu.com/n7843hb/1/)をお読みください。
また、今回男×女の描写があります。苦手な人は見ないでください。
ああ、どうして。どうしてこんなことに。こはくは混濁する意識の中、そう思った。つむじはこはくを横抱きにして、必死になって整備されていない道を走る。
目の痛みから意識を失って、目を覚ませたのはしばらくが経った後だった。父とつむじの声がこはくの意識を浮上させた。
「……お父さん? つむじ?」
眠ってしまっていたようだ。こはくは起き上がる。だが、まだ目は痛む。
「こはく、いいかい、つむじくんと逃げろ!」
何から逃げるんです、そう聞こうとした。だがそれよりも早くつむじがこはくを抱き上げると、家を飛び出たのだ。
目に入ってきた景色を見て、こはくは絶句した。村が破壊されているのだ。女は子をかばい、男は異形のものと戦い。異形のものはこの世のものとは思えない姿をしていた。こはくが知る限りであの異形のものを表すのなら、あれは虫に近い造形をしていた。
異形のものは、こはくとつむじを見つけると、攻撃を一点に絞り始める。素早い鞭のような動きで二人の命を奪おうとしていた。だが、それを防いだのは天竺葵だった。
「つむじくん、こはくを頼む!」
天竺葵が叫び、異形のものに手を向ける。すると風が巻き起こり、異形のものを攻撃し、腕と思わしきものを切り裂いた。
「お、父さん……」
まだ目が痛い。父のことを呼べない。
つむじは泣きながら道を走る。
「わかんねえんだ、急にあいつらがみんなを! 母さんも父さんも! 魔法族の仕業に違いねえ!」
つむじは走りながらそう喚き散らした。
「……こはく、おじさんの言う通り、とりあえずベラトールのところに行こう。保護してもらって、このこと聞こう」
はい、とこはくが返事をいう前に、つむじは倒れる。手を背に回したときに何かがついた。滑りとしたそれは鉄臭い。ああ、つむじ、死んじゃったの。他人事のように思った。こはくは痛む両目から涙を流した。
その時だった。何かがこはくたちを庇った。こはくは涙で覆われた目でそれを見る。
女の子だ。夜の暗闇でもわかるほどの綺麗な金髪に、小さい背丈であることから、おそらくこはくよりもうんと歳の離れた女の子だ。それなのに、貴賓のある佇まい。何か武器を持っていて、それは異形の攻撃を切り裂いてこはくたちを庇ったのだ。
「あなただけでも逃げなさい」
幼い声だ。それなのに、威厳がある。
こはくはつむじの名前を呼ぶ。逃げようと。だが、返事はない。少女はこはくが動けないことを悟ると、庇うように前に立ち、武器を構えた。
「あなたの目的、知らないけれど少し悪趣味よ」
それは異形のものに言っているものではない。何か別のものに対して向けている言葉だ。
「出てらっしゃいよ。相手してあげるわ」
少女は異形のものを切り裂き、脅威を追い払う。だが構えは解かない。何かを警戒しているのか、辺りを見回している。
少女の武器が飛んだ。持ち手の部分に鎖を仕込み、それが伸びて何かからこはくを庇った。衝撃波のような、なんとも言えないそれは明確にこはくへ対しての殺意を持っている。
「ルーシー、その人逃して! 早く!」
少女が叫ぶ。ルーシーって誰ですか、とこはくが聞く前に体に炎が纏わりついた。
「……正気か? これをか?」
炎が少女に問いかける。いいから早く行って、と少女が炎に命令すれば、炎はこはくを包み地を駆け出すようにしてその場から離れた。
「……厄介なものを拾った。お前も、哀れだな」
炎は熱くなかった。むしろ、自分を衝撃波から守るようにしていて、少女は炎の隣を走り、衝撃波の元を探していた。
「しつこいのよ! なんなのよ!」
少女の癇癪があたりに響く。あの威厳のあった声は意識して出していたのだろうか。
「出てきなさいよ! この……」
少女の声が聞こえなくなり、炎の動きも止まる。
「ナズナ!」
炎が叫び、こはくから離れる。ナズナと呼ばれた少女は、武器から手を離さず倒れていた。炎が人の形となる。金髪なのは少女と同じだが、肌は白く、目は赤い。男が抱き起こした少女の左胸には黒い靄が集まり、それが少女の体に吸い込まれていく。
「あいつの使いで来たんだろ! お前の狙いはこの女だけなんだろ! ならこいつだけ殺せばいいだろう!」
何かに向かって、男が叫ぶ。一体なんのこと、とこはくはパニックになった。
死にたくない、死ぬのは嫌、助けて。本能が叫び、こはくの髪の毛が靡いた。凄まじい風が吹き、こはくは意識を飛ばす。